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ティアとオスカーはレベイユの市場に来ていた。
「……お、発見」
オスカーの言葉に、警戒心を見せていたティアは顔を上げる。オズ、アリス、そしてギルバートを発見……したが、彼らは何故か人だかりの中にいた。群集を掻き分けて進み、見物人の会話を盗み聞きしてみると、どうやらギルバートの帽子を賭けて腕相撲勝負をしているようで。なんでそんな事に、と溜め息をついていると、
「え?助っ人?」
聞いたことのある声。
「あっはっは、構いませんよ。任せておきなさいお嬢さん!」
見ると隣にいたはずのオスカーがいつの間にかオズたちの前に現れていた。
「このオスカーおじさんが、美女のピンチを華麗に救って差し上げましょう!」
「……ちょっとオスカー!」
慌てて飛び出すティア。
「オスカー、何考えてるの?相手側に手を貸すなんて」
「はは、いいじゃないか。それともティアちゃんはオレの味方じゃないのかい?」
「え?……ええと」
一方でオズはそのやりとりを呆然と見つめていた。対戦相手のギルバートはというと、
「いやだ!はなせええええ!!!」
オスカーから逃げようとして見物人に引き戻されていた。
ドンッ、とテーブルに向かい合って座るオスカーとギルバート。
「オ……オレはベザリウス家を裏切ったんです……!こうして貴方の前にいる資格など……!!」
終始身体を縮こまらせたままでギルバートは言った。
「ったく、おまえは……そう言ってこの10年間オレを見るなり逃げだすんだからよー」
すると、軽やかなオスカーの顔が一変、優しいものになって、ふわりと微笑む。
「──ギル、本当に大きくなったな……オレは嬉しいよ……」
「レディーっ」
その言葉にギルバートは瞳を潤ませ、
「勿体ないお言葉……!!」
「ファイ!!」
オスカーにやんわりと腕を倒され、負けた。
燃え尽きて真っ白になったギルバートの後ろから、アリスが肉を携えてやって来た。
「あーっはっはっは!!やはり貴様の力はその程度だったかワカメ!だが安心しろ!下僕の不始末は私が片を付けてくれるわ!!」
「ど……どうしよギル、おまえが負けるとは思わなかったから……アリスについて何も考えてないよ……!?」
高らかに笑うアリスの後ろで、オズは完全に白旗を振っている。しかもそんなアリスの相手は、見上げる程の大男だった。
「はっ……言っとくがオレは女にも容赦しねぇぞ」
「好きにしろ。貴様こそ命乞いするなら今の内だぞ、このハゲタコ」
「タコ……!!」
「おまえはあのワカメよりも下卑た存在だな。タコなど食えん。」
「このおおおおお!!!」
「す……すごい挑発の仕方だぞ……何か策でもあるのか…!?」
「まさか!」
焦るオズとギルバートの隣ではティアが怪訝な目でアリスを見つめている。
「いや……でも、アリスのことだ!」
「レディーっ、ファイ!」
始まった瞬間アリスはうんうんと力を込めるが、相手の腕はびくともしない。
「……ねえ、アリスって力を解放しないと強くないんじゃないの?」
「あ……!!そういうことか……」
ティアがぽつりと発した言葉に、オズは頭を抱えた。
「くくく……さっきの威勢はどうしたぁ?」
「く……っ」
「じゃあ遊びは終わりってことで……」
大男は右手に力を込めていく。
「腕が折れても……文句は言うなよぉぉお!!?」
「アリス!!」
オズが叫んだ瞬間、ブチッ、とアリスから何かが切れたような音がした。
「……っの、なめるなああああ!!」
刹那、黒うさぎがアリスの背後に現れ、アリスは大男の腕を力いっぱい机に打ち付けた。その衝撃に机が粉々に割れる。
「ぎぃやああああああ!?」
見ると、ギルバートがオズの額に手を当ててアリスの力を解放していた。
「……おい、ギル」
「帽子を取り戻すためだ。やむをえん。」
「大人げない……」
「うるさい」
勝利したアリスはたくさんの人に囲まれていろいろ騒がれている。やがてオズとアリスが勝利の踊りとやらを始めていると、
「ふ…っざけんなぁ!!!」
ドガシャン、という音と怒声が鳴り響いた。
「どんな手使ったか知らねぇけどよぉ……、腕折れたぞ腕ぇ!!どうしてくれんだよコラァ!!!」
アリスに負けた大男が腕を押さえながら叫んでいる。
「殺すつもりでやったんだ、腕一本で済んだのをありがたく思え」
「アリスアリス」
「あんたギルよりも大人げないわ。でかい身体してる癖に脳みそはちっちゃいみたいね?」
「ティア……」
一触即発の雰囲気が漂う。
「やれやれ……やっぱりこうなるのかねぇ……」
そんな中で、オスカーは言いながらギルバートの帽子を被った男に近付き、その頭にある帽子を取った。
「あ!?」
オスカーは帽子を投げた。ギルバートがそれをキャッチする。
「ギル!逃げろ!」
「うわっ……まじで?」
オズはギルバートに抱えられて去っていく。
「散れ、黒うさぎ!馬車を待たせた場所に集合だ!」
「……私に命令をするなぁ!!」
「アリス、早く!」
大男に蹴りを入れるアリスの手を掴んだティアは、人混みに紛れながら逃げていった。
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