ふたりの研究員

 その後、水の上ではどうやら裁判が行われたらしい。事件の全貌はとても複雑で、原始胎海の水まで関わってくる厄介なものだった。人が水に溶けてしまう、その存在が公になってしまった事で世間はきっと大騒ぎだろう。この事件では結果としてこちらに送られてくる囚人は一人もいなかったけれど、死者が出たことには変わらない。その事に私は少しだけ気分が沈んでしまった。楽しむはずのマジックショーで死者が出るなんて悲しすぎるから。

 次の日以降、私はリオセスリの指示通り造船エリアで仕事をする事になった。業務内容は基本的には変わらなかったけど、どうにも落ち着かない。あの執務室の居心地が良かったのもあるけれど、それ以前にここでデスクワークをするにあたって妨げになるものがあった。

「……ねえ、あなたたちいつまで言い争ってるの?」

 私の視界に収まっている二人の人物。ウィンガレット号造船において技術顧問をしているフォンテーヌ科学院最高位の天才研究員ジュリエとその助手ルールヴィだ。彼らはどうやら船の最終調整項目で揉めているようで、私が仕事をしているにも関わらず大きな声で口論を繰り広げていた。議論というには二人の言葉が鋭すぎるのだ、口論で間違いないと思う。もちろんリオセスリは執務室にいるからここにはいない。つまり私は、彼らの言い争いというショーをたった一人で観劇している状態だ。どうしてこの二人はこんなにも相性が悪いのかな。いや、逆なのかもしれない?

「もしかして、本当は仲がいいの?」
「「そんなわけありません!!」」
「ふうん、ハモるくらい仲良しなのね」
「ナマエさん!」

 私が茶々を入れたことにより口論をし続ける気がなくなったのか、ルールヴィが私の席の方にやってきてすぐそばにしゃがみ込んだ。ルールヴィの手には何枚かの書類が握られている。設計図や工数表かな、私には見てもあまり分からないけれど。彼女は大きくため息を吐きながら、すぐに立ち上がって伸びをした。

「そういえば、ナマエさんって凄いですね」
「うん?」
「公爵があんな風に惚気話する人だとは思ってなかったので、気になってたんです。どんな素敵な人なんだろうって」
「……え?惚気話?」
「ああ、確かに。あれは驚いたな」
「待って二人とも、何を聞いたの!?」
 
 ジュリエの方もうんうんと頷きながら、なにかを思い出したかのように呟いた。先ほどまで言い争いをしていたとは思えないほど、二人は似たような様子で同じことを思い出しているらしい。あの人はこの二人に一体何を話していたの。惚気話ってなんなの。

「愛されてるんですねぇ」
「ねえあの人なに言ってたのよ!」
「ふふふ……」
「ねえ!」
 
 ルールヴィはにこにこと満面の笑みだ。私が二人のことをからかったから、仕返しをされている気がする。私って、しばらくこの二人と顔を合わせながら仕事をしなきゃいけないの? 色々な意味で疲労が溜まりそう。まあ、仕方がないか。
 
 

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