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「みんな、いらっしゃい。せっかく女のコ同士で楽しくお喋りしてたのに、ワガママ言っちゃってごめんなさいね」


結局、何で呼ばれたのか分からないままに工藤邸に着いたあたしたちは、有希子さんに出迎えられて、先生の待っていたリビングへと通された。
有希子さんはあたしが手作う間もなく、すぐに紅茶とケーキを出してくれた、けど…


『先生、みんなにお話があるってことでしたけど、何なんですか?』

「私たちがアメリカに行ってからのことなんだが…」


先生の第一声に身体が凍ったかと思った。
アメリカ行きの話を聞いた時と一緒だ。
身体が強張って、うまく動かない。

あの時と違うのは、隣に座ってた園子がそんなあたしを心配そうに見て、血の気が引いて冷たくなってしまったあたしの手を握ってくれたこと。


「なまえ君にはもう伝えてあるんだが、うちの愚息が何かやらかしたり、なまえ君に何かあった時には連絡して欲しくてね。君たちにも私たちの連絡先を教えておいた方がいいと思ったんだよ。なまえ君が遠慮して私たちに連絡してこない、ということもありそうだからね」


その時は是非とも君たちが私に連絡してくれたまえ、って、先生は名刺サイズの紙を三人に手渡していた。


「あの…アメリカにはいつ頃行かれる予定なんですか?」


蘭が、あたしが聞きたくても怖くて聞けなかったことを代弁してくれた。
でも、やっぱり答えを聞くのが怖くて震え出した手を固く握ると、園子が優しく両手であたしの左手を包んでくれた。
一人じゃないんだっていう園子の手の温もりだけが唯一の救いだ。


「向こうでもいろいろとすることがあるからね。今月の半ばには日本を発とうと思っているんだが…」


今月の半ば…もう、ホントに時間がないんだ…。
あたしには反対側のソファーに座ってる蘭たちの表情を伺うどころか、隣の園子の反応さえ、伺う余裕が、ない。
もう、何も見えないんじゃないかってくらいに目の前が真っ暗になった気がした。


「日本を発つ前に、君たちにはきちんと挨拶をしておきたかったんだ。うちの娘をよろしく頼む、とね」

「娘?なまえちゃんのこと、ですか?」

「あぁ、そうだよ。なまえ君は私と妻が溺愛してる愛娘でね。うちの愚息一人に任せておくのは心配だから、本当ならアメリカに連れて行きたいんだが、本人が日本に残ることを望んでいるから無理強いは出来なくてね。君たちみたいにしっかりした友人がいるのは、本当に心強く思っているんだよ」


だから、うちの娘とこれからも仲良くしてやってくれると嬉しいって、先生はずっとあたしのことを娘って呼んでくれた。
たったそれだけのことが嬉しくて、あたしは涙が止まらなかった。
拭う暇もなく、涙は頬を伝って零れ落ちている。


「見ての通り、うちの娘は寂しがり屋の泣き虫でね。私たちを恋しがって泣くこともあるかもしれないが、君たちが傍に居てくれるかい?」


先生はそう茶化しながらもあたしを抱き締めてくれたから、どんな時でも安心する先生の腕の中で、あたしは声を殺して泣いていた。
ダメだ。蘭たちの前だっていうのに、涙が止まりそうにない。


「なまえちゃん、大丈夫だよ。あたしたち、ずっと一緒に居るって約束したじゃない」


明日香がちょっと涙混じりの声で、そう言ってくれた。
いつもはあたしが明日香の涙を受け止めるのに、今日はあたしの涙が伝染してしまったらしい。
明日香、ごめんね。
でも、ありがとう。


「おじ様、大丈夫ですよ。なまえにはあたしたちがついてますから!万が一、新一くんがなまえを泣かせた時には、蘭がいますし。ね、蘭?」

「うん!新一が何かやらかしたら、ボッコボコにしてやるんだからっ!!あ…すみません。息子さんのこと…」

「気にしなくて構わないよ。その時は遠慮せずに蘭君の空手で新一を懲らしめてやってくれ。その後で連絡してくれれば、私たちがすぐに娘を迎えに来るから、その時は一緒にアメリカに連れて帰るさ」


