考える暇もなく、オズに触れている指先から伝わってくるもの。
「あんたのことなんて知らない…………どうして……っ」
『オレは……知ってしまうのが怖いんだ……』
「どうしてあんたはフィリップの側にいないんだ」
『ならボクが旦那様に聞いてきます』
「一緒にいてやらないんだよ!!」
『なぜですか!?坊ちゃんは貴方の──大切なご子息ではありませんか!!』
「息子が大事なんだろ!?なのに、どうして……」
『あんな子供、生まれてこなければよかったのだ』
それは、オズの記憶。
「過去に戻りたかったわけじゃない……」
必要とされないこと、
「あの子は、ただ……」
まるで自分のことのようだ。なんとなくそう感じた。
「……ただ……独りでなければ……」
『「大丈夫、ここにいてもいいんだよ」と
そう笑ってくれる誰かが……』
「傍にいてくれれば──」
『触るな、穢らわしい』
「ただ……、それだけでよかったんだッ!!」
「わ……私は……」
はっとなり数歩後ずさる男。それを見たオスが表情を変えた。
『そうだ……この人は、人を殺めたんだ……
オレが何を言ったとしても、その責任をとらされることになる。なら……』
「フィリップに……会いに行ってあげてよ……」
小さくオズは言った。
『せめて、もう一度───……』
浮かぶ少年の笑顔。
「──オズ!!!」
後ろから声が聞こえた。オズが振り向くと、そこではギルバートがフィリップの父親に向けて銃を構えているところだった。さっとオズが男の前に立ちはだかる。呆然としていたティアの指先がオズの体から離れた。
「撃つなぁああ!!!」
庇うように手を広げて叫ぶオズだった、が。一瞬、オズの背後の空気が変わった気がした。ドサッ、と倒れる男。地面に流れる赤。オズは目を見開いた。
「あ……」
ドクン。
「!?」
「オズ!」
オズがギルバートに寄りかかるようにして倒れる。
「っあ……!!」
それと同時にティアが膝から崩れた。
耳を塞ぐように頭を抱えながら。
ギルバートがオズの頭を押さえると、そこから小さな光が見えた。
「やめろ……触るな……っ」
ギルバートは、自らのチェインでアリスの力を制御している。
「なんで……なんで撃ったんだ!!この人はもう──……」
「オレじゃないっ!!」
強く否定されてはっとするオズ。
「………………オレは……撃っては───……」
「僕だよ」
突然掛けられた声の方を見ると、1人の青年。後ろにはエコーが立っている。そしてその青年の手には銃があった。今撃ったことを示すように、小さく煙をあげて。
「だって……その子が今にも殺されそうだったし……第一、その人にはもうアヴィスに堕ちるか死ぬかのどちらかしか残されていなかった……」
青年はゆっくりと顔を上げる。
「──だから、これはさ……仕方のないことだよね……?」
そこには、金と赤紫。
「ヴィンセント……!」
ギルバートが青年の名前を呼んだ。いつの間にか体の上にのしかかる重みから解放されたアリスは、ゆっくりと立ち上がり青年を睨み付けた。
「ヴィンス、お前が乗ってきた馬車はあるか」
「うん……近くに……」
「こいつらを安全な場所で休ませたい。貸してくれ」
「だめだ、ギル……っ」
苦しそうに刻印のある場所を押さえながらオズは言うが、
「オレは……フィリップに──……」
そこまで言うと、ギルバートに肩をぐっと寄せられた。おそらく言うな、という意味であろう、その力の強さにオズは何も言えなくなった。
「いいよ、ギル。キミの頼みだったら、僕はなんだってきいてあげるんだ───……」
オッドアイは小さく笑って言った。
*
ティアは自分の中で起きていることがわからず混乱していた。ただ頭を抱えたまま、地面の一点を見つめていた。
おかしい。どうしたんだろう、わたしは。
頬を伝う液体は、雨と涙が混ざったそれで。気付くとギルに馬車に乗るように促されていた。溢れる記憶の扱いに精一杯で、さっきから何が起こっていたのかわからない。とりあえずはこの頭痛をどうにかしないと。考えたティアは素直にギルに従い馬車に乗り込んだ。
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