レベイユの街は夕焼けに染められて賑やかに輝いていた。オズ、アリス、ティア、鴉の4人は夕飯の買い物のために通りを歩いていく。
「オレ達が見た黒うさぎの記憶については、ブレイクが今調べてくれている……はずだ」
鴉が話す後ろでアリスは立ち並ぶ店をきょろきょろと眺め、そのアリスを後ろから押すかたちでティアが歩く。
「だから、とりあえず今は自宅待機だな」
「うん……」
「オレも、おまえに話しそびれていることが……色々とあるし……」
「……うん……」
「おいオズ、見たか!?あっちにうまそうな肉があったぞ!!」
心ここにあらず状態だったオズに、突然アリスが話しかけた。
「アリス、鼻息荒いよ……女の子なんだからさあ……」
その隣では逆にアリスに引きずられてきたティアが額に手をやりため息をついている。
「なになに?食べたいの??」
オズが尋ねると、アリスはオズの服の袖をぎゅむっと掴んで
「…………う……むっ、食べたい……っ……ぞ……」
と言う。
「アリス、それかわいい……!買ってあげてよ!」
きゃあきゃあとアリスを囃し立てるティアだった……
……が、
「ダメだ。」
その意見は鴉にあっけなく突っぱねられた。
「なんでだ!!」
「出来合いを買うより材料の方が安い。常識だろ」
「ちっ……この腰抜け共め……」
淡々と告げる鴉を睨み付けるアリス。頭には怒りマークがついているようにも見えた。
「もういい……自分で奪ってくる。」
「待て!!わかった!買ってやるから!!」
指をバキバキ鳴らしながら身を翻すアリスを鴉が慌てて引き留める。そしてオズとティアのほうをちらりと見た。
「わたしはいいよ、ここで待ってる」
「……オレもっ」
「……オズ……ブレイクに言われたことを気にするなよ?」
オズはきょとんとした顔でギルを見つめる。
「あいつの行動のほとんどは無意味な嫌がらせだ!オレだってこの10年間どれだけ──」
「ギル、オレは大丈夫だから、早く行って?」
そう言ってオズはゆっくりと微笑んだ。ギルは複雑そうな顔をしてから、
「……すぐ戻る。」
と、オズに自分の帽子をかぶせて走っていった。
(なんだか、オズがいつもと違うような)
さっきの笑顔に違和感があったティアは、オズの横顔を眺めてから首を傾げた。
*
鴉たちと離れていくらか時間が経った。オズとティアの間にはずっと沈黙が流れている。
「そうだ、」
オズが口を開いた。手のひらを軽く合わせて、ティアのほうを向く。
「ティアさんに聞きたいことがあったんだけどさ」
「なに?」
「屋敷でアリスの記憶を見たの覚えてる?」
「アリスの記憶?うん、……うーん?あれ?」
あのとき、
『この木々に、花びらに少しずつ宿り私を待っていたんだ──』
アリスが喋って、気付いたら椅子に座らされて体に鎖がたくさん巻き付いていた。その合間に、「あの人」の声が聴こえたことくらいしか覚えがない。
「あ、覚えてない……?そっか……」
「いや、ええと……アリスの記憶ってどんなものだったの?」
「それなんだけどね。アリスの記憶の中に、ティアさんみたいな人がいたんだ」
「え…………?」
「たぶん、違うかもしれないけど……」
心臓が拍動を速めた。頭の隅がじわじわと痛む。きっとそれは、思い出してはいけない類のものだ。
やがてオズは「やっぱりオレの勘違いだよね」と笑った。ごめん、と謝るオズに気にしないでと笑顔を向ける。
「あ……そうだ。わたしからも質問、いいかな」
「うん、どうぞ」
ぴっ、と人差し指を立てて神妙な面持ちで、ティアは口を開いた。
「ギルって誰」
言うと、オズは一瞬きょとんとしてから、笑い声をあげた。
「何を訊くかと思えば……ティアさんはギルのこと知らないんだったねー。鴉のことだよ」
「鴉」
「そ、鴉はチェインの名前。本当の名前は、ギルバートっていうんだ」
「へえ。覚えておくわ」
耳慣れた感じもしながら、ティアは頷いた。
*
「わっ……やめろっ、返せよ!」
ふと、路地から声が聞こえてきた。見ると、そこでは1人の少年が数人の少年たちに囲まれていた。
「ははっ、見ろよこいつ……母親の写真なんて持ち歩いてやがるぜ?貴族のお坊ちゃまがいいザマだよなー」
「知ってるか?こいつの父親、借金返済のために毎日走り回ってるんだぜ?」
「……お父さんを……馬鹿にするなぁっ!!」
少年は笑う少年に飛びかかる。その衝撃で、ロケットは遠く飛ばされてしまった。
「あっ──」
そのロケットはちょうど、オズの手の中に収まって、
「あらあら……おもしろそうなことしてるじゃない」
「オニーサンたちも混ぜてくんない??」
2人はうふふふふふふふ、と怪しく笑う。背後には花が飛んでいる。
「な……なんだおまえ……」
「通りすがりの悪の味方でーす♪」
「……にしても君達、いじめの仕方がなってないね。」
ギロッ、とオズの目つきが変わる。
「そうね、やるならもっと徹底的に!!」
「こんな幼稚なのじゃなくてさぁ〜」
オズは少年のすぐとなりの壁を強く叩く。
「ナイフで爪剥ぐくらいやっちまえよ」
オズはポケットからナイフを取り出した。その隣ではティアが口元に手を当てて笑い続けている。
「「「!!?」」」
その場にいた少年たちが凍りつく。
「うふふっ……お手本を見せてあげる……」
「い……いい声で泣いてくれよぉ……??」
「……わああああ!!!」
明らかに怖い2人に逃げ出す少年たち。そして残された少年に、ナイフが振りかざされ──
少年が恐る恐る目を開けると、目の前のナイフがぺろんっ、と剥けた。
「!?」
オズは驚く少年の前でナイフをかじってみせる。茶色いそれはパキッと折れた。
「…………食べる?」
ティアは少年に飴を差し出した。
「ふーん、あなたのお母さん綺麗な女性ね」
ティアがロケットの中の写真を見ながら言う。
「うんっ。もう死んじゃったけど……すごい優しくてあったかいんだよ!」
「…………寂しいか?」
「んーんっ だってボクにはお父さんがいるもん!」
オズが少年の頭に手を置くと、少年はふるふると首を振った。
「ボクの家ね……『ぼつらく』をして、大きなお屋敷に住んでられなくなっちゃったんだって。お家は狭くなって使用人もいなくなっちゃったけど……でもっ、前よりもお父さんが側にいてくれるんだよ!だから……ボクは寂しくないんだ!」
「…………そっか……」
少年の無邪気な笑顔を見て、オズも照れくさそうに笑った。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」
「ん?」
「お父さんとお母さんはどんな人なの?」
「────……」
オズが口を開く。
「……お母さんは、君と同じでもういないよ。──父親は……そうだな、もう顔も覚えてないや」
ギルバートの帽子を深く被りながら、小さく縮こまって答えた。
「……お姉ちゃんは?」
「わたしも、忘れちゃったなぁ」
ティアは微笑んで、ごめんね、と少年の頭を撫でた。
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