有希子さんに後片付けはしなくてもいいって言われたんだけど、あたしは首を振ってその申し出を断った。
少しでも一緒にいたいと言った言葉は嘘じゃない。
ホントに二人と離れたくないのだ。
これじゃあ、母親と離れたくないってダダをこねる、初めて保育園に行く日の子どもと変わらないなと自分に苦笑いが漏れた。
「なまえ、随分遅かったじゃねぇか」
てっきり自分の部屋で拗ねてるんだろうとばかり思っていた新一が、何故かあたしの部屋で本を読んでいた。
何勝手に人の部屋に入って寛いでるのかな?キミは。
『さっきまで有希子さんとお片付けしてたんだよ』
「ふぅん?」
『ねぇ、新一。これ見て?先生と有希子さんがあたしにってプレゼントしてくれたの!』
「あー、今日はそれ買いに行ってたのか?」
『うん。長期休暇の時はこれを持って、新一と一緒に遊びにおいでって』
「そういや、オメー冬休みハワイに行くってホントかよ?」
『え?うん。先生たちに誘われたから…イヤだった?』
「いや、違ぇけど…」
そこまで言うと新一はキャリーを大事に触ってたあたしの元まで来てあたしを抱き締めた。
「父さんと母さんとばっか仲良くすんなよな。ちゃんと俺のことも見てくれよ」
『ちゃんと見てるよ?』
「嘘つけ。オメーさっきの飯ん時だって父さんたちとばっか喋ってたじゃねぇか」
『あれは新一が不貞腐れてたからでしょう?』
「やっとオメーを手に入れたと思ったのに、今日も母さんになまえのこと取られるわ、帰って来たら父さんともいつの間にか合流してるわ、俺だけのけもんじゃねぇか。そりゃ、拗ねたくもなるっつーの」
写真のことで不貞腐れてるのかと思ってたけど、どうやら、新一は二人にヤキモチを妬いていたらしい。
『だって…先生たちとはもうすぐお別れなんだもん…一緒にいる時間は大事にしたいんだよ…』
「なまえ?」
『あたし、ずっと思ってたんだ。ドコにもあたしの居場所なんてないんだって』
「…」
『でも、ずっと一人でいたあたしに先生は手を差しのべてくれて、先生と有希子さんはこんなに暖かい居場所を作ってくれたの』
「なまえ…」
今日はこの鞄をもらった時から散々泣いてしまったせいで、涙腺が壊れてしまってるらしい。
また涙が溢れて来た。
新一が涙をそっと拭ってくれるけど、簡単には止まってくれそうにもない。
『初めてだったの。あんな風に手を差しのべてもらったのも、自分を居場所にしてくれたらいいなんて言ってくれたのも、全部。先生が初めてだったの』
「なまえ…」
『だから…だから…』
「なまえ、もう分かったから」
新一がもう何も言わなくていいって言うみたいに強く抱き締めてくれた。
いろんな初めてをあたしにくれて、あたしの全部を優しく受け止めてくれた先生。
いつも全力で愛情をいっぱいぶつけてくれた有希子さん。
あたしは、ホントに二人が大好きなんだ。
二人みたいな両親がいたらって何度考えたか分からないくらいに。
「それでも、なまえは俺の傍に居てくれるって決めてくれたんだろ?」
新一の腕の中で頷いた。
泣きすぎて言葉がうまく出て来てくれないんだ。
「だから、これからは俺がオメーの居場所になってやるよ」
『…』
「なまえが寂しい時も嬉しい時も、俺がいつだってオメーの隣に居てやっから…だから、そんなに泣くなよ」
あぁ…もう。
どうして工藤家の人たちはこんなにあたしに優しくしてくれるんだろう。
余計に涙が止まらなくなっちゃうじゃないか。
「二人とも別に永遠の別れってわけじゃねぇんだから、ちょっと遠いけど、いつだって会いに行けるって。な?」
『うん…』
それでも、いつだってあたしに手を差しのべてくれた先生の手を自分から離してしまったことに、どこか罪悪感を感じてるんだ。
恋愛なんて、いつキモチが変わって離れてしまうか分からないのに、それでもあたしは新一の傍にいることを望んだんだから。
「ほら、父さんが言ってただろ?何かあったらいつでも連絡して来いって。そしたら、すぐにオメーのこと迎えに来るってさ。
俺は、オメーを大事にするつもりだし、オメーがアメリカなんか行っちまわねぇようにしっかりこうやって抱き締めててやっから」
だから、もう泣くなよって新一はあたしの瞳に一つずつ優しく口付けてくれて、たったそれだけで、枯れそうになかったはずの涙は自然に止まってしまった。
