真珠貝の彼女

「うーん、ウチもやりすぎだとは思うのよね」

 昼下がりの医務室。いつものように生産エリアの見回りを終えて戻ってきた看護師長を捕まえ、俺はナマエさんの態度に関して看護師長に聞くことにした。会話が続かないことや俺を避けていることを細かく伝えれば、看護師長は『やりすぎ』という言葉を口にながら頭を抱えている。いったい何に対してその単語が掛かっているのだろうか。

「普段のナマエはね、よく笑う優しい子なのよ」
「……笑顔なんて見たことないな」
「もう、あの子ったら」

 わざとらしくため息をつく看護師長は、それから普段のナマエさんについての話をし始めた。彼女は十五年ほど前からヌヴィレットさんの元で事務員として仕事をし始めたのだという。それであの若さなら俺と大体同年代か少し下だろうか。メリュジーヌ達が物理的にやりづらい細かな仕事を請け負う彼女は、看護師長曰く穏やかで優しい性格をしているらしい。

「ただ少し照れ屋さんなの」
「照れ屋?」
「褒めたりするとすぐ自分を卑下しちゃうのよ! あんなに綺麗な女の子なのに、自己肯定感がない人間って素直じゃなくって可愛いのねぇ」

 なるほど、照れ屋。そんな雰囲気は確かにある。ただ、彼女にそういった賛美の言葉を贈った記憶はないし、俺に対して態度が硬い理由はそれが原因ではないような気がする。それからこれは単なる勘だが、看護師長は恐らく何かを隠している……いや、隠しているというよりは、敢えて俺に伝えていない話があると言った方が正しいか。
 彼女は実に不可解だ。それに、この状況をどうにかしたいと思っている自分についても不思議に思う。何故ナマエさんと打ち解けたいと思っているのか、俺は明確な理由を言語化することが出来ずにいる。

「でもね、ナマエは公爵のこと嫌ってるわけじゃないのよ」
「……ふむ」
「むしろ、うーん……仲良くしたいはずよ? だって、そうじゃなきゃあの子がメロピデ要塞に来るはずがないもの」
「……? それはどういう……」

 看護師長から答えを聞く前に、複数の足音が俺たちの耳に届く。視線を向ければ怪我をしたらしい囚人が、別の囚人に付き添われてここへ訪問しにきたらしい。さすがにこれ以上は看護師長の邪魔になってしまうから、俺は執務室に戻ると告げて医務室を後にした。
 仲良くしたい、か。それならなぜ彼女は俺に対して壁を作り続けるのだろうか。

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