翌日から、あたしはホントに先生にべったりになってしまった。
ご飯を作る時は有希子さんと一緒に作ってるし、後片付けも有希子さんと一緒にしてるけど、それ以外の時間は先生の仕事場に何をするわけでもなく居座っている。
ちなみに、帰りにあたしを送ってくれるのも新一じゃなく先生で、つまりは新一と二人きり、なんて時間を全く作っていない。
付き合い出してそんなに経ってもいないのに、それでいいのか?とは思うけど、今は新一より先生たちが優先なんだから仕方ない。
カウントダウンはもう片手で足りる数まで減ってしまっているんだから。
「なまえ君、今日は君に渡したい物があるんだが…」
『渡したいモノ、ですか?何でしょう?』
今日も学校が終わるとまっすぐに工藤邸へと帰って、先生の仕事部屋にお邪魔させてもらったんだけど、今日はあたしが入ると先生がお仕事を辞めてしまった。
「これをなまえ君に渡しておこうと思ってね」
『通帳、ですか?』
先生に手渡されたのはあたし名義の通帳だった。
何で名義人があたしなんだろう?
「なまえ君が前に言っていただろう?私たちがアメリカへ行ってからは、自分が新一の食事の準備やこの家の家事をする、とね」
『確かに言いましたし、実際するつもりですけど…それとこれに何の関係があるんですか?』
新一にはサッカーに専念して欲しいから、家事はあたしが全部引き受ける約束をしている。
初めは朝ご飯も作りに通うって言ったんだけど、平日の朝ご飯だけは自分でやるって新一が言うから、平日はお弁当と夕食をあたしが作るって話に落ち着いた。
週末は今まで通りお泊まりして、新一が部活してる間にこの広いお屋敷の掃除を普段出来ないとこまでやろうとしてるんだけど…それと通帳に何の関係があるんだろう?
「食費や必要な物がある時はそこから引き出して使ってくれないかい?なまえ君の貴重な時間をうちの愚息の為にわざわざ使ってくれるというんだ。親としてそのくらいはさせて欲しくてね」
『あー…これ生活費の為の通帳だったんですか?』
「息子に渡して、それをなまえ君が受け取るんじゃ二度手間だろう?」
『そうですね。それでは有りがたく使わせていただき…って、先生!何でこんなに大きな額が入ってるんですか!?』
入金されてる額は、明らかに生活費という名目で入ってる額じゃなかった。
二人分の生活費って言ったってたかが知れてる。
一体どういう計算をしたらこの額になったんですか!?
「足りなくなるよりは多い方がいいだろう?」
『それにしたって多すぎますよ!一体何年分の計算をしたらこんな額になるんですか!?』
「いや、ある程度は毎月振り込むつもりでいるんだが…」
『はい!?』
今、何ておっしゃいました?
毎月振り込む?
元々こんなに入ってるのに?
何を考えてるんですか!!?
「私たちが向こうに行ってしまうと、今までの様になまえ君と一緒に買い物へ行くことも出来ないからね。年頃の女の子なんだ。サイズも変わるだろうし、私たちが向こうで買って送るというわけにもいかないだろう?だから、それでなまえ君の好きな物を買うといい」
『な…な…』
あたし、もしかして今までこんな額を先生たちに払わせてたんですか?
そう思うと一気に顔から血の気が引いた。
「なまえちゃん、いつも行ってる下着屋さんには、あたしたちの口座から支払い出来るように話つけてあるから、サイズが合わなくなったらいつでも行くといいわ」
『うわっ!有希子さん!?いつの間にこの部屋に入って来られたんですか?!』
急に耳元で内緒話をされてビックリして振り向いたら、有希子さんがウインクをしてた。
急に出て来るの辞めて下さいっ!
心臓に悪いのでっ!!
「優ちゃん、あれはもうなまえちゃんに渡したの?」
「いや?これから渡そうと思っていたところだよ」
『…まだ何かあるんですか?』
この通帳、何とかして返せないかと思ってたのに、今度は一体何ですか?
