気付くと、オズ達は真っ暗な場所にいた。さっきの青年の言葉が頭をよぎる。
『アヴィスの意志に、見られているよ?』
「……なんだよ…アヴィスの意志って……」
「オレも詳しくは知らない……」
オズの呟きに鴉が答える。
「……だが、今のアヴィスを作りあげている存在であるとされ……パンドラとバスカヴィルが求め続けている存在だ──!」
闇の中にひとつ、光が灯った。そこには椅子に座らされ眠っているアリスと、その頭上に浮かぶ、うさぎのぬいぐるみ。
「って、うさぎ!?」
オズはつい声を上げた。いや、と鴉が呟く。
「あれは恐らく仮の姿───」
『───ああ。ああ……やっと貴方に会えた』
ぬいぐるみが喋りだす。ふわふわと宙に浮かぶぬいぐるみからは、かわいらしい少女の声がした。
『私ずっと待ってたのよ、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと』
「!?」
『ねぇ早く、早く迎えに来て?いろんなお人形を用意してあるわ、それで遊びましょう?眠くなるまでお話して───』
くすくす、と笑い声がBGMのように響く。
『それで……それで……ねぇ……ねぇ───いとしいひと。』
オズの頬に手のような何かが触れる。ぞくっと悪寒が走ったオズは反射的にそれを振り払った。
「オレは君なんか知らない。それよりも、アリスを離してくれないかな?」
『……どうしてあんな娘のこと気にするの?あの娘はチェインなのよ?ねぇ──どうして?』
ぬいぐるみの表情が変わる。それは覆い被さるようにしてオズの前に浮かぶ。
『どうして、どうしてどうしてどうしてどうして──』
「オズ!」
動かないオズに、鴉が手を伸ばす、が、
「うるさい!!」
鴉はぬいぐるみが発した衝撃にはね飛ばされてしまう。
「ギル──」
『私と彼の邪魔をしないで。じゃないと──』
ジャラ、と鎖が擦れる音が聴こえる。オズ達の後ろ、音のする方にはもうひとつ椅子があった。そして、そこにはティアが座っていた。しかしアリスとは違い、大量の鎖がティアの身体中に巻き付いていた。
「ティアさん!?」
「オ、ズ……」
ティアは苦しそうにオズの名前を呼んだ。
『そこのひつじさんみたいになっちゃうわよ?』
くすくす。
ぬいぐるみがそう言うと、鎖がティアを締め付けはじめた。
それはじわじわとティアの首に食い込んでいく。
「っ……!!」
ティアは声無く喘ぎ、鎖を握り締める。
くすくす、くすくす───
「やめろ!!」
オズは叫んでぬいぐるみを睨み付ける。すると、鎖の音が止まった。少しだけゆるんだ鎖の隙間から、ティアはげほげほと咳き込む。
『ねぇ、貴方はあの娘のこと何も知らないのに、どうして側にいようとするの?』
ぬいぐるみの言葉にオズは呆然としてしまう。
『あんな……自分が何者かも、生まれた理由すら知らない子供なんて貴方に相応しくないわ。なのに貴方を横取りして……あんな人形……「生まれてこなければよかったのに──」!!』
ドクン。
『だからね?そんな娘は捨てて──……。』
「ぷ……ははっ、ははははは!」
突然笑い出すオズ。それを見て、ぬいぐるみはわずかに首を傾げる。
「たしかに……君の言う通りだ、オレはアリスのことなんて何も知らないよ。……でもね、オレはアリスといなきゃいけない」
『!?……なんで!?なんでそんな──』
「根拠なんてないよ?オレはただ、自分の中の確信に従ってるだけだから──!」
そう言って、オズは微笑んだ。そして、ふわりと優しくぬいぐるみを抱き留める。
「それにね、残念だけど、どうやらオレは……君とは話が合いそうにない」
銃声。ドンッ、と放たれたそれはぬいぐるみのこめかみを貫く。オズの手には、さっき鴉に返さないでいた銃があった。
「せっかくのお誘いだけど……あいにく今のオレは人形遊びよりも、宝探しに夢中なんだ」
オズはもう一度にこっと笑った。ぬいぐるみは血を流し地面に落ちる。
『あ゙ あ ア ア゙ ァ』
地面が崩れていく。
鎖が解ける。
オズは手を伸ばし、
「アリス!」
少女の名前を呼んだ。
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