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『先生に送っていただくのも、今日が最後ですね』


いつものように学校帰りに先生の仕事部屋に行って、有希子さんとご飯を作って、みんなで談笑した帰り道。
明日、先生の家にお泊まりしたら、次の日には先生たちはアメリカへと発つ。


『初めて先生に送っていただいた日から、あたしにはいろんな思い出が出来ました』


今日は先生にワガママを言って、手を繋がせてもらった。
あたしの大好きな先生の手の温もりをしっかりと覚えていたかったのだ。


『もう先生と一緒に帰れないと思うと、やっぱりちょっと寂しいですね』

「そこはちょっとと言わず、かなり寂しがってくれた方が私としては嬉しいがね」

『言葉に出すとホントに寂しくなるので言わないだけですよ』

「なまえ君のキモチは知ってるさ。これからは私の代わりに息子が送ってくれるよ。まぁ、私の代わりがあいつなのかと思うと不満も不安もあるがね」

『先生の代わりなんて誰にも出来ませんよ。新一は新一です。明日までの先生たちとの時間の次に、あたしと一緒に居てくれて、一緒に時間を刻んでくれる人です』


最近ずっと先生たちと居るから、新一は学校で何かと話かけてくれるようになった。
それでもお昼は明日香たちと4人で食べてるから、新一としては不満らしい。
あの日、充電したのが切れてないかだけが心配だ。


『新一は先生と違ってすぐに表情にも態度にも出ますから、可愛くて仕方ないです』

「私としてもあいつで遊べなくなるのは残念だが…なまえ君のパートナーとしては、もう少し落ち着いてもらいたいがね。ホームズを尊敬して目指していると言うが、あいつは冷静沈着とはほど遠い」

『それは有希子さんの血じゃないですか?だから、きっと有希子さんみたいに全力であたしのことを想ってくれます。あたしの分まで泣いたり笑ったりしてくれますよ』

「そこは私に似てなまえ君を受け止めるだけの器があって欲しかったな。そうすれば、なまえ君の新しい泣き場所が出来るじゃないか。なまえ君がいつでも泣けるようになれば、なまえ君も素直に感情が出せるようになるだろうに」

『まだ13歳の新一に、先生と同じモノを求めるのは酷ですよ。これからいろんなことを経験して体験して、それを吸収して成長していく年齢なんですから』


あたしは、あの自分に素直な新一が好きなんですからいいんですよ。そう言葉を繋げた。
あたしにないモノをいっぱい持ってるからこそ惹かれたんだと思うしね。


「最初から思っていたんだが…なまえ君は新一より随分と大人びた考え方をしているね。新一を子ども扱いしているだろう?これも、男の子と女の子の成長の違いなのかな」


そりゃ、子ども扱いしますよ。
だって、あたしの元の年齢から比べたらホントに子どもなんですから。
なんて、いくら先生にでも、ホントのことなんて言えるわけがないんだけど。


「なまえ君、あの通帳のことなんだがね」

『はい?』

「あれは旅費も含めた金額なんだよ」

『旅費、ですか?』

「なまえ君が私たちに会いたくなったらいつでも私たちのところへ来れるようにね」

『え?』

「基本的にはアメリカに居るつもりだが、世界の何処にいてもなまえ君が来れるようにしてあるんだよ。だから、私たちに会いたくなったら、いつでも遊びに来るといい」

『…先生、そんなに娘を甘やかして、あたしが直ぐに先生たちに会いに行っちゃったらどうするんですか?』

「その時は一緒に世界中にバカンスにでも行こうじゃないか。なまえ君の見たことのない世界を見せてあげよう」


先生はあたしの大好きな笑顔であたしを見てくれてる。
きっと、先生のことだから、これもその場しのぎの言葉じゃなくて、ホントに世界中に連れて行ってくれるんだろうな。

先生に送ってもらった、一人きりのマンションで、あたしは先生と有希子さんに宛てた手紙をそれぞれ書いていた。

きっと、お見送りに行ったら、そんなにたくさんの言葉をかけるなんて出来ないから。
そんなことをしたら、絶対に泣いちゃうだろうから。
笑顔でお見送り出来るように、今までの感謝のキモチと、二人が大好きだってキモチを溢れる涙で歪む視界の中、必死に綴っていた。
少しでも二人にあたしのキモチが届いたらいいって思いながら。



