夜も遅くなった帰り道。
先生が送って下さるっていうお誘いを新一が全力で阻止して、あたしは新一に送ってもらっていた。
先生との会話で、あれだけ熱くなってた割りに、今は普通に会話出来るまでに落ち着いたらしい。
ホントに忙しい性格だ。
「そういえば、さ」
『うん?』
「何であの時は待ってくれって言ったんだ?やっぱりなまえのキモチがまだ決まってなかったからか?」
帰り道、なんか新一が口にしようかどうしようかと悩んでるなぁと思ってたら、なんとも答えにくい質問をされてしまった。
『あれはそうじゃなくて…』
「んだよ」
『新一のキモチを素直に受け取るだけの余裕がなかったんだよ。自分のキモチ整理するだけの時間が欲しかったの。あたし、あれより結構前から新一のこと好きだったもん』
「はっ!?」
新一が驚いたように目を丸くして立ち止まってしまった。
どうやら、最後の一言が余計だったらしい。
「それっていつからだ?」
『忘れちゃった。ほら、帰ろうよ』
「ちょっと待てって!気になるだろうが!!」
新一を置いてけぼりにして、一人ですたすたと歩き出したら、慌てたように新一が追いかけて来た。
いつから、なんて知らないよ。
気が付いたら新一のこと好きになってたんだから。
こっちに来る前から大好きだったけど、キャラとしての好きじゃなくて、気がついたら恋愛対象として見てたんだもん。
「なぁ、教えろって!」
『あの河川敷で大泣きした時にはもうとっくに好きだったよ?』
あまりにしつこい新一に、そう答えたら、また新一は立ち止まってしまった。
もう…早く帰ろうよ。
「俺、あん時なまえと二度と口聞けねぇんじゃねぇかって、真剣に悩んでたんだけど?」
『あたしも、新一を不安にさせてごめんって謝ったと思うんだけど?』
「そうじゃなくて!」
『うん?』
「あの時、泣きながらずっと謝ってたのって、もしかして」
『うん、素直になれなくてごめんって謝ってたの』
「はぁ…」
何やら新一がため息を吐いた後、頭をガシガシと掻いていた。ん?何だ?
『どうしたの?早く帰ろうよ』
「おー」
何やら疲れた感じの返事をした後、新一は手を差し出して来た。
「ほら」
『うん?』
「手ぇ出せって!」
照れ臭いのか、あたしと視線を合わそうとしない新一に、さっきまで両手で持ってた鞄を右手に持ち直して、左手を差し出した。
新一はあたしの手をしっかりと握ると、あたしに少しだけ赤くなった顔を見られたくないのか少し前を歩き出した。
『なんか久しぶりだね』
「ん?」
『新一があたしの手を握ってくれるの』
「…」
『ほら、河川敷で泣いちゃった時は、あたしの手を握ろうとして途中で止めちゃったでしょ?あれ、あたし寂しかったんだよね。新一にこんな風にしっかり手を握ってもらえるのって安心出来て好きだったから』
「これからはずっとしてやるよ」
『え?』
「だから、なまえがもう寂しくなんねぇように、これからはずっと握っててやるって」
『…ありがと』
少し前を歩く新一の表情は見えないけれど、離れないようにしっかりと握ってくれてる手があったかくって、何だか心まであったかくなった。
『送ってくれてありがとう。また明日学校でね』
送ってもらって、マンションまでついたから、新一との甘く優しい時間も今日はこれで終わりかと少しだけ寂しく思いながら繋いでた手を離したんだけど、どうやら新一も同じような心境だったらしい。
「なぁ、少しだけなまえん家寄ってっていいか?」
『え?』
「もう少しだけ、オメーと一緒に居てぇんだよ」
『うん。いいよ?』
玄関の扉を開けて中に入った途端、鍵を閉めるより先に抱きしめられた。
前にこの部屋で抱きしめられた時は、新一の存在が近くなるのを怖がっていたんだと思うと何だか不思議なキモチになる。
「なまえ…」
『なぁに?』
「なまえ、」
