レインズワース邸に連れられたオズたち。しかしまだティアの頭痛は治まらない、というか寧ろさっき馬車に揺られたせいでよけいにひどくなった気がした。

「……シャロン、部屋を貸してくれないかな?」

ティアはシャロンに話しかけた。

「構いませんが……どうかしたのですか?」
「うん……ちょっと、頭を冷やしたいというか、落ち着かせたいというか……」
「……わかりました。この部屋でよかったら」

疲れたなら寝てもいいですよ、とシャロンは微笑みながらすぐ近くの扉を指した。



バタン、と扉を閉じる。そしてすぐに、

「っ──」

広い部屋の隅っこにうずくまるティア。

駄目だ、頭が痛い。治まらない。

『ただ、傍にいてくれれば───』

オズの悲しげな声が頭に響く。どうやら意識のシンクロがまだ続いてるようだった。止めようと思っても、それは鋭くティアの心に切りかかってくる。
なんで制御できないんだ。

「わたしのチカラだろうが……!」

止まれ、と何度も何度も念じる。

『私、本当は誰にも愛されてないのかしら。殻に閉じこもれば、楽になれるんじゃないの?』

また、記憶。誰だっけ、そう言ったのは。……ああ、そうだ、

「わたし、だ……」

『私が死んで、悲しむひとがいるのかしら。いっそ死ねば、新しい自分になれるんじゃないの?』

あのときも、こうだった。広い部屋の隅っこで、座り込んで独り言を繰り返す。

『どうして私は、みんなみんな知りたがるのかしら。何も知らないほうが、幸せなんじゃないの?』

何もかもが変わってしまったあのとき。積み木のように、一つ抜け落ちてしまえば崩れていくだけ。積み木が足りないから、同じものは二度と作れない。
忘れたかった。でも、忘れたくもなかった。

「……何を?わたしの記憶を?」

考えたことに自分で疑問を感じる。自分のことがわからない。自分のことなのに、ちっともわからないよ。
ふと浮かんだ誰かの微笑みは、とても懐かしくて、苦しくて愛しかった。また記憶が浮かぶ。

『全て、受け入れてしまえばいい
ただそれだけのことだから』

まだ幼いオズ少年は、そう言って自身を殻に無理矢理押し込んだ。

「受け入れる……」

その手があったか、とティアは目を細める。

「そう、認めてしまえば、それで」

何もない空間に手を伸ばす。まるでオズの記憶に応えるように。

「そうすれば誰も……誰も苦しまなくてすむ。きっとみんな、幸せになれる──」

自分なりに答えを導き出せたことに充実感を感じたティアは、しばらく自分の伸ばした手を眺めていた。


「あ、そうだ」

思い出したようにティアが声を上げた。顔を俯かせたままゆっくりと立ち上がる。そして大きく深呼吸をしてから、自身の頬を両手で挟むようにして叩いた。ぱちんっ、と軽い音が広い部屋に響き、勢いよく上げられた顔。その黒い瞳には先程のような虚ろさは消えていて、いつものティアが、そこに立っていた。
ティアは机の上に置かれた時計を見た。帰ってから、どれくらいたったのだろうか。

「みんな起きてるかな……?」

顔くらい見せないと駄目だろうか、と思ったティアは、扉へと歩いていった。
部屋の外に出る。目の前には装飾の施された大きな窓がずらりと並んでいる。そして右と左に続くのは、闇。ティアは少し首を傾げてから、左に向きを変えて歩き出した。
先の見えない廊下。壁に等間隔で掛けてある灯りがさらに、不気味さを増して──

「そっちは玄関デスヨ」
「きゃぁぁあ!?」

背後から突然話しかけられて、ティアは叫び声をあげた。

「あ……ブレイク……?」
「ナンデスカ今のは。人をオバケみたいに」
「ご、ごめんなさい」

声を掛けたのはブレイクだった。ばくばく言う心臓を抑えながら考える。
そっちは玄関デスヨ。確かオズたちは、わたしがいた部屋より奥に歩いていって……。

「……ああ……じゃあ、オズたちはこっちかあ」

間違えちゃったーとおどけながらブレイクの横を通ると、ブレイクの後ろに人が2人いることに気付いた。

ひとりは、エコー。もうひとりは、

「えーっと……?」

どこかで見たことのあるような顔だが、暗がりでよくわからない。

「ヴィンセント=ナイトレイです」

目を凝らし、なんとかして思いだそうとするティアを察したのか、その人影は自己紹介をした。
ヴィンセント。エコーがさっき言ってたのはこの人か。薄暗くていまいち顔は見えないが、微笑んでいるのはわかった。

「ヴィンセント…………さん」

ティアが名前を復唱してみると、ヴィンセントはくすりと小さく笑った。

「──相変わらず、方向音痴なんだね」
「……?」

相変わらず、という言葉に疑問を感じたが、それを尋ねる前にブレイクがすたすたと歩いていってしまう。さっきの口ぶりといい、なんだか機嫌が悪いようにも見えた。

「それじゃあ……『また』ね、ティア……」

ヴィンセントはすれ違いざまにそう言い、ブレイクの後を歩いていった。
……わたし、名前言ったっけ。言ってないよね。丁寧に会釈をするエコーに手を振りながら思った。






「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -