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バレンタインが近づいてきた休日。
今日は午前中しか部活がなかった新一と一緒にお昼を食べて、大量に作るお菓子の材料やら包装材等を買い込む為に、一度で全て揃えられるお菓子作りの専門店へと向かおうと出かける準備をしていたら、新一に声を掛けられた。


「なまえ?どっか行くのか?」

『うん。バレンタインで使うもの買いにお菓子作りの材料が揃ってる専門店まで行こうと思ってるの。買い物が終わったら一回マンションに荷物置きに帰るけど、夕飯までには戻ってくるから、』
「俺も一緒に行く」

『え?』


せっかくの休みなんだから新一はゆっくりしてて、と繋げようとした言葉は新一からの意外な台詞で遮られた。
あれ?お気に入りの作家さんの新刊が出たから読むの楽しみにしてるんだってさっき言ってなかったっけ?


「どうせなまえのことだから、蘭たちにも友チョコやるんだろ?荷物持ちしてやっからさ、俺もついて行っていいか?」

『それは構わないけど…新一、本読むんじゃなかったの?』

「本なら夜でも読めんだろ?せっかく部活もねぇんだし、理由は何であれなまえと一緒にいてーんだけど…ダメか?」


今まで近所のスーパーですら買い出しに付き合ってくれたことのない新一が一体どういう風の吹き回しかと思ったけど、今回はあたし一人じゃ持ちきれる自信がない程度には買うものが多いから、せっかくだし新一の申し出に甘えることにした。


『じゃあ、お言葉に甘えて荷物持ちお願いしようかな』

「おう!」


あたしが笑って承諾すると、新一は嬉しそうに微笑んだ。
宅配を頼む程でもないし、一度で持ちきれないようなら往復する予定だったんだけど、新一が重たい荷物を持ってくれるだけでもかなり助かる。

新一は初めて足を踏み入れたらしい専門店が物珍しいのか、お店に入るなりキョロキョロと辺りを見渡していたんだけれど、あたしにとっては何度も通っているお店だから勝手知ったるなんとやらで、そんな新一の腕を引いて必要なものが置いてある場所まで誘導していた。
こんなに種類があるのかと感心したように所狭しと商品が並んでいる棚を見渡していた新一も、あたしが何種類ものチョコやらバターやら業務用の大きなそれを新一が持ってくれていた籠へと迷いなく次々に入れていくに従って顔が引きつってきていた。


「オメー、どんだけ菓子作るつもりなんだよ?これ、バレンタイン用の買い物じゃなかったのか?」

『バレンタイン用だからだよ。勿論、本命は新一だけど、明日香たちだけじゃなくてクラスの皆やサッカー部にも配ろうかと思ってるの』

「は?俺以外のヤローにまでやるつもりなのかよ!?」

『え?うん。日頃お世話になってるからそのお礼に』


いきなり声を張り上げた新一にきょとんとしながら答えると盛大にため息を吐かれた。え?なんで?


「そうだよな。オメーってそういうヤツだったよな」

『うん?』


諦めたようにそう呟く新一に何のことだろうと首を傾げていると、不思議なことを言われた。


「他のヤローにも配んなら、それ俺にも寄越せよ?」

『え?新一の分は夕飯の時に出来立てをデザートに出す予定だったんだけど…』

「相手が女ならまだ目瞑るけど、俺にくれるつもりがねーなら、他のヤロー共には一切渡すな」

『明日香や蘭たちの家族用にも作るつもりなんだけど…それも含まれるの?』


何故かすごく不機嫌そうな態度の新一に、他の男の人には一切渡すなとまで断言されてしまったから不安になって聞いてみた。
それも新一用に作らなきゃいけないとなると、明日香たちのご両親にあげる分を作るのは諦めないといけないかもしれない。
だって、先生たちがいない今、家族用に作るサイズをあたしと新一の二人だけで食べ切るのは現実問題無理があるし。


「そこまでは文句言わねぇよ。ただ、逆に言えば許すのもそこまでだ。友達の家族までなら許可すっけど、クラスやサッカー部のヤロー共にも渡すつもりなら必ず俺にも同じもん寄越せ。それが嫌ならその分の材料は今すぐ返してこい」


友達の家族に渡すのは許してくれるってことは服部くんの分も家族単位でホール丸ごとあげるんだから許可してもらったことにしようと勝手に解釈しながら、未だに眉間に皺を寄せてイライラしている新一に更に尋ねてみた。


『新一が食べてくれるなら喜んであげるけど…新一、そんなに甘いもの食べないでしょ?ただでさえバレンタインとか新一いっぱいチョコ貰いそうなのに、』
「俺はなまえ以外の女からチョコ貰うつもりはねぇよ」

『え?』


あたしの言葉を遮った新一はあたしの瞳を真っ直ぐに見つめて真剣な表情で同じ言葉を重ねた。


「俺はなまえからの本命チョコ以外はいらねぇし、興味もねぇよ。ただ、俺が食ってねーもんを他のヤローにくれてやるのは癪だから、それもくれんならオメーが他のヤローにお礼チョコ配んのも特別に許してやるって言ってんだよ」