これ以上心臓に悪いものは遠慮したいんですけど…
「なまえ君。これを受け取ってくれないかい?」
『え?』
「こっちはあたしからね」
『え?えっ?』
先生が机の引き出しから出したものはラッピングされた小箱だった。
有希子さんから渡されたのも同じくらいのサイズだ。
『開けてみてもいいですか?』
「もちろんだとも」
通帳を返すタイミングを完全に無くしてしまったあたしは、絶対節約して生活費のみで使おうと心に決めてから通帳をしまうと、まずは先生からいただいたプレゼントを開けた。
『これ…ブレス、レット…ですよね?』
「そうだよ。プレートの内側を見てごらん?」
言われた通りにプレートの内側を見て見ると、刻印がしてあった。
“最愛の娘、なまえへ”
英語の筆記体で、だいぶデザインが崩してあるけど、確かにそう書いてある。
幻なんじゃないかって、何度確認してみても、手で触ってみても消えない。
キレイに輝くシルバーのブレスレットにぽたりと滴が零れ落ちた。
「なまえちゃん、あたしのも開けてみて?」
『は、はい…』
声が震えてる。
そこで初めて、自分が泣いてるんだって気が付いた。
嬉しさで胸が震えてる。
先生から、こんなプレゼントが貰えるだなんて、思ってもいなかったから。
『あ…』
「優ちゃんとはお店も別の場所で買ったんだけどね、それなら二つ一緒に付けても可愛いでしょう?」
有希子さんからのプレゼントもブレスレットだった。
こうして並べて見ると、二つで一つみたいなデザインだ。
先生のがシンプルで、有希子さんのが可愛いらしいデザイン。
二つ一緒につけたら、あたしに似合うようになってる。
さすが夫婦だ。
別々の場所で買って、こんなにも合うデザインを選べるなんて。
『これ、何て書いてあるんですか?』
あたしには読めない字体で、何かが書いてある。
たぶん、聞いたらあたしの涙腺が崩壊する気がした。
もちろん、嬉しさに感動して。
「それはね、フランス語でこう書いてあるの」
“離れていても消えない絆。貴女の幸せをいつも祈っています”
もう、何をどうしようとこの涙を止めることは出来ないだろうと思った。
二人のキモチが嬉し過ぎて、残る言葉として刻んでくれたのが嬉し過ぎて、あたしはこのブレスレットを外すことはないだろうって思ってた。
『ありがっござっますっ!』
涙が邪魔で言葉が上手く出て来てくれない。
こんなにも感謝のキモチを伝えたいと思ったことはないというのに。
でも、涙でぐしゃぐしゃでも、きっとあたしは今笑えてるはずだ。
「新一がネックレスなら私たちはブレスレットかと思ったんだが…まさかこんなに喜んで貰えるとは思わなかったよ。私たちの方が嬉しくなる。なぁ、有希子?」
「ホントよね!なまえちゃん、これに書いてることはあたしのホントのキモチよ。もし、寂しくなったら、これを見てあたしたちを思い出してね。あたしたちはいつでもなまえちゃんの傍にいるんだって」
『はいっ!』
涙を拭うので忙しかったあたしの代わりに、先生と有希子さんがそれぞれ自分がプレゼントしたブレスレットをあたしにつけてくれて、あたしを抱き締めてキスまでしてくれた。
ニ連のブレスレットがついた左手から、身体中に幸せが広がっていってる気がする。
この嬉しさを感謝のキモチを、二人にどう表現していいか分からなかったあたしは、二人を力いっぱい抱き締めて、キスを返すことしか思い付かなかった。
先生と有希子さんがいつも傍に居て、あたしのことを想っていて下さるなんて、これ以上ないくらい幸せで心強いです。
左手に感じる重みが、あたしにそれをいつも教えてくれるので、きっと寂しくなんてなりませんよ。
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