ティアは追いかけてくる人々から逃げるためにひたすら走っていた。

「、……あれ?」

振り返ると、ティアを追いかけていた人々はいつの間にかいなくなっていた。そういえばずっと前だけ見て走ってたような。はぁぁぁぁ、と大きなため息をついてその場にしゃがみこむ。
が、

「ここ、どこだろう」

知らないところに来てしまったようだ。
鴉は大丈夫だろうか。とりあえず今来た道を戻ろう、と立ち上がり周りを見回す。

「……何あれ」

ふと目についたのは穴だった。中庭のようなところに、ぽっかりと大きな穴が空いている。ティアは惹かれるようにその穴のもとへ歩いた。
近付いてみると、階段があってどうやら下に降りることができるようだった。ゆっくりと階段を下っていく。不安定な階段を下りきって顔を上げると、そこには広けた空間が広がっていた。
目前には大樹、その根元には、

「お墓?」

近付こうと歩みを進めると、頭に鋭い痛みが走った。近付くな、と自分の中の誰かが警鐘を鳴らす。

『あなたは私の親友よ』

かすかに聴こえた記憶。そう言われたのはわたし。じゃあ、言ったのは誰だっけ。

「あ、ぐ……!!」

脳を刺すような激痛に、膝から崩れ落ちて地面に倒れた。考える暇もなく意識が飛んだ。



ぐらり、体が揺れて、そのまま浮いた。ゆさゆさと微妙に心地良い揺れになんだなんだと思い目を開けると、そこには鴉に横抱きにされている自分がいた。しばらくぼーっと揺られていると、起きたか、と上から声が降ってきた。

「……どこに行くの」
「オズのところだ」
「ふうん」

気の抜けた返事をして、降ろしてよ、と言うと、鴉はティアをそっと地面に降ろした。何気なく振り返ると、そこにはさっきの墓があった。そういえば倒れたんだっけ、そう考えながら首は前に向き直る。するとちょうどオズとアリスが歩いてきた。

「あ、ティアさん!さっきそこで倒れてたけど……何かあったの?」
「うーん、わたしもよくわからないんだよね。まあ大丈夫よ」
「そっか、よかった!」

ティアは、さっき穴のところにいた間に起こったことをオズに説明してもらった。簡単に言うと、オズは元々いた時代から10年後の世界に出てきたのだという。そして、鴉は10年前オズの従者であったそうで。
オズが話している間、アリスは庭のほうをじっと眺めていた。

オズと鴉がしばらく話した後、オズはアリスのほうを見る。

「だってよ、───……アリス……?」

そこにある風景を、ただ見つめるアリス。やがてその口がゆっくりと開いた。

「──あまりにか細い声で……気づけなかった……この木々に、花びらに、少しずつ宿り私を待っていたんだ──!」
「!」

足元が明るくなっていく。
さぁぁ、と木々の揺れる音がして、

『ただいま──……!』

目の前に、大きな庭園が広がる。

「まさか……アリスの記憶……なのか……?」
『──やっと見つけたわ!』

誰かがオズの隣を通りすぎていく。

「ア……」

人形を抱き締めて走る少女は、アリスと同じ顔をしていた。また誰かがオズの横を通る。ゆっくりと歩くその女性は、ティアに瓜二つであった。アリスに似た少女の走る先には1人の青年がいた。青年は駆け寄ってきた少女の頭を撫でる。

『いけない子だな、後をつけて来たのかい?』

ティアはその声を聞いて、はっと目を見開いた。

『覚えていて、私のことを』

アヴィスから出てきたときの、あの声──

『あんまり走らせないでくれるかしら……』

ティアに似た女性がため息をつく。

『たまには運動しないと駄目だよ』
『はいはい、そうですね』


何だろう、この感じは。
このなんともいえない、


『──気をつけなさい』
「!」

青年がこちらに小さく振り返って言った。しかし、その顔は翳りわからない。

『アヴィスの意志に、見られているよ?』

青年のその言葉をスイッチにするように、ゴーン、と大きな鐘の音が鳴り響く。そして、オズたちの足元の地面が崩れていく。
呆然とするティアの腕に何か、冷たいものが触れた。小さな金属音に体を強張らせると、一瞬でそれはティアの手足に巻き付いていった。そのまま崩れた地面の奥に引きずり込まれていく。

「ティアさん!!……なに……どうなってるんだよ!?」
「オズ!」

鴉がとっさにオズの服の袖を掴んで引き寄せる。青年とその回りの景色が鏡のように割れていく。青年は鴉を見て、最後にくすりと笑った。

『ああ……君か……今度はちゃんと護ってあげるんだよ──?』


青年を映していた、最後の鏡が割れた。






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