園子、蘭。ありがとう。
いつもあたしの味方をしてくれる二人が大好きだよ。
でも、ごめん。
今は口を開くと声を上げて泣いちゃうだろうから、何も言えないんだ。


「話はこれだけなんだが…娘がまだ泣き止みそうもないから、今日はこのままそっとしておいてくれるかい?私たちと過ごせるのは後10日ほどだからね」


後10日…先生たちと過ごせる日にカウントダウンが始まるんだ。


「分かりました。なまえちゃん、また学校でね?」

「なまえ、またいつでも連絡して来なさいよ?」

「なまえ、またね」


三人が声をかけてくれたけど、あたしは先生の腕の中で頷くことしか出来なかった。


『せん、せっ…あた、しも、おみっ、送り、くら…はっ、させて、もらっ…るん、ですっ、よねっ…?っく』

「当たり前じゃないか。新一と二人で見送りに来てくれるんだろう?」

『はいっ…』


三人が帰った後、やっと言葉を発したけど、やっぱり涙が邪魔でうまく言葉が出て来なかった。
先生の腕の中で、先生を見たけど、先生の優しい笑顔があたしの涙で歪んで見える。
頭を優しく撫でてもらいながら、もうこんな風に慰めてもらうことも出来なくなるんだと思うと涙が溢れるばかりで、どうしても止まってくれない。

もう、自分が今、どんな感情を抱いてるのかすら分からない。
ただ、先生の胸に頭を預けて、先生の服を握りしめて、小さな子どもみたいにひたすらに泣いていた。


先生、あたしを置いて行かないで下さい。も
先生、あたしもアメリカに連れて行って下さい。も
あたしには言えない言葉だから。

だから、お見送りは絶対泣かずに笑顔でしますから、今だけは泣かせて下さいって心の中で呟きながら、あたしは声だけは出さないように嗚咽を噛み殺して泣いていた。
声を出して泣いてしまうと、二度と涙が止まることはないんじゃないかって思ったから。

先生もお仕事があるはずなのに、何も言わずにあたしが落ち着くまで、ずっとあたしを抱き締めてくれていて、優しく頭を撫でてくれた。

あたしは先生の温かくて大きな手で頭を撫でてもらうのが大好きなんです。
あたしが泣ける場所を作って下さった先生が大好きなんです。
いつもあたしに手を差しのべてくれて、あたしを暖かな優しさで包んでくれた先生が大好きなんです。

そんな風に、先生を好きな理由を並べては、一緒にアメリカに行きますとあの時言えなかったことを悔やんでいた。
アメリカ行きのお話をもらった時、あたしは確かにアメリカに行くつもりだったのに、自分の恋心が待ったをかけた。
そして、新一の告白を受けたが為に、もうアメリカへは行けなくなった。
好きな人の傍にいることを選んでしまった。

女のコは父親への愛情が、成長するに従って好きな人への愛情に変わるんだって、昔誰かに聞いたことがある。

あたしは父親への愛情なんて知らなかったから、好きな人にはいつも自分の全てを捧げていた。
見返りなんて求めたことも望んだこともない。
恋愛なんていつも一方通行なのを知っていたから。
それが当たり前だと思っていたから。

でも、先生に出会って知ったことがある。

無条件で愛してくれるのが親なんだってこと。
いつも見守ってくれてるような、自分の全てを包み込んでくれてるような安心感をくれるのが父親なんだってこと。

そんな愛され方、今までされたことがなかったから、初めはなんかくすぐったかった。
でも、すぐに先生に懐いてしまったのは、きっとあたしが心のどこかでずっと求めていたんだ。
そんな風に自分の存在を認めてくれる愛情をくれる人を。



(先生、あたしを娘にして下さって、ホントにありがとうございます)


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