レインズワース邸で一夜を過ごしたティアは、朝早くシャロンに誘われ、テラスで紅茶を飲んでいた。

「ティア!!」

優雅なひとときを打ち破るように、突然聞こえてきた大声、それはギルバートだった。なぜか両脇には眠っているオズとアリスを抱えている。

「ギルバート……おはよう。朝から元気ね、すごくうるさい」

ティアが嫌みったらしく言うのも気に留めず、ギルバートは声を荒げて「オレの帽子知らないか!?」と尋ねてきた。帽子、とはギルバートがいつもかぶっているあの黒い帽子だろうか。ぼんやりと思い浮かべる。

「帰ってきたときは持っていませんでしたわよ」
「レベイユに落としてきたんじゃないですカァ?」

ティアが考えている間にシャロンとブレイクが答える。すると、ギルバートは一瞬目を激しく泳がせて、やがてその顔がだんだんと青ざめていく。

「オズか…………探してくるっ!!」

半ば悲鳴に近い声をあげて、踵を返すと早足で歩いていった。

「お騒がせですネェ……。せっかくのモーニングティーが台無しですヨ」

ブレイクは、やれやれ、とため息をついて、ケーキを口に放った。


ギルバートが部屋を出ていってからしばらくして、また人がやってきた。

「……あら、どうかなされたのですか?」

金髪に翠玉の瞳で眼鏡をかけた、40代くらいの男だった。シャロンが声をかけると、男はへにゃりと笑った。

「オズとギルバートはどこだ?」
「オズ様たちなら、レベイユに行きましたわよ」

そこで、ふっと男の表情が変わる。

「…………は?街へ……向かった?」
「ええ、なんでもオズ君がギルバート君の帽子を無くしたとかで『探してくるっ!!』……と三人で仲良く出ていきましたヨー」

口をぽかんと開け、愕然とする男。

「かーっ、なんだよーせっかく10年ぶりのスキンシップができると思ったのによぉ」
「あら、ではブレイクと一緒に行かれてはいかがですか?」
「私は後から行きますヨ。行くならティアを連れていってあげて下サイ」
「え?」

名前を呼ばれ、今度はティアが口をぽかんと開けた。

「おお!可愛らしいお嬢さんだな!」
「えっと……すみません、どちら様ですか?」

手をわきわきさせながら近付いてくる男に、ティアが若干引きながら尋ねた。すると一転、男がふわりと微笑みを浮かべる。

「おっと、失礼しました。私はオスカー=ベザリウスといいます。よろしく、美しいお嬢さん」

そっとティアの手を取って手の甲に口付ける。

「…………!?」
「ティアにまで手を出しマスカ」
「挨拶だよ、あいさつ」

突然のことに焦るティアと、それをにこやかに眺めるシャロンとブレイク。オスカーと名乗る男は笑顔を絶やさないままのブレイクを怪訝そうな目で見つめた。

「ザークシーズ、お前……何を企んでる」

言いながらオスカーは新聞を読むブレイクの頭に寄りかかる。

「はっはっは、ひどいなぁ。ただ……いい感じに獲物がエサにかかったものですから……」

ブレイクはすっと目を細めた。


「食い逃げされないように見張りに行くんですヨ」






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