結局今日はあまり部活らしい部活もせずに、その代わりなまえに貰ったチョコを皆で食べながら既に引退した筈の先輩たちも含めて雑談会となってしまった。
クラスの奴らに配ってたヤツも美味かったけど、このトリュフも負けずに美味い。
菓子に詳しくない俺だから、菓子の名前まではわかんねーけど、種類が全部違うトリュフの詰め合わせの中にはアーモンドを細かく砕いたようなヤツも混じっていて、ゆっくり味わって食べるつもりが飽きる間もなく完食した。
「なまえちゃんの菓子はいつ食っても美味いよな。なんか優しい味がして癒されるっつーか」
「分かる!クラスで貰ったのは小さめのチョコケーキとクッキーの詰め合わせだったけど、あれもめちゃくちゃ美味かった!」
「ったく、B組のヤツらだけズリィよな。俺もなまえちゃんと同じクラスになりたかった!」
「ズルいって言ったらダントツで工藤だろ?クラスのチョコも部活のチョコも貰った癖して本命チョコまで独り占めだぜ?」
「普段からなまえちゃんの手作り料理毎日食ってるくせして、バレンタインまで欲張りすぎなんだよ。お前、ホント殺してーくらいにムカつく程羨ましいポジションだよな」
それが彼氏の特権だろ?とは思ったけど、ここ数日はその彼氏の特権さえ我慢してたからそろそろ限界が来ていた俺は、愚痴が止まらねぇこいつらに怒鳴り返した。
「バーロー!ここ数日というものなまえはバレンタインに配るチョコ作るのに専念してたから、ゆっくり二人きりの時間もとれなかったんだよ!ヤロー共に配るのが義理チョコだっつーなら、俺も遠慮せずに全力で止めれたけど、あいつはお礼チョコだっていうから我慢してたんだぞ!?なまえのチョコが貰えただけでもありがたく思いやがれ!!」
買い出しに付き合って、あれだけの量いつ作るつもりだ?って聞いたら数日くらい徹夜しても平気だよとか言い出したから、いつもの晩飯の後のなまえとの二人きりの時間削ってやったんだ。
俺がそこまで譲歩してやったんだから、なまえのチョコ食えただけでも感謝しやがれっ!と長ったらしく今日までの不満を口にしていたら、さすがにこいつらも大人しくなった。
「でも、なまえちゃん、工藤の本命には何やるつもりなんだろーな?これだって普通なら本命だって言われても納得するレベルだぜ?」
「だよなー。河野さんたちに配ってた友チョコも家族用だって渡してたケーキも店で普通に売ってそうなレベルだったぜ?それじゃあ、工藤にはそれ以上の何かを用意してるってこったろ?」
「なぁ、工藤。食わしてくれとは言わねーからさ、写メくらい撮ってくんねー?」
「誰がテメーらなんかに見せてやっかよ!」
一刀両断で切り捨てながらも、実は俺も気になっていたりする。
俺の分は晩飯の後のデザートで出すとしか聞いてねーし、蘭に見せてもらった友チョコはホントに店で並んでそうな代物だった。
こんなことなら蘭たちにやるチョコもくれって頼んどけば良かったぜと後悔する程度には蘭たちが羨ましかった。
けど、それをやると蘭たちの家族用だっつってたあのケーキを作るのをなまえは断念してただろうし、バレンタインは特別なんだと繰り返してたあいつの楽しみを奪うような真似はしたくなかったから、さすがにそこまでは強く言えなかった。
「ただいまー」
蘭たちに嫉妬してるなんてなまえに気を遣わせるだけだから、出来るだけいつも通りに玄関を開けるとパタパタとなまえが奥から俺を出迎えに来てくれた。
『おかえりなさい!今日も部活お疲れ様』
俺の帰りをいつもこうして嬉しそうに出迎えてくれるなまえを見れるのは優越感さえ覚える俺だけの特権だ。
その日に何があろうが、なまえのこの笑顔は負の感情を綺麗に一掃してくれるし、あったけー気持ちになれる。
「なんかいい匂いすんだけど…もう飯出来てんのか?」
『うん!さっきテーブルに並べたところなの。先に着替えて来る?』
「いや、腹減ってから先に飯もらうわ」
ホントは部活ん時になまえのチョコつまみ食いしてたから、特別空腹ってわけでもねぇんだけど、なまえが何を準備してくれてんのか興味があったからその誘惑に負けた。
園子から「あんたへの本命は夕食も豪華にして準備してくれるんだって!」とメールを貰ってたから余計に。
いつもは帰ってすぐ着替えに部屋へと向かう筈の俺になまえは不思議そうに首を傾げていたけど、すぐに柔らかい笑みを浮かべて「じゃあ、先にご飯済ませちゃおうか」と二人でダイニングに向かった。
「すげー…」
目に入ったなまえの手料理に思わず声が漏れた。
夕食つーか、晩餐みてーに豪華なんだけど!
