とある囚人の活動録

 最近、このメロピデ要塞でよく見かけるようになった女性がいる。長く艶やかな銀色の髪に、宝石のような紅色の瞳をした美しい女性だ。よく見かけるとはいっても彼女が出没するのは大抵昼過ぎの特別許可食堂であり、その傍には常に公爵様か看護師長の姿がある。噂によると、彼女はフォンテーヌ政府の人であり、なんらかの理由で公爵様の仕事を補佐するために滞在しているらしい。それから公爵様は親しげな雰囲気で、ナマエと彼女を呼んでいたそうだ。しかも、あの誰にでも敬称を付けてくださる公爵様が彼女のことは呼び捨て! もしかしたら仕事で滞在しているというのは口実で、実は彼女は公爵様の恋人なんじゃないかって話で、囚人たちの間では大盛り上がりだ。
 そんな注目の的であるナマエさんが、今なんと俺の目の前で困った表情を浮かべている。一体どうしてこんな状況になっているんだ。

「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」
「い、いえいえいいんですよ!お困りのようでしたから!」
「この要塞、複雑すぎて覚えられないのよね……」

 そう、なんと彼女はこのメロピデ要塞の中で迷子になっていたのである! 確かに複雑な内部構造をしているこの要塞、どうやら管理者の公爵様ですら知らないエリアもあるんだとか。俺たち囚人も全てのエリアを自由に動き回れるわけでもないから、迷子になってしまう気持ちはよくわかる。それに、ナマエさんは普段公爵様の執務室にいらっしゃるようだから、こんな生産エリアに足を踏み入れることもないはずだ。しかし、なぜこのエリアに彼女が一人でいたのだろう。

「ここに何か用事があったんですか?」
「ええ。納品リストと実際の個数が合わなかったので調べてもらおうと思って」
「そんな、ここの担当の看守を呼びつければよかったじゃないですか」
「任せっぱなしも悪いでしょう?それに、少し散歩もしたかったの」

 そう言いながらはにかむナマエさんに、俺は思わず釘付けになってしまった。なんて可憐で美しい人なんだろうか。こんな綺麗な女性が囚人だらけのこんな場所にいるなんて、何かあったら大問題だ。もしかしたら本当に公爵様の恋人かもしれないのだから、この人にちょっかい出すような愚か者は間違いなく明日の朝日を拝むことなどできないだろう。いやまあ、この海底に太陽の光なんて届かないけども。色々と最悪の想定をしてしまいつつも、俺は意を決して彼女に向き直った。

「とにかく、公爵様のところまで送り届けますからね」
「あ、ありがとう。そうしてもらえると嬉しいわ」

 ぺこりとお辞儀をするナマエさん。そんな些細な仕草でも、彼女の品の良さが滲み出てくる。これは長時間関わっているとまずい、惚れてしまう。そんな感情を抱いてしまったら公爵様に殺されてしまうかもしれない!
 
 心臓をバクバク言わせながらなんとか執務室前まで彼女を先導すると、扉の前で看守と話している公爵様を見つけた。なんだか焦っているような様子からするに、公爵様はいなくなったナマエさんを探していたのかもしれない。やがて俺たちに気付いた公爵様は、少し慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。こんな公爵様、見たことがない!

「ナマエ! 一体どこに行ってたんだ?」
「えっと、生産エリアに……?」
「なんでそんな所……いやいい。あんたが送ってくれたのか?」
「ひゃい!」

 突然こちらに話を振られて俺は上擦った声でデカめの返事をしてしまった。公爵様は「ありがとうな」と言いながら、明らかに厚みのある特別許可券の束を俺に差し出してきた。いやなんだこの量、おかしくないか?

「い、いえ、こんな大量に受け取れませんよ!?」
「俺が感謝してるんだ、素直に受け取ってくれ」
「ひぇ……」

 半ば強引に特別許可券を押し付けられる。いやどんだけの厚みで感謝されてるんだ?公爵様はそんなにナマエさんの事が大切なのだろうか。ならせっかくだし、囚人たちみんなが気になってることをここで公爵様に聞いてしまおう! やったれ、俺!

「あ、あの、公爵様!」
「ん、なんだい?」
「お二人はその……お付き合いされてるんですか?」

 恐る恐る聞いてみると、公爵様の隣にいるナマエさんが小さく悲鳴を上げたのちにわざとらしく咳払いをした。その顔はやや赤みを帯びていて、公爵様も彼女の表情を見て満足げに微笑んだ。それらの様子が俺の質問への肯定なのだと、瞬時に俺は悟った。やっぱりそういう仲なんじゃないか!

「あまり言いふらすなよ?」
「は、はい……」

 公爵様は男の俺でもときめいてしまうほどの素敵な笑顔でそう言い残し、ナマエさんを連れて執務室へと戻ってしまった。
 いや、すごいものを見てしまった。その上すごい大金も得てしまった。この泡銭は豪遊するしかない。ラグ&ボーンショップに酒が置いてあればよかったのにな!

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