その言葉にサッカー部へこっそり差し入れしてたのがバレた時の有希子さんの言葉を思い出していた。

「サッカー部に差し入れしてたってことは新ちゃんもそのお菓子食べてるってことでしょ!?新ちゃんが食べてるのに、あたしが食べてないとか悔しいからあたしにも作って!」

と先生とグルになって有希子さんが散々催促してきたことあったけど、なんでこういうとこだけは先生や有希子さんの血を濃く引いてるかなぁと思いつつも、気になることがあったから先にそっちを聞くことにした。


『ねぇ、それじゃあ、他の女の子からのチョコはどうするつもりなの?』


ファンクラブまで結成されている新一が誰からもチョコをもらわない、なんてことは有り得ない。
それこそ漫画よろしく紙袋いっぱいに…下手すれば段ボール箱でも入りきらない程のチョコを貰うかもしれないのに。


「だから、なまえのチョコ以外は受け取らねぇって言ってんだろ?まぁ、ガキの頃から毎年貰ってる蘭からの義理チョコくれーなら受け取っても構わねぇけど。あ、もしかしたら今年はオメー繋がりで河野もチョコくれっかもしれねーな」


河野からのチョコを拒否ったりしようもんなら、後が怖い。
下手すりゃ河野を泣かせた時並になまえを怒らせすぎて本命チョコがもらえねぇ可能性だってあるしな。
それだけはぜってーに避けねぇとなって半分面白がって考えていると、急に静かになったなまえに不思議に思って視線を戻した。
なまえが顔を俯けているから表情まではわからねぇけど、どこか雰囲気がおかしかったから、どうかしたのか?って声を掛けようとした時になまえが小さな声で呟いた。


『そんなの、ダメだよ…』

「え?」

『バレンタインは女の子にとって特別な日なの!普段は見てるしか出来ない憧れてる人にチョコを渡すのだってすごい勇気がいるんだから!受け取らないなんてダメに決まってるじゃない!』


必死に俺に訴えてくるなまえはどこか切なげだったけど、自分の彼氏が他の女からチョコ貰ってるの見て喜ぶ彼女なんかいねーだろうし、例えば俺が他の女たちから無条件にチョコを受け取って、すげーだろ?今年もこんなに貰ったんだぜ?なんて喜んでいたとしたら、その状況を何も思わず見てるようななまえじゃないのを知っているから思ってることをそのまま口にした。


「んだよ?なまえは俺が他の女からチョコ貰ってても平気なのかよ?」

『そりゃあ、新一がそれを手放しで喜んでたら嫌だけど…』

「だろ?だから、俺は」
『でも、新一にファンの子がいるのも、新一がモテてるのも知ってるから、せっかく勇気を出してチョコを渡そうとしてる女の子を無下にして欲しくない』

「…」

『別にチョコくれる女の子に特別愛想よくして欲しいとか、貰ったチョコ全部食べてとか、ホワイトデーにはちゃんとお返ししろとか、そんなことは思ってないし、そんなことされたら逆に嫌だけど…』

「けど?」

『チョコを受け取るくらいはしてあげて欲しいの。女の子にとってバレンタインはホントに特別なんだから!』


そう言ってるなまえ自身が複雑そうな顔してる癖によく言うぜ。
実際に俺が他の女からチョコ貰ったりしたら嫌な癖に。
去年までの俺だったら、顔も名前も知らねー女からのチョコでも数さえ貰えれば嬉しかったし、ダチに今年はどんだけチョコ貰ったか自慢してたりもしてたけど、今年からは違ぇんだよ。


「オメーの頼みでもそれだけは聞けねーな」

『…』

「バレンタインは男にとっても特別なんだよ。特定の相手がいねーんだったら無差別でチョコ貰って数で勝負するような馬鹿な男でもな、貰いたい相手がいりゃあ、話は変わってくんだよ。その他大勢のチョコなんかどうでもいい。そんなもんより、そのたった一つがどうしても欲しくなんだ。俺の場合はなまえの本命チョコだな」

『新一…』

「俺にとってはオメーだけが特別なんだって他のヤツに知らしめる為にも、俺は他の女からのチョコなんて貰わねぇよ」


なまえの頭を優しく撫でながら笑ってそう言ってやると、複雑そうに泣きそうな顔をしてたなまえも嬉しそうに笑ってくれた。
ったく。あんな顔するくれーなら、初めから素直になってりゃいいのに。
でも、自分がどんな想いをしようが相手のことを先に考えちまうのがなまえだから、また馬鹿なこと言い出した時には、その都度言い返して思い知らせてやろうと思う。
俺にとって特別なのはオメーだけなんだってことを。


『あ!でも、明日香や蘭たちからのチョコまで受け取らなかったら本命チョコもあげないんだからね!?』

「わーってるよ。河野たちからのチョコだけはちゃんと受け取るって」


やっといつもの調子に戻ったなまえは、楽しそうに買い物を続けて、帰る頃には俺の両手は菓子の材料が詰まった重てー荷物で塞がっていた。

ったく、ホントにオメーはどんだけの量作って配るつもりなんだよ!?

そうは思っていても、包装用の軽い荷物を持って歌まで口遊んでいるご機嫌ななまえに俺が何も言える筈もなく、溜まった疲れを吐き出すように重たいため息を漏らすだけで終わらせた。


(あー、頼むからバレンタインでなまえのファンがこれ以上増えるのだけは勘弁してくれ)


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