あなたが誕生した日

 今日はとても、訪問者の多い日だった。執務室の主人は休みの日だというのに何故かいつも通りこの部屋に来ていて、ソファに座る私の隣を陣取りそのまま私の仕事をいくつか強奪していったのが今朝のこと。それからしばらく何人もの看守や囚人、それからメリュジーヌたちがここに訪問してきては祝いの言葉を延べプレゼントを執務机に置いていく。
 そう、今日は彼の『誕生日』なのだ。

「どんどん増えるわね」
「ははは、整理するのが大変だな。まあ気持ちはとても有難いさ」
「誕生日、かあ」

 もちろん今日がその日なのは何年も前から知っている。服役中だった頃の彼の個人情報を私は教えてもらっていたから。毎年シグウィン先輩にお願いして、こっそり匿名で誕生日プレゼントを贈っていたことは未だ彼には秘密のままだ。今年はとうとう直接手渡しできるから何日も前から準備はしていたのだけれど、こんなに沢山の人に祝われてるとなんだか尻込みしちゃうな。

「そういえば、あんたはいつなんだ?」
「ん?」
「誕生日」
「ふふ、あなたと似た境遇なんだから、いつ生まれたかなんて分からないわよ」

 答えが分かりきってるような質問を当たり前のように返したら、彼は「そりゃそうだ」と言いながら私に凭れ掛かった。さすがにそれは重いんだけどな。失言だと思って気にしたのかしら、別にいいのに。

「……すまない」
「幸福な一日を過ごす人が謝るのはだめよ。それに今日は私にとっても幸せな日だから」
「へえ、どうして」

 彼の誕生日。つまり彼が過去を精算し、新たな名を得てこの要塞で生きることになった日。この日は貴族の人形だった私が救い出され、人間の『ナマエ』になれた日でもあるからだ。
 彼が養父母を殺害してこの家の実態が明らかになった時、執律庭の各組織やマレショーセ・ファントム、そして棘薔薇の会までもが協力して人身売買の被害に遭った子供達を捜索してくれていた。私も当然その中の一人で、メリュジーヌたちに居場所を特定されあのヌヴィレット様に保護されたのだった。それが十五年近く前の、今日。
 その話を彼にゆっくりと話せば、リオセスリは少し驚いたような表情を浮かべ、それから安堵したように笑った。

「そうか、俺はあんたを救えたのか」
「うん。だから私にとっても特別な日なの。ありがとう、あなたのおかげで私はここにいられるわ」

 今度は私の方が彼に凭れ掛かると、肩に腕が回される。せっかくの誕生日なのに、過去に関する話をしちゃったのは失敗だったかな。でもこれは、いつかそのうち伝えたい感謝の気持ちだったから、いいかな。

「なあ、プレゼントをひとつ要求してもいいかい?」
「うん?……待ってもう用意してるんだけど!」
「ならそれは後で貰おうか。もう一つ、欲しいものがあるんだ」
「な、なに?」

 すぐに用意できるものなら構わないけれど、私は何を要求されるんだろう。体勢を戻して彼の顔を窺うと、いつもの様子で微笑む彼が予想外の事を言い出した。

「あんたの誕生日も今日にしよう。俺に決める権利をくれないかい?」
「……ど、どうして急にそんなこと」
「ナマエがここで生きてくれてることを祝いたいんだ。毎年、一緒にな」
「んな……」

 何を言われるのかと思えば、どうしてそういう狡い事を言い出すんだこの人は。驚く反面そんな事を考えてくれた彼にとても嬉しくなってしまい、思わず涙が出そうになる。いやここで泣き出したら恥ずかしいでしょう、我慢しないと。

「だめかい?」
「……いいけど」
「じゃあ決まりだな。ナマエ、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう……やだもう恥ずかしい!」

 誕生日を祝われるなんてこと今までなかったから、とてつもなく照れ臭くなってしまう。でも元々は彼の誕生日なのだから、逆に私が祝われてどうするの。いや、彼が今日だと決めたなら一緒に祝われるべきなのか。う、ううん?混乱しちゃう、急すぎて。

「ナマエは何が欲しい?」
「急に言われても浮かばないわよ……」
「ははは、考えといてくれ。なんでも叶えてやる」

 そう言いながらもう一度肩に腕を回され、今度は抱きしめられてしまう。改めて思うけど、今日の彼はずっと上機嫌だ。
 実を言うと、誕生日とはいえ彼が実際に生まれてきた日ではないから、素直に祝っていいのかはずっと分からないままだった。でも今こうして彼が嬉しそうにしているのなら、きっと祝福していいのだろう。彼が今の彼になれた日なのだから、おめでとうの言葉で合っているはず。幸せな日、だなあ。

「リオセスリ、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとな」

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