夏休みになまえが俺たちの為に作ってくれてた夕食もすっげー豪華だったけど、なんか記念日にどっかの店に食いに来たような錯覚に陥る程度には、普段の夕食と違っていた。
なまえは普段の夕食だって手の込んだ料理で迎えてくれるのに、今日は料理の盛りつけまで工夫されていて、ソースで皿に模様まで描いてある。
それだけでも印象は違うってのに、テーブルクロスも変えてあって、花まで飾ってある現状に軽く意識がどっかに飛んだ気がした。
『やっぱり少しやりすぎちゃった…かな?』
「へ?」
何も言えず立ち尽くしてその光景を見ていた俺に、なまえが不安そうに尋ねてきた。
『初めてのバレンタインだし、新一がビックリするくらいのヤツを準備しようって張り切ってたんだけど…やっぱりやりすぎだよね』
哀しそうな弱々しい声を出して俯いてしまったなまえに、ヤバイ!なんか勘違いさせちまった!と慌ててしまった。
いや、確かにビックリはしたけど、それはやりすぎだとかここまでやるか?って呆れてるのとは違って…でも、うまく言葉に出来る自信がなかった俺はなまえを抱き寄せた。
「違ぇって。俺のためにここまでしてくれたのが嬉しかったんだよ。蘭たちにやってた友チョコも売ってそうなくれーに美味そうなヤツだったから、俺の分はどうする気なんだろうって正直ちょっと不安だったんだ。部活でもこれが本命だって渡されても納得するよなって話してたから…だからマジで嬉しい!」
『新一、ちょっと苦しいよ』
どっかに飛んでた意識がなまえの不安そうな声で戻って来たせいか、俺のためにここまで準備してくれてたなまえに感極まって強く抱きしめていたら、なまえはそう言いながらも安心したように笑っていた。
『でも、これはオマケで本命チョコは食後のデザートだからね?』
だから、楽しみにしててって笑うなまえの頬に堪らずキスを落とした。
これをオマケと言っちまうくれーな本命チョコが今から楽しみだ。
「じゃあ、さっそく飯食おうぜ?俺だって早く本命もらいてーし」
『うん!』
嬉しそうに頷いたなまえとの夕食はいつも以上に楽しい時間になった。
最近ゆっくりと二人の時間が作れなかったせいかもしれねーし、想像を軽く飛び越えたこのコース料理みてーな美味い飯のせいかもしれない。
でも、これだけは自信を持って言える。
俺の為だけにここまでしてくれたなまえの気持ちが心の底から嬉しかったし、今までの人生の中で最高に幸せだった。
『はい。これが本日のメインの本命チョコだよ。今年はフォンダンショコラにしたの』
なまえが夕食の最後に持ってきてくれたのは、皿に綺麗に盛り付けられたチョコケーキだった。
真ん中に置かれているケーキには粉砂糖がかかり、その上には飴細工だろう繊細な蝶が飾られ、ケーキの周りの皿にはメインのケーキを引き立てるように、チョコソースで蔓のような模様が描かれ、ホワイトチョコで可愛らしい小花を、抹茶のチョコで小さな葉っぱを細やかに付け足して彩られている。
これが全部なまえの手作りだってんだから、そこらのパティシエじゃ立つ瀬もないに違いない。
止めが、模様のチョコとは少し色の違うチョコソースで皿の上部に書かれた「Happy Valentine」の文字と下部に書かれた「愛する貴方に心を込めて」と英語の筆記体で書かれていた言葉だ。
もう、ここまで来ると感動で言葉も出やしない。
バレンタインに好きなヤツからもらう本命チョコがここまで心揺さぶられる程嬉しいもんだとは思いもしなかった。
『新一?何してるの?』
「いや、食うのもったいねーからとりあえず写メで保存しとこうかと思って」
温かいうちに食べたほうが美味しいよ?というなまえの言葉はちゃんと聞こえてっし、一番美味い状態で食いてぇに決まってんだけど、何らかの形で残しておきたかった。
ナイフを入れて中のチョコがとろりと出て来たところまできっちり写メに残すと心おきなくなまえの愛情いっぱいの本命チョコを味わった。
「今日はゆっくりしていけるんだろ?」
『うん。お菓子作りは楽しいんだけどさすがに疲れちゃった』
そりゃあ、あれだけの材料を買い込んでおいて、全て使い尽くしたなら疲れてない方がおかしいだろ。
他のヤローになまえの手作りをやるのは今だって癪だし、もったいねーとは思ってるけど、買い出しに行った時ほど心は荒れてねーし、むしろ穏やかなくらいだ。
なまえの一番は俺であり、なまえが俺を他のヤツらとは比べ物にならねーほど特別に想ってくれてるんだと行動で示してくれた。
それだけで俺の心は満たされていた。
その夜は、二人きりでゆっくり過ごすのが数日ぶりだってこともあり、いつもより遅い時間まで俺の部屋で甘い時間を過ごしていた。
ぶっちゃけ、俺がなまえを離したくなかったからずっと抱きしめてたせいなんだけど、いつも俺にされるがままななまえが、珍しく自分から甘えてきたのもあってたまにはなまえから俺を求めて欲しいと常々思っていた俺は、なまえの気が済むまで甘やかしてやった。
なぁ、なまえ。
やっぱバレンタインは女だけじゃなくて男にとっても特別な日なんだって。
少なくとも今日一日、学校ではイライラしっぱなしだった俺が、なまえの本命を受け取ってオメーのことが愛しいって再確認、違うな。今まで以上になまえに溺れちまうくれーには特別な日なんだよ。
なまえが俺に示してくれた愛情を少しでも返すように、その日はいつも以上になまえの頬にキスを繰り返して、なまえをマンションまで送った帰りは俺にしては珍しく照れもなく自然と唇にキスをしてから帰った。
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