最近エスカバがとある女のことばかり見ている。名字名前、それがそいつの名前だ。
名字には友達がたくさんいて、周りにはいつも誰か人がいた。
「話しかけないの」
「見てるだけでいいんだよ」
「オレのほうが美人だと思うな」
「あっそ」
見てるだけでいい、なんて考えが理解できない。なぜアプローチをかけないんだろう。
「あいつのどこがいいの?」
「いつも笑ってるし、誰にでも優しいし…なんか、いいよなぁ」
「へえ」
「友達も多いし」
「…へえ」
オレだっていつも笑っている。優しくだってしている。けれど増えるのは親衛隊だけだ。
(意味がわからない)
劣等感。
帰り道、目の前に名字名前を見つけた。
わからないことは聞けばいい。少しちょっかいをかけてみることにした。
「名字名前」
くるりと振り向いた。大きな栗色の瞳がオレを見つめる。
「オレと勝負しよう」
いつものように笑顔で言うと、彼女はきょとんとした顔になる。そりゃそうだ、いきなり美人が話しかけてきたら誰だって驚くだろう。もう一度言った。オレと勝負しよう。
「嫌です」
「は?」
嫌です、だと。オレの誘いを断るだと。
「…なぜ?」
「何の勝負か知りませんけど、私がカルスさんに勝てるものなんてないですよ」
イラッとした。まず女にカルスとか呼ばれることがない。
「勝てない勝負はしませんし」
お話はそれだけですか?と微笑む名字名前に瞼がぴくん、と痙攣した。なんだこの女は。なぜ媚びない、なぜ頬を赤らめない。
ムキになった。
「勝てないものくらいあるさ」
「へえ、なんですか?」
「友達…とか」
言ったところで名字名前はぶはっと吹き出した。
「と、友達!なにそれ!それなら私も勝てるかもですねー」
「馬鹿にしてるの?」
「違いますよ!…あ、もしかして友達欲しいとか?」
屈辱だ。
「友達が欲しいなら、もっと笑ったらどうですか?」
「…笑っているよ」
「営業スマイルとかじゃなくて、心からの笑顔ってことです」
「心からの笑顔、」
悔しいが納得した。現実にこの名字名前は作り笑いなんてさっぱりないし、オレとしてもなんだか清々しいような、心を動かされるようななんだかよくわからない感覚になる。こんなのは初めてだ。エスカバの言っていたことがなんとなくわかる気がした。名字名前、面白い女。
「ふふ、では私があなたの友達になりましょう」
「良いよ、あんた面白そうだし」
「それじゃあよろしくです、カルスさん」
「ミストレでいいよ。あと敬語もやめて」
「わかった。じゃあ私も名前って呼んでね、ミストレ」
こんな面白い奴、エスカバにやるには勿体ない。