「お、やっと泣き止んだな」
『うん…』
「俺はなまえの涙に弱ぇんだよ。オメーがどっか行っちまうんじゃねぇかっていっつも不安になるんだ」
『ごめんなさい…』
「いや、それが悪ぃとか言ってんじゃなくてさ。泣くんなら俺の居るとこで泣いてくれよ」
『え?』
「そしたら、俺がこうやって抱き締めてオメーの涙が止まるまで慰めてやれるだろ?だから、泣きたくなったらいつでも俺を呼べよ。いつだってオメーのとこまで飛んでってやっからさ」
だから、一人で背負い込んで一人で泣くなよって、新一は笑ってた。
『新一が傍に居てくれるなら、きっと大丈夫だよ』
「え?」
あたしには一人で泣けるだけの強さもないから。
だから、そんな心配ならしなくていいんだよ。
でも、それは言わずに新一に抱きついた。
この温もりがある限りはきっとあたしは大丈夫だよ。
『ねぇ、新一』
「ん?」
『キス、して欲しいな』
何だか、新一をもっと感じていたくておねだりしたら、新一はじゃあこっち向けよって笑ってくれた。
新一の優しい瞳を見てから、自分の瞳を閉じるとそっと新一はキスしてくれて、それだけであたしは幸せなキモチになれたんだ。
『わぁ!ホントにプリントアウトしてくれたんですね!』
「新ちゃんには内緒よ?」
『ありがとうございます!これ宝物にします!』
「もう、そんなの宝物にしなくったって、これからもっといろんな写真撮っちゃえばいいじゃない!」
あたしをどっちが送るかって新一と先生が言い争いをしてる中、あたしはこっそりと新一が顔を真っ赤に染めてる写真を有希子さんにもらっていた。
まぁ、言い争いって言ったって先生が送るって言ってるのを新一が必死になって自分が送るんだって阻止してるだけなんだけど。
新一にバレない内にこっそりと手帳に挟んで大事に鞄の中にしまうと、ちょうど新一に、ほら行くぜって呼ばれた。
どうやら、今日も新一があたしを送ってくれるらしい。
『あ、そうだ。あたし、明日から毎日夕食は工藤家で取ることになってるから、よろしくね?』
「マジで!?」
『うん』
二人きりの帰り道、先生たちにしたおねだりのことを新一に話したら、何だか新一は嬉しそうだった。
「これでオメーと一緒に居れる時間が増えるな」
『先生たちがアメリカに行ったら、あたしがお弁当も夕食も作るから、夕食は一緒に食べようね』
「弁当は一緒に食わねぇのかよ?」
『お昼は明日香たちと食べるってアメリカ行きがなくなった時にもう約束しちゃってるの』
「あー…学校ではやっぱり河野たちにオメーを取られちまうのか」
『その分、家では一緒だよ?』
「父さんたちがいなくなったら、だけどな」
『いいじゃない。もう少しあたしにも家族ごっこさせてよ』
早く先生たちがアメリカ行かないかなぁなんて呟く新一に笑って言ったら、不思議そうに返された。
「ごっこじゃねぇだろ?」
『え?』
「オメーは将来うちに来るんだから、ごっこじゃねぇだろ?」
それってプロポーズ?
13歳でプロポーズなんて、新一もおマセさんだな。
『あ、でも新一が先生に認められないとそれ無理だよ?』
「へ?」
『先生がね、前に言ってたの。先生が安心してあたしを任せれるような相手じゃないとあたしをお嫁に出さないって』
「…完璧にオメーの父親面してやがんのな」
『我が家は娘は甘やかす主義なんだって言われたこともあったなぁ』
「ったく、俺の父さんがライバルとか泣けてくるぜ」
『今度先生とデートしようってお誘いももらったし?』
「は?俺とのデートはまだなのに、父さんとデートに行くつもりなのかよ!?」
『どっちが先だろうね?』
クスクスと笑ってると新一が今度部活休むとか言い出したから、そんなことしたらデートしないって返したら悔しそうに分かったよ、部活はちゃんと出るよって言われた。
ねぇ、新一はX'masにデートに誘ってくれないつもりなの?
バックの中にしまってある今日買ったプレゼントを思い出して、そう聞こうともしたんだけど、部活があるのかもしれないし、新一から誘ってもらえるまでは黙ってることにした。
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