冬の国からきた青年

 引き継ぎの為に一度水の上に戻っていたこともあり、ここ最近は久しぶりに太陽を浴びる生活ができていた。イメナに任せるメロピデ要塞関連の業務自体はさほど大変なものではなく、むしろ他多数の業務を各共律官たちに引き継ぐ方が厄介なのかもしれない。なるべくヌヴィレット様が直接触れずに済むように分散させたいから、みんなに頑張ってもらうしかないけれど。
 それはそれとして退勤後の自由時間は、毎日のようにカフェへ寄っていた。メロピデ要塞での勤務が正式に決まってしまった以上、ここへ通う頻度は激減するからだ。いっそ特別許可食堂で取り扱ってくれないものか。なんなら私がバリスタをしたって良いのだけれど。うん、それもありかもしれない。水の下での勤務が落ち着いてきた頃に、要塞内で小さなカフェでも開こうかな。
 
 いつもの奥の席でカフェラテを飲みながら、これからのことを考えて内心浮かれている私の視界に珍しいものが飛び込んできた。この辺りでは見慣れないタイプの顔立ち、太陽のような橙色の髪の上には赤い仮面が添えられていた。あれは、外国の人かしら。
 ぼんやりと眺めていると、彼はカウンターでドリンクを注文したのちにきょろきょろと辺りを見まわし、やがて私と視線が合う。しまった、今日のカフェは混雑していて席がほとんど空いていない。というか、ここのテーブルで相席するしかないんじゃないだろうか。

「お姉さん、ここ良いかい?」
「ええ、どうぞ」

 橙色の髪の青年は「ありがとう」と言い、向かいの席に腰掛けた。ただの旅行者には見えないし、仮面といえば連想される有名な組織がひとつある。顔立ちも確かにスネージナヤ人の雰囲気があるから、彼は恐らくファデュイの人間かもしれない。参ったな、普通に生きていれば関わりのない存在だ。
 彼は私の顔をじっと見たのちに人懐っこそうな笑みを浮かべながら「少し世間話に付き合ってよ」と私に告げた。どうせ今は暇だし、別に良いか。

「お姉さん、地元の人?」
「ええそうよ。あなたは旅行?」
「まあ似たようなものかな。あ、俺はタルタリヤ。よろしく」
「ナマエよ」

 それから私は彼としばらく雑談に耽っていた。彼はやはりファデュイの所属で、しかもどうやらあの執行官らしい。そんな重要な話を私にしていいのかと聞けば、彼はおどけたように笑った。執行官という役職といえど、結局は普通の社会人らしい。

「君みたいな一期一会の相手なら、多少話しても大丈夫だと思ってるよ」
「そう?ならいいけど。でも本当に休暇なのね」
「まあついでに北国銀行の様子も見てあげてるけどね。それから、ここの決闘代理人たちと手合わせできないかなって」
「……うん?」

 どうやら彼は、生粋の武人みたいだ。戦うことが大好きだけど別に殺生を働きたいわけではない。私よりも年下に見える子の若い青年は、ずいぶんと過激な趣味を持っているらしい。戦うことに関しては専門外だから分からないけれど、この青年の標的が決闘代理人なことは流石にスルーできなかった。

「手合わせはできたの?」
「何人かは。でもほら、この国で一番強い決闘代理人がいるだろう?」
「……クロリンデのこと?」
「そうそう! あれ、もしかして知り合い? 全然彼女にアポが取れなくて困ってたんだよ、よければ紹介してくれないかな」
「え、ええと、忙しい子だからどうかな……」

 水を得た魚のように目を輝かせる彼に難しいと告げれば、彼は悲しそうに項垂れてしまった。そんなに彼女と戦いたいのか。でもいくら手合わせといえど、友人にファデュイの執行官をぶつけるわけにはいかない。

 それから彼にフォンテーヌの観光名所などを聞かれ、しばらく雑談したのちに解散した。不思議な出会いだったけれど、退勤後の気晴らしにはちょうどよかったかな。

 そんな彼、タルタリヤと水の下で再会することになるとは、この時の私には知る由もなかった。

prev | top | next