一秒針が進むほど

 あの日から数日が経つ。まだあの夜のことを思い出すことはあるけれど、その後は彼本人から何も行動を起こされていないから次第に警戒心は薄れていた。その代わり私の腹の底にどんどん疑心が溜まっていくのを感じている。私は、彼が何を考えているのか分からなかったから。
 忘れられないと言ったあの人のことが、わからない。もし奇跡が起きて私に好意を抱いてくれているとしたら、普通なら今日までにもっと何かあってもおかしくないと思う。私たちは毎日同じ部屋で二人きり、ずっと時間を共有しているのだから。でも、何もない。ほとんど何もないのだ。強いて言えば、視線が合えば優しく微笑まれるだけ。やはり私があんな痴態を晒したから、同情で優しくしてくれてるだけなのかもしれない。それならそれで、別にいいか。契約期間が終われば私たちはまた表立った関わりがなくなるんだから。
 そんなふうに、私は油断していた。

「……あの?」
「悪い、もう限界だ」

 今日の分の業務を終えて、私は執務室を出ようとしていた。今日は特に彼と目が合い、その度に熱のこもった眼差しを浴びては狼狽えていた気がする。でも今日はどこか雰囲気が違っていて、いつもみたいな優しい笑みは目にしていなかったはずだ。
 そんな彼に、螺旋階段を降りようとする私は文字通り捕まってしまった。腕を引かれ執務机の前に戻された私は、そのまま大柄な彼の腕の中へ。今日になって一体何が起きてるというの。

「な、なに」
「あんたが欲しい」
「はい!?」
「かなり耐えた方だろ、あれからもう何日経った?」

 私を掻き抱く腕の力が少し強まり、彼に抱きしめられているのだということを殊更実感する。耐えたってどういうこと。どうして彼がそんなに耐える必要があるんだろう。もしかして、その、一度私に手を出したせい?男性の生理的な問題で、欲求不満にでもなっているんだろうか。だとしたら、私の責任だ。

「嫌ならすぐに出て行ってくれ、でも嫌じゃないなら」
「リオセスリ」
「…………なんだい」
「いいよ、あげる」

 そう一言答えれば、彼は安堵したような表情を浮かべた。この要塞でずっと暮らしているのだから、もしかしたらそういう事はご無沙汰だったのかもしれない。それに当然彼の立場なら看守や囚人を相手にするようなことは出来ないだろう。そんな中で私の様な外部の人間が身体を許してしまったのだから、やはり欲求不満になっているのが妥当な線なのかも。もちろんこの人ならお金で解決する方法だってあるだろうけど、そんな事をする彼を想像したくはない。だから、ここで私を求めてくれるのなら私としても願ったり叶ったりだ。きっとね。

 少し長い口付けは、啄むように何度も角度を変えてきて休む間も与えてくれない。執務室でこんな事したの、これで二回目になっちゃったな。恥ずかしいけれど、気持ちいい。ずっとこうやってキスしていたいな。

「……ん」
「あんた、少しは抵抗したらどうだ」
「する必要ないのに?」

 なんだか落ち着かなくて、いつの間にか私は彼の胸元に手を添えていたらしい。そのまま軽くとんとんと叩けば、意味が分かったのか彼は少し嬉しそうな笑みを浮かべもう一度キスをしてくれた。どうしよう、まるで恋人みたいだ。

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