翌日、学校帰りに制服から着替えに一度家に戻って、手紙を忘れずに鞄に入れてから、今日で先生たちと過ごせる最後の時間になる工藤家へと向かった。


『先生、少しだけお話してていいですか?あたしが勝手に喋ってるだけで構わないので』

「なんだい?」

『あたしは先生と出会ってたくさんのモノをいただきました。目に見えない大切なモノをたくさん』


初めてだったんです。
先生みたいに手を差し伸べてもらったのは。
初めてだったんです。
泣けなくなったあたしに泣き場所をくれた人は。
初めてだったんです。
一緒に居て、こんなに素直に自分のキモチを吐き出せたのも、素の自分で過ごせたのも。
全部、先生が初めてだったんです。

先生はたくさんの初めてをあたしに下さいました。
先生はいつもどんな時でも、あたしを気遣って下さって、手を差し伸べて下さいました。
いつもあたしを暖かい安心感で包み込んで下さいました。

こんな風に自分の存在を認めて下さるような愛情をもらったことがなかったので、正直、最初は不安でした。
差し伸べていただいた先生の手を取ることが怖かったんです。
先生に気を許せば、先生があたしの傍からいなくなった途端に自分を保てなくなるんじゃないかって。

でも、先生はあたしに言って下さいました。
自分を居場所にしてくれたらいいと。
あたしを置いて行くことはないと。
いつでも傍に居て下さると言って下さいました。

あたしはあの言葉に救われました。
そんな風に言葉をかけてもらえる日が来るなんて、今まで思ったこともなかったんです。
あの時、あたしは本当に嬉しかったんです。

だから、アメリカ行きのお話を自分でお断りした時には、罪悪感でいっぱいでした。
いつも先生はあたしに手を差し伸べて下さったのに、自分から先生の手を離してしまったんですから。
もう先生に見捨てられても仕方ないとさえ思ってました。
それだけのことをあたしがしたんですから。


『でも、それでも先生はあたしにこんな素敵なプレゼントまで下さいました。何より、あたしを先生の娘だと言って下さいました。あたしにとって、先生はホントに自慢のお父さんです。今までたくさんの愛情をあたしなんかに下さってホントにありがとうございました』


部屋の入り口に立ったまま、今までのことを一つ一つ思い出しながら、一言一言、大事に口にした。
ほんの少しでいい。
先生への感謝のキモチが伝わって欲しかった。
途中から涙が滲んで来たけど、なんとか泣かずに最後まで言えた。


「なまえ君、頭を上げてくれないかい?」


ありがとうございましたと、深々と頭を下げたあたしのすぐ近くで先生の声がした。
頭を上げると先生は直ぐにあたしを優しく抱き締めてくれた。


「なんか、なんて自分を卑下する必要はないよ。なまえ君は私の自慢の娘なんだ。日本に残ることを選んだからって罪悪感を感じる必要もない。初めに言っただろう?私たちは君が後悔しない道を選んでくれればそれでいいんだと。なまえ君が日本で笑って過ごせるんならそれでいいんだ」

『…っく…』

「それに過去形にしないでもらいたいな。私はこれからもなまえ君の父親として変わらぬ愛情を注ぐつもりなんだから」

『せん、せっ…』


この挨拶だけは泣かずにしようと思っていたのに、先生の暖かい腕の中じゃ、やっぱり涙が溢れて来てしまった。
ホントにあたしは先生のことが大好きなんです。
それを言うのが精一杯だったけど、先生は当たり前のように「私もなまえ君のことを愛しているよ」と答えてくれた。

今日は有希子さんにもきちんと挨拶をしようと思っていたのに、あたしは先生に抱き締めてもらったまま泣き続けていた。
先生が優しく頭を撫でてくれるのが嬉しくて涙が止まらなかった。
今日で最後なんだと思うと離れたくなかったんだ。



(愛してもらえることが泣きたい程嬉しくて幸せなことなんだと、あたしに教えてくれたのは先生なんです)



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