「ねぇ、なまえちゃん。サッカー部の皆には何あげるの?」

『トリュフの詰め合せだよ。それなら、部活帰りにつまみ食いも出来るでしょう?それに、飽きないように食感の違うロシェとかも入れてみたの』

「新一くんばっかズルいわよ!クラス用のケーキとクッキーの詰め合わせだって食べてるのに、あいつ部活のまで食べる気なんでしょ!?」

『仕方ないじゃない。新一にあげないと他の人たちにもあげられないんだから。それに園子たちにあげた友チョコとかまで欲しがってるわけじゃないんだからいいでしょ?』

「それでもズルいよ!新一にはちゃんと本命チョコがあるんでしょ!?」

『うん。今日の夕食をいつもよりちょっと豪華にして、デザートに出来たてのフォンダンショコラをあげる予定なの』

「「そんなの独り占めするなんて許せない!!!」」


放課後、3年生の先輩たちが来たらメールするって新一に言われたから、それまで園子たちとのんびりお喋りしながら待ってることにした。
本命は今日の夕食のコース料理だから、新一がビックリするくらいなの作ろうって思いながら話していると蘭と園子が「ズルい」を飛び越えて「許せない」とまで言い出した。


『本命に力を入れるのは当たり前でしょ?』

「工藤くんいいなぁ。あたしが貰った友チョコも家族用のお菓子も美味しそうだったし、工藤くんはこれを食べれないの分かってるけど、それでもやっぱりズルいよ」

『明日香まで?』

「だってホントに工藤くんが羨ましいんだもん。あたしだってなまえちゃんのコース料理食べてみたいよ」


あたしが本命に何を作るか聞いた途端、明日香まで拗ねてしまった。
困ったなぁ。いくら明日香が相手とはいえ、さすがに本命と同じことは出来ないし…


「それに工藤くんは普段だって毎日なまえちゃんの手作りのお弁当と夕食食べてるんだよね?それなのにバレンタインまで本命以外のチョコ何個も貰うとか羨まし過ぎるよ」

『んー…』


明日香が本格的にいじけて来たから本気でどうやって機嫌を直そうか困っていると、園子がナイスアイデアを出してくれた。


「ねぇ、サッカー部への差し入れって人数分ぴったりしか持ってきてないの?」

『え?』

「だから!新一くんばっかにいい思いさせてるのは癪だから、あたしたちもなまえのトリュフが食べたいって言ってるのよ!!」


イライラしながらもいつになく真剣な面差しで園子がそう言うと、明日香も蘭も深く頷いていた。
そのくらいなら余裕があるから、今日のところはそれで勘弁してもらおう。


『そんなに多くは余分持ってきてないけど、三人にあげるくらいなら大丈夫だよ』


あたしが笑ってそう答えると三人も嬉しそうに笑ってくれた。
良かった。どうやら少しは機嫌が直ったようだ。


『はい。でも、これは新一には内緒ね?女の子相手なら目を瞑るとは言ってくれたけど、実は園子たち三人の方が一番いろんな種類もらってる、なんて知ったら、新一きっと盛大に拗ねちゃうだろうからさ』

「ったく、新一くんはなまえが腕によりをかけた本命が貰えるんだから、あたしたちにまで妬く必要ないでしょうに。ホンットに器が小さい男ね」

「それは今更じゃない?新一、今まで一度だってなまえお手製のお弁当、一口だって分けたことないんだから」

「きっと、工藤くんはなまえちゃんの全部を独り占めにしなきゃ気が済まないんだよ。ワガママだよねー」


いや、明日香。あたしがトリュフあげるまで新一が羨ましいって拗ねてたのは誰よ?
さすがにやっと流れた話を混ぜ返してまた三人が不機嫌になるようなことは言わないけどさ。
皆も新一も似たり寄ったりだと思うわよ?

心の中でそう呟いていると、タイミングよく新一から「先輩たちも来たから降りてこいよ」ってメールが届いた。


『新一からメール来たからあたし行くね』

「本命食べさせろとまでは言わないけどさ、ちゃんと本命の料理とケーキも写メして送ってよね!」

『はぁい』


園子の言葉に生返事をしながら、サッカー部の皆へと渡すチョコの入った紙袋を持って教室を出た。
でも、園子のことだからうっかり写メ撮り忘れちゃたりしたら後が大変そうだし、写メぐらいで諦めてくれるならそのくらいはしなくっちゃね。


「お、来た来た。なまえちゃん、久しぶり!」

『先輩方、お久しぶりです!今日はお忙しい中、わざわざ御足労を煩わせてしまってホントにすみません!』

「何言ってんだよ。俺らなまえちゃんからチョコが貰えるって聞いて放課後が待ちきれなかったくらいなんだぜ?なぁ?」

「ホントホント!引退してからなまえちゃんの手作り食べれなくなっちまったからさ。恋しくて仕方なかったところにこの朗報!来ねぇ馬鹿はいねーって!」


サッカー部の皆が集まってる場所へと行けば、なんと3年生の先輩方が全員来てくれていて思わずペコリと深々と頭を下げたら、頭をくしゃくしゃと撫でてくれてあたしのワガママを笑い飛ばしてくれた。
なんかこのやり取りも久しぶりだなって懐かしくなって笑っていたら、新一の怒鳴り声がグラウンドに響き渡った。


