『はぁ…』
新一が唇を離してくれたのは、随分と時間をかけてあたしを堪能してからだった。
おかげでこっちは息が上がってるのに、新一はかなり満足気な顔をしてる。
なんか、悔しい…。
「俺のキモチ、少しは伝わったか?」
『うん…』
「じゃあ、この荷物はなまえの部屋まで運ぶからな。オメーも動けねぇんだったら、俺が部屋まで運んでやろうか?まぁ、その場合、運ぶのはオメーの部屋じゃなくて俺の部屋にだけど」
『バカ…』
さっきまで、あたしのこと意識し過ぎて避けてたって言ってたクセに、キス一つで吹っ切れたらしい。
「でも、なまえ、今日は俺ん家泊まってくんだろ?」
『え?うん、そうだね』
今日は土曜日で明日は休みだし。
昨日学校帰りに園子の家に行っちゃったから、あたしまだ制服のままだし、一回着替えには帰るだろうけど。
あれ?今日が土曜日ってことは
『新一、今日は部活休みだったの?』
「園子に無理矢理休みにさせられたんだよ」
『は?』
「昨日、なまえ探してる時に園子に連絡したら、オメーよりサッカー取るんだったら、今すぐ親父に連絡してなまえを迎えに来てもらうって脅されたからな」
なんていうか…ご愁傷様?
そういえば先生、あたしが遠慮して連絡しなかった時には君たちが連絡してくれって、園子たちにも番号教えてたんだっけ。
『新一、どっか怪我とかしてない?』
「腹に一発喰らったけど、何てこたねぇよ」
蘭の家に集合だったってことは、蘭も昨日のことを知ってるってことだろうから聞いたんだけど…一発は喰らったのね。
無事ってことは蘭もちゃんと手加減はしてくれたんだろうけど…。
『なんか、あたしのせいでごめんね?』
「いや、俺がなまえ泣かせちまったのが悪ぃんだし、これぐらいで済んだんだから大丈夫だって」
あたしの部屋まで荷物を運んでくれた新一はそう言って頭をくしゃくしゃって撫でてくれた。
何かこれも久しぶりだから、心地いいや。
「それより、俺、腹減ってんだけど、何か作ってくんねぇか?」
『あ、そういえばお昼過ぎてたんだっけ。すぐに作るよ。何が食べたい?』
「なまえが作ってくれんだったら、何でもいいって。昨日、オメー探して走り回ってた時から何も食ってねぇから腹減っちまって…」
『昨日の夜から食べてないの!?』
「おう。だって、飯はいっつもオメーが準備してくれてたから、インスタントとかもこの家には置いてねぇしな」
『えっ?でも、学校がある日の朝ごはんは新一が自分で作ってたんじゃ…なかったっけ?』
「今日は蘭に鬼電で叩き起こされて、今すぐ来いって脅されてたから食う暇がなかったんだよ」
もしかしてあたしが明日食べてねって作り置きしてなかった日は普段も朝ごはん抜いてたんじゃないかって不安に思ったんだけど、どうやら今日が例外だっただけらしい。
それなら良かったって(いや、2食も抜いてるなんて、全然よくないんだけど)とりあえずご飯の支度をしにキッチンへと向かった。
『あちゃー…そういえば、昨日スーパー寄ろうと思ってたから、あんまり食材残ってないや。簡単なものになるけど、大丈夫?』
「おう。とりあえず食えたら何でもいい」
作りがいのない台詞だけど、相当お腹が空いてるんだろう。
オムライスと作り置きしてたお惣菜をいくつか並べるとあっさりと食べ終わって、おかわりを要求して来た。
オムライスちゃんと大きめに作ったんだけど、足りなかったか…と立て続けにオムライスじゃ飽きるだろうって別のおかずを作ってご飯と一緒に出したら、これまたあっさりと空にしてしまった。
…どれだけお腹空かせてたの?