『新一、このままじゃ鍵閉めれないよ?』
あたしの名前を何度も呼びながら抱きしめてくれてるのは嬉しいんだけど、何もこんな狭いとこでしなくてもいいと思う。
部屋に上がってからすればいいのに。
「ずっとこうしたかった」
『さっき新一の部屋でもしてくれたじゃない』
「まだ足りねぇんだから仕方ねぇだろ?」
『じゃあ続きは部屋に上がってからにしよ?』
渋々って感じであたしを離してくれた新一は不満顔だったけど、部屋へと上がってくれた。
あたしも鍵とチェーンロックをかけて後に続く。
いつもはリビングで話してたけど、今日はあたしの部屋へと案内した。
「へぇ。可愛い感じの部屋だな」
『そういえば、あたしの部屋に入ったの初めてだっけ?』
「おう。俺ん家のオメーの部屋なら入ったことあっけど…」
初めてあたしが新一の部屋に入った時みたいに、新一はあたしの部屋を物珍しそうにキョロキョロと眺めていた。
きっと女のコの部屋なんて、蘭と園子の部屋くらいしか知らないんだろう。
二人の部屋に比べたら、あたしの部屋は可愛いっていうよりシンプルだと思う。
余計なモノはほとんど置いてないし。
「あ、闇の男爵全巻揃ってんじゃねーか」
『これ読んでる時に先生と出会ったんだよ。この本に感謝しなくっちゃね』
「え?」
『だって、あの時先生と仲良くなってなかったら、新一に告白されるなんてなかったと思うしさ。全てはこの本から始まったんだもん』
たまたま入った喫茶店が気に入って通ってたら先生と仲良くなって、工藤邸にご招待を受けて有希子さんとも仲良くなった。
その後、新一に見つけてもらえて、文化祭では園子のせいで晒し者にはされたけど、一緒に主役をやって劇まで出来た。
そんな風に今までのことを思い返していると、新一に後ろから抱きしめられた。
「それがなくても、俺はオメーのこと好きになってたと思うぜ?」
『嘘つき。蘭のことが気になってて他の女のコになんか興味がなかったクセに』
「いや、嘘じゃねぇって。そりゃ、今より時間はかかったかもしれねぇけどさ。それでも俺はなまえに恋したと思う」
別にその言葉が嘘でも構わなかった。
あの本がなければ、あたしは先生たちに居場所を作って貰えなかっただろうし、新一とこうなることもなかったと思うけど、それでも今感じてる温もりは本物だから。
「なぁ、なまえ」
『うん?』
「俺、正面からなまえ抱きしめてぇんだけど」
『新一が腕離してくれないと、あたし、新一の方向けないよ?』
新一が腕を離してくれたから、新一の方を向いたらバランスを崩してしまうくらいの勢いで抱きしめられた。
「やっとなまえが手に入った」
『何それ?』
「ずっとなまえも俺のこと好きになってくれたらいいのにって思ってたから」
『…』
「だから、なまえが返事くれた時も夢なんじゃねぇかって思ってた」
『ねぇ、新一』
「ん?」
『これも夢だと思う?』
可愛いことばっか言う新一に、あたしからキスしてみたら、新一が顔を真っ赤にして固まってしまった。
やっぱり新一は可愛いと思う。
「お、オメー、不意打ちは卑怯だろ!?」
『そう?じゃあ、もうしない』
「…。誰もすんなとは言ってねぇだろ?」
しないって言った途端に新一がまた固まって、オマケみたいに言葉を付け足した。
そんな新一にクスクスと笑っていたら、今日のことをぶり返された。
「ったく、今日俺が頬にキスした時は顔真っ赤にして喋れなくなったくせによ」
『あれこそ不意打ちじゃない。好きな人にいきなりキスされたんだから、仕方ないでしょ?』
それでもやっぱり悔しいのか、不満気な新一はあたしをきつく抱き締めて顔を隠してしまった。
そんな新一があたしの家を出たのはこれから一時間も後のことだったりする。
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