「先輩!気安くなまえに触ってんじゃねぇよ!なまえのチョコやるのは仕方なく許せてもそこまで許せっかよ!今すぐなまえから手ぇ離しやがれ!」

「工藤、お前それが先輩に対する態度かよ?いいじゃねーか、これぐらい。部活に顔出してた頃はよくしてただろ?」

「あんたらはもう引退したんだから、その権利も無効になったに決まってんだろーがっ!!」


先輩たちは新一の態度に呆れて言葉も出ないようだったけど、どうも今日はイライラしやすいらしい新一を黙らせる為にも、先輩たちにこの場に集まっていただいた本来の目的であるチョコを一番に新一に渡した。
その効果たるや絶大なもので、まだ先輩方に何か怒鳴ろうとしていた新一がピタリと止まり笑い流してくれた程だ。

良かった。あたしのワガママのせいで先輩方に集まっていただいたのに、空気が気まずくなるところだった。
と、安心したのも束の間だった。


「おい、工藤!テメーはクラスでもチョコ貰ってただろーがっ!!なまえちゃんの本命まで貰うつもりな癖してまだ貰おうってのかよ!?」

「そういうお前らだってクラスでなまえちゃんからチョコ貰ったんだろ?なら部活でのチョコは俺らに譲れよな!」

「誰が譲るか!あのチョコはなまえちゃんと同じクラスになったヤツだけの特権だっつーの!しかも、こっちで貰うチョコは種類が違うなんて聞いたら誰だって両方欲しいに決まってんだろ!?」


なんか朝も似たような騒動があったな、と、がやがやと騒ぎ始めた1年生はもう放っておくとして、この為だけにわざわざ足を運んで下さった3年生の先輩たちからお礼を言いながら一人一人チョコを手渡ししていた。
だって、あれだけ白熱した言い争い(今は新一まで混ざってすっごい勢いで加速暴走中)終わるの待ってたらいつになるかわかんないし、先輩たちをいつまでも待たせるのも申し訳ないから、もう端からスルーすることにした。


「あたしたちの分まで、わざわざありがとね」

『いえ、先輩たちにはいつもお世話になっていますから、そのお礼です』


今は先輩たちにチョコを配り終わって(皆さん凄く嬉しそうに受け取ってくれた上に、丁寧なお礼の言葉まで口々に言って貰えた!)、マネージャーの方々(引退した3年生の先輩を含む)と女同士で楽しくお喋りをしていた。
ちなみに、1年生の大騒ぎは未だに終わる気配がない。


「ねぇ、工藤くんにはもう本命チョコあげたの?」

『いえ。夕飯の後のデザートに出来立てを出そうと思ってるんです。フォンダンショコラを作ろうかなって。それで夕食もいつもより少し豪勢にしようと思ってまして』

「すごい気合の入れようね。これだって十分美味しそうなのに、そんな本命が貰えるなんて工藤くんが羨ましいわ」

『それ、さっき友達にも散々言われましたよ。新一だけズルいだの、羨ましいだの、許せないだの、いろいろと』


つい先程まで交わしていた明日香たちとの会話を思い出してつい苦笑いが漏れた。
まさかここでも言われるとは思ってなかったから余計に。


「工藤くん、ホントになまえちゃんに愛されてるのね」

『え?』


先輩が急に優しい表情でそんなことを言ったから驚いた。


「工藤くんのお弁当や夕食も毎日作ってるんでしょう?いくら彼氏の為でもそこまではさすがにあたしには出来そうにないなぁ」

「私も。工藤くんの家の家事までなまえちゃんが全部引き受けてるって聞いてるわよ?そんなの私には逆立ちしたって真似できないわ」

『あたしは新一が笑ってくれるなら出来ることなら何でもしたいっていうだけですよ?ただの自己満足です。今日も新一に喜んでもらえたら嬉しいなってそれだけで…』


別にあたしは特別なことをしてるつもりはない。
たまたま、家事が嫌いなわけでもなく、たまたま料理やお菓子を作るのが好きだったっていうだけだし。


「でも、それだけ夕食豪華にする予定なら、その準備にも時間かかるでしょう?今日は早く帰りたいんじゃないの?いつも工藤くんが帰ってくる時間に合わせて夕食を作ってるって聞いてるけど…」

『はい。下準備はある程度してるんですけど、チョコを配ったらすぐ帰る予定だったんです。けど、まだ1年生の皆にチョコが渡せてなくて』


新一の料理作る前に、マスターのところにも寄りたいと思ってたのに時間がなくなっちゃうと困っていると、マネージャーの先輩たちが「あたしたちに任せといて!」って最早揉みくちゃになりながら乱闘している1年生の集団にずかずかと歩み寄って、ある程度傍まで近づくと仁王立ちになって腰に手を当てると大きく息を吸って特大の雷を落としてくれた。


「あんた達!いい加減にしなさい!!いつまで騒いでるつもりなの!?なまえちゃんが帰れなくて困ってるでしょうが!!!」

「これ以上騒ぐんだったら、あんた達のチョコは没収して2、3年で配るわよ!?」

「「「スミマセンデシタ!!!」」」


さすが先輩たち。あれだけの時間大騒ぎしてたあの乱闘を一喝で沈めちゃったよ。
あたしが先輩たちに心から感心していると、まだ部活もしてないのに砂だらけになっている1年生たちがチョコを受け取りに来てくれた。

皆、バツが悪そうに「ごめん」って謝ってくれた後に嬉しそうに「ありがとう」って受け取ってくれたからあたし的には満足だ。

全員にチョコを配り終わると、部活頑張ってね!と言い残してあたしは学校を後にした。




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