鞄はまた帰りに取りに来るわって有希子さんが言ったので、あれからお化粧直しをして、有希子さんとのデートを楽しんだ。
あたしがアメリカ行きを断ってしまったから、二人がいつアメリカに行ってしまうか分からない。
これが日本での最後のデートかもしれないと思うと、正直帰りたくなんてなかった。
『あれ?露店なんて珍しいですね。ちょっと覗いてみてもいいですか?』
「もちろんいいわよ。あたし、ちょっと電話かけてくるからゆっくり見ててね」
その露店は手作りのシルバーアクセサリーとかを売っているみたいだった。
シルバーアクセが好きなあたしは、こういう手作りの一点ものを見るとどうしても欲しくなってしまう。
「何か気にいったものはあったかな?可愛いお嬢さん」
『これ、お兄さんの手作りですか?』
「そうだよ。全部俺の手作りなんだ」
ネックレスやブレスレット、いろんなものがあるけど、籠の中に石の入ってる珍しいネックレストップが一際目立っていた。
細いシルバーで作られた籠は一つ一つ形が違うし、中に入ってる石も違う。
「あ、これかい?俺が今ハマってるヤツでね。お嬢さんにはこれとかいいんじゃないかな?」
『え?』
「この石はね、アポフィライトって言って、宝石言葉の中に抑制された感情っていうのがあるんだ。周りを気にして自分の殻に閉じ籠ったり、つい他人と距離をおいてしまったことからくる孤独感を取り除いてくれるんだよ」
聞いたこともない石だったけど、何だかあたしにピッタリな石を一発で当てられて驚いてしまった。
「こういう商売をしてると、お客さんにどんな石が合うのか分かるようになるんだよ」
なんてお兄さんは笑っていたけど…そんな意味の石があるんだ。石の意味なんてホントにメジャーなものしか知らないからビックリだ。
あ、もしかして、ここなら新一へのプレゼントもいいのが見つかるかな?
『お兄さん、あたし最近付き合い出したんですけど、彼氏へのX'masプレゼントで悩んでるんです。何かいいのありませんか?』
「へぇ、お嬢さんみたいな可愛い彼女がいるなんて、その彼氏が羨ましいな。それなら、これなんてどうだい?」
お兄さんが選んでくれたのは、淡い緑の石のついたシンプルなペアのストラップだった。
「この石はクリソプレーズって言ってね、希望や新しい始まりを意味してるんだ。宝石言葉には他にも恋愛や喜び、信頼、安心、満足感…いろんな言葉があるけど付き合い立てなら、ピッタリだと思うけどな」
希望や新しい始まり…か。確かにピッタリだ。
この色なら新一にも似合うだろうし、喜んでくれる、かな?
『お兄さん、それとさっきお兄さんが選んでくれたトップを下さい』
「まいど。ストラップはラッピングしてあげるからちょっと待っててね」
向こうでもお気に入りのお店があって通ってたから、こういう手作り品って高いのを知ってるんだけど、お兄さんは「お嬢さんは可愛いし、付き合い出したってことだからお祝いに安くしとくよ」ってホントに良心的な値段にしてくれた。
それでも中学生には手が届かないくらいには十分高い値段だったけど、せっかく見つけたプレゼントだ。
初X'masだし、初めての新一へのプレゼントなんだから、奮発したっていいだろう。
「俺、今度小さいけど自分の店を開くことにしたんだ。これ、そのチラシね。今度はその彼氏と一緒においでよ」
『ありがとうございます』
綺麗にラッピングしてもらった新一へのプレゼントと、自分用の品を受け取っていると、ちょうど有希子さんが帰って来たので、お兄さんにもう一度お礼を言って、その場を後にした。
「何かいいのあった?」
『はい。新一へのプレゼントを買ったんです。喜んでくれるか分からないですけど…』
「大丈夫よ!新ちゃんがなまえちゃんからのプレゼントを喜ばないわけないもの!それより、あたしは新ちゃんがなまえちゃんへのプレゼントをちゃんと準備してるかの方が心配だわ」
あたしは別にプレゼントなんてなくてもいいんだけど、有希子さんにそんなの絶対ダメよ!って即答されてしまった。
記念日にプレゼントを贈らないなんて、有希子さんにとってはナンセンスらしい。
まぁ、有希子さんは記念日とかそういうイベント事好きそうだし、先生もそういうのマメそうだしなぁ。
『でも、あたしは好きな人と一緒に過ごせるだけで嬉しいんですけど…』
「もうっ!なまえちゃんたらホントに可愛いんだからっ!!」
有希子さんはそう言ってまたあたしをむぎゅーって抱き締めた。
それから、お茶しに行きましょうって誘われたのはいいんだけど、
「なまえ君、私たちからのプレゼントは気にいってもらえたかな?」
って、案内された席では、先生が当たり前のように優雅に珈琲を飲んでいた…。
何でここに居るんですか?
「なまえ君が今日はいつもよりオシャレをして来てると聞いてね。これは新一より先に見なければと思って来たんだよ。いやぁ、ホントに休日のなまえ君は美人になるね。どうだい?今度は私とデートしないかい?」
『それはとっても素敵な嬉しいお誘いですけど…先生、お仕事は大丈夫なんですか?』
「なまえ君とのデートの為なら今すぐにでも片付けるさ」
ついこの前も喫茶店でご一緒になったばかりだと思うんですけど、あれは逃げて来たわけじゃないんですか?
「まぁ、私が呼ばれた本当の理由は荷物持ちらしいがね」
「あら、あんな大きな鞄をあたしやなまえちゃんに持たせるつもり?」
「まさか。だからこうして来たんじゃないか」
先生、普段はお土産郵送とかにするくらいなんですから、わざわざ先生が来られなくても、あれも送ってもらえば良かったじゃないですか。
「あれは愛娘の為に作らせた特別な品だからね。人任せには出来ないんだよ」
『あんまり嬉しいこと言わないで下さい。あたし、また泣いちゃうじゃないですか』
「なまえちゃんね、あれ見て嬉し泣きしてくれたのよ!」
「ほう?そんなに感動してもらえるとは嬉しい限りだ」
「でしょでしょ?新ちゃんなんか絶対こんな可愛い反応してくれないもの!やっぱり息子と娘じゃ全然違うわよね」
先生を交えた楽しいお茶会はしばらく続いたけど、先生たちと後どれだけ一緒に過ごせるんだろうと思うと、やっぱり涙腺が弛んでしまいそうだった。
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