「フィリップ=ウエストですね?」

声のするほうを見ると、いつの間にか1人の少女が立っていた。

「え……?」
「あれー?君は花束の──」

少年がたじろぐ。どうやらこの少年がフィリップらしい。さらにオズはこの少女と会ったことがあるようで、嬉しそうに顔を輝かせている。しかし少女はフィリップを見据えたまま、淡々と言葉を発した。

「エコーはナイトレイ家にお仕えする者です。我が主ヴィンセント様の命により、その子供をひき取りにやってきました。大人しくその子をこちらに渡してください。さもなくば公務執行妨害とみなし──」

ジャッ、という鋭い音と共に、左袖から刃物が出てきた。

「貴殿方をここで排除します。」

それはオズに突きつけられる。オズは一瞬よろめいたが、すぐに目をキラキラとさせて言った。

「こんなところで再会するなんて……もしかして……これって……うんめ───」
「誰ですか?」

一蹴。

エコーと名乗る少女は、突然ずいっとオズに顔を近付ける。

「……思い出しました。」

ぱああああっとオズの顔が明るくなるが、

「あの時床で寝ていた邪魔な人ですね。」

それもあっさりと蹴落とされる。

「あんな所に寝ていては通行の邪魔です。以後は場所を変えることをお勧めします。」

違うよ、オレは、と弁解を始めるオズを無視して、エコーはまたフィリップに向き直った。

「……先程言った通り、エコーの目的はそちらの子供です。さぁ、一緒に来てください、フィリップ=ウエスト。」
「う………」

ギラリと光る刃を見たフィリップは、
「わあぁあああ!!」
泣きながら逃げ出してしまった。

「ひどいですね……なぜ逃げるんですか……?」
「そんな剣見せりゃ誰だって逃げるよ!!」
「……仕方ありません。追跡します。」

少しむっとしたエコーは、そう言うとフィリップを追いかけて走り出した。

「えっ、ちょっと待ってよ!?」
「オズ!?」

オズとティアはそれを慌てて追いかけた。



エコーはめちゃくちゃ速かった。それについていけるオズもなかなかだと思う。

「……いや、わたしが、遅いの、か……」

ティアはだんだんと遠くなる2つの影を追いかける。突然前を走る2人の動きが止まり、必死で2人に追い付くと、

「なんたってオレはねぇ……ギルバート=ナイトレイの飼い主だからねー!!!」

オズ、突然のカミングアウト。

「か……かいぬし……??」
「……そうっ!つまりは命の恩人で人生の先輩でギルにとっての必要不可欠ってとこかな!!」

あまりに焦りすぎているのでティアは嘘だと一目でわかった。冷めた目を向けてみると、ティアの存在に気付いたオズが否定するように小さく手を横に振っていた。

「そっ……そうでしたか……。そうとは知らずに失礼しました。」

オズの言葉に納得してくれたのか、きちんとお辞儀をして応えるエコー。

「あ……いえいえ、こちらこそ……」

オズもそれにつられてお辞儀をする。エコーが顔を上げると、オズの隣でぜえはあ言っているティアと目が合った。エコーは少し驚いたような顔をしながらティアをじーっと見つめている。

「あ、わたしは」
「……ティア様……ですか?」
「へ?……え、ええ」

なんでわたしの名前を。

「ヴィンセント様が……貴女の話をなさいます。」
「は?」

記憶のないティアには思い当たる人物がいるはずもなく。

「ギルバート様の恩人さんを……ましてやヴィンセント様の大切な方を傷つけたら、エコーがヴィンセント様に叱られますから。」

エコーは刃物をしまいながら言った。その隣でティアは首を傾げている。

(まあ……この子の勘違いに感謝しよう)

「──でも、この任務は貴殿方には関係のないことですので。
これで失礼します。」

背を向けて、また走り出すエコー。

「って、待ってよー!?」
「まだ走るの!?」

頑張ってエコーの後を追う2人。その後ろ姿に向けてオズが叫ぶ。

「そりゃあ……さっき知り合ったばかりの子だけどさ……、話をして……共感して……放っておけないと思ったんだ……。無関心じゃなければ……それはもう無関係じゃないだろう!!?」
「オズ……」

「──────。」

エコーが立ち止まった。

「エコーは今……逃亡した違法契約者を追跡中です。」
「え……」
「ついてくるなら勝手にしてください。」

タン、とひとつ踏み切るとエコーはその体の数倍の高さの塀の上に乗った。

「もし巻き込まれて死んだとしても、エコーは知りませんからね。」

エコーは振り向きながら言う。
夜のレベイユの街を背景にして。






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