「やっぱりなまえの飯食うと落ち着くな」
『そう?』
「何かもう舌がなまえの飯に慣れちまってっから、コンビニ弁当とか食いたいとも思わねぇしよ」
『昨日みたいな非常事態の時には食べようよ…』
あたしのご飯を喜んでくれるのは素直に嬉しいけど、そのせいで新一が食事を抜いてしまうのは困る。
「昨日はなまえが泣いてるって聞いてたから、飯どころじゃなかったんだよ」
『…』
「帰ったらいっつもおかえりなさいって晩飯のいい匂いと一緒に出迎えてくれんのに、家ん中真っ暗だし、なまえん家行っても居ねぇし、電話も繋がらねぇしで園子ん家に居るって聞くまで事件にでも巻き込まれたんじゃねぇかって探しまくってたしな」
『…』
「もうオメーは俺の生活の一部になってっから、急にいなくなられっと、どうしようもねぇんだよ」
後片付けをしてる間も、何故か新一があたしの傍から離れないと思っていたら、そんな話を聞かされた。
だから、よくそんな台詞を恥ずかし気もなく言えるな。
俺の一部とか、そんなのあたしだって一緒だよ。
『あたしも昨日は新一の泊まって欲しくないって発言聞いて、立って居られなくなるかと思ったよ』
「…」
『新一にだんだん強く避けられて、もうキモチ冷めちゃったのかなぁって思ってた時にあの発言だもん。もう、あたしのキモチも存在も、新一にとって迷惑でしかないんだって思ったら、目の前が真っ暗になったよ』
「悪ぃ…」
『もう謝ってもらったからいいって』
洗い終わった食器を片付けながら、あたしは笑ったけど、新一は申し訳なさそうにあたしを抱き締めて来た。
「蘭たちに話を聞くまで、ホントにそんなに不安にさせてたなんて知らなかったんだ」
『うん。それはもう聞いたよ?』
「オメーの不安も寂しさもぜってー俺が埋めてやるって決めてたのに、また俺がオメーを追い詰めちまった」
『だから、それはもういいってば』
「よくねぇよ。オメー、俺がもう少し遅れて帰ってたら、俺の前から消えるつもりだったんだろ?」
『…』
「オメーが俺の前からいなくなるとか、恐怖以外の何物でもねぇよ。いや、実際居なくなられたら、そんなこと考える間もなく絶望すっかな?」
『…』
「頼むから、俺の傍から黙っていなくなったりすんなよ…。今回みてぇにすれ違った時も、俺の話ちゃんと聞いてくれよ。俺がオメーのこと嫌いになるなんてこと、ぜってーねぇんだから」
そんなことを言っていても、人のキモチは永遠じゃないことをあたしはもう知っている。
だから、何も答えなかった。
出来ないかもしれない約束をするのもイヤだったし、今だけの言葉にすがるのも、後で自分が傷つくだけだって分かってるから。
『あたし、一回着替えに帰るね。スーパー寄ってから帰って来るよ』
「待てよ。俺も行くから」
『え?』
「なまえが居ねぇこの家でオメーを待ってんのはもうイヤなんだよ」
新一の腕から抜け出して、帰るって言ったら、すぐに腕を掴まれてしまった。
どうやら昨日のことが相当堪えたらしい。
今日の新一はいつもより甘えただ。
これはこれで可愛いんだけどね。
『重くない?』
「こんくれー平気だって。俺が着いてきて正解だったな。なまえ一人じゃこんなに買えなかっただろ?」
『うん。新一が荷物持ってくれるって言うから、つい調子に乗って買っちゃった』
スーパーに寄った帰り道、あたしも持つつもりでたくさん買ったのに、新一は一人で荷物を全部持ってくれた。
まだ、昨日のことを気にしているのかもしれない。
もう気にしなくていいって言ってるのに。
新一の家に着いて、今日の夕飯に使う分を除いて、冷凍庫に仕舞えるように一つずつ処理してる間も、夕飯を作ってる間も新一はあたしの傍から離れなかった。
『新一?そんなにずっと傍に居なくてもあたしはいなくならないよ?』
「分かってっけど、今は俺の目の届くとこに居て欲しいんだよ」
その言葉に思わず苦笑いが出た。
やっぱり今日の新一はとことん甘えたらしい。
「なぁ…今日は俺の部屋に来ねぇか?」
新一からそのお誘いを受けたのは、ご飯を食べ終わって新一の淹れてくれた珈琲で久しぶりに談笑してる時だった。
さすがにそれがただ本を読む為だとか思う程、鈍くはないし、空気は読める。
『いいよ?』
今日はあんなキスをされたばかりだったし、あたしにだってその気はあった。
…っていうか、正直やっとかって思ってるくらいだし。
高校生になるまでお預けなんじゃないかとまで思ってたくらいだから、新一のキモチの変化が素直に嬉しいんだよ。
新一の部屋に入った途端に、新一に噛みつくようなあたしの全てを貪るような激しいキスをされて、あたしのキモチは期待に高鳴る一方だった。
「今なら、まだギリギリ辞めれるぜ?これ以上ヤるとぜってー止まらねぇだろうけどな」
『今さら辞めるの?』
ベッドに押し倒されたのに、まさかの新一からの問いかけがあった。
こんなとこで辞められたら、あたしの中に溜まった熱はどうしろって言うんだ。
「なまえ…」
出来るだけ優しくすっからって、耳元で低く甘い声で囁かれた時には、ホントに耳が溶けちゃうかと思った。
ねぇ、新一。
新一だけじゃないよ。
あたしも新一が欲しかったんだ。
あたしの全部を新一にあげたかったし、新一にあたしで感じて欲しかった。
余裕なんかなさそうなのに、それでも不器用にあたしを優しく包みこんでくれた新一に、あたしはもう新一から離れることなんて出来ないんだろうなって、与えられる快楽に溺れながらも残っていた少ない意識で感じていた。
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