街をうろうろしている間に、外はすっかり夜になった。
「──おい、私たちは契約者を探すんじゃなかったのか」
「今日はもう遅い。働くのは明日からだ」
アリスの問いかけに鴉が答える。なんだそれは!アリスが叫んだ。
「私は少しでも早く屋敷へ行きたいんだ!!」
「今日いちばんはしゃいでたのはアリスだったけどね」
「お前はいちいち一言多い!」
アリスをなだめるティアをちらりと見て、ねぇ鴉、とオズが声を上げた。ブレイクから渡された資料を眺めている。
「違法契約者はなんで人を殺そうとするのかな?……そもそも、この人達がチェインと契約を交わすメリットってなんなんだ?アリスだってオレの同意を求めてきたし……勝手に人に取り憑くわけじゃないんだろ?」
「……『過去を変えられる』、そうチェインにもちかけられるんだ」
少し言葉を詰まらせながら鴉が話す。
「本当に可能なのかは知らん。だがその力を得るために契約者は人をチェインに喰わせる。胸の刻印が一周するまでに何度も……何度も──」
「刻印……?」
聞き慣れない言葉だ、と聞き返すオズ。
「違法契約者の胸にあらわれるものだ。おまえにもちゃんとあるぞ」
「え、マジで!?」
オズは胸のボタンを外す。が、そこには包帯が巻かれていて『刻印』は確認できなかった。
「刻印は、契約者のタイムリミットを示す時計なんだ。時間が経つにつれ針が動き更に刻印やを刻みつけていく。そして、針が再び頂点に達した時……」
口を閉ざして黙ってしまった鴉。
「…………どうなるんだ……?」
もぞ、オズの視界の隅で何かが動いた。
「アリス……?」
見ると、アリスはすやすやと寝息を立てて、その隣でティアがアリスの背中をとんとんと叩いていた。
「はは……寝ちゃったの?」
「うん、疲れちゃったみたいね」
起こさないであげて、と人差し指を立てて笑うティアに小さく頷いた。
「……こうしてるとどう見ても人間だな」
「うん、そうだね」
急に鴉が立ち上がった。
「じゃあオレは聞き込みに行ってくる」
「あれ?調査は明日からだって……」
「おまえらはな。そいつが無理にでもついてくると思ったから寝るのを待っていたんだ」
「でも鴉は、」
「オレは寝ないでも問題ない。
少しでも早く屋敷に着きたいんだろう?」
帽子を被り、身を翻す鴉。オズはその後ろ姿をまじまじと見つめていた。
『う……ゔぅ……』
闇の中でゆらり、とうごめく影。
『足りない……力が足りない……もう……時間がないのに……!』
ぴくり、と何かに気付いたように影が動いた。
『いる……大きな力……あれを喰えば、きっと間に合う──!』
*
「う……ん……」
「あ、アリス、起きた?」
「ティア……」
いつの間に寝かされていたのか、ベッドの隣ではティアが椅子に座り、先ほど少女から買った花を眺めながら微睡んでいた。布団からもぞもぞと起き上がるアリス。
「オズと鴉は……?」
「ああ、それなら伝言を預かってるよ。『鴉のながーーーいトイレに付き合ってきます』だって」
鴉のトイレは長いそうだよー、と笑いながら話すティアを見ながら、アリスはゆっくりと考えた。
「あいつら、まさか私を置いて2人で出かけ──」
アリスがベッドから飛び起きたその時、
「!?」
何かがいる気配を感じた。2人は探すように辺りを見回す。
「これは……」
「ああ」
窓に映る、巨大な影──
「危ない!!」
ドンッ、強い衝撃が走る。とっさに飛び退くアリスとティアのいた場所の壁がガラガラと崩れていく。
「……アリス!」
「大丈夫だ。……探す手間が省けたな」
アリスが小さく笑いながら言う。ずるり、動く影の正体はチェインだった。チェインはアリスに向けて鎌のように鋭い手を振り下ろす。それをジャンプして避けるアリス、その目に映ったのは、
「(こいつ……刻印の針が、もう……!?)」
「アリス、逃げるよ!」
ティアが手を引くと、アリスは「わかっている!」と叫んで、崩れた壁とチェインの隙間から軽やかに外へ出ていった。チェインはそれを追って大きな体を翻す。なぜかチェインの目的はアリスにあるらしい。というか、
「ここ2階!!」
飛び降りる勇気がなかったティアは部屋を出て階段を走った。
外へ出てチェインを追い越す(案外遅かった)と、アリス、オズ、鴉がいた。
「ティアさん!よかった無事で───って、わぁ!!」
オズの上ではチェインが腕を振り上げている。その攻撃を間一髪で避けて、チェインを睨み付ける。
「……え……?」
チェインの前に立っている人影。
「君は──」
それは、さっきの花売りの少女だった。目は虚ろで、胸には違法契約者の刻印がある。
「なんで……!!」
「待て、オズ!」
少女の所へ行こうとするオズを鴉が止める。
「こいつは……もう──」
カチッ、小さく音を立てて、少女の胸にある刻印が完全なものになる。
「ぎゃあああああああああああああ」
少女の影に穴が空き、チェインと少女がそれに吸い込まれていく。
「やっああああアアアあア゙あァぁあぁっああああああ」
悲痛な叫びをあげる少女。やがてその姿は無くなり、穴が閉じた。
「どうなってんだ……っ」
少女の叫びの残響が鼓膜を微かに揺らす。呆然と立ち尽くすオズたちの足元には、枯れた花がひとつ。
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