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新一の部屋に着くなり、あたしはベッドへと放り投げられた。
ちょっと、あたしは荷物じゃないんだけど!?


「へー。この向こうの学校の資料って、母さんが準備したのか?」

『う、うん。今日はそれを見せてもらいに来た、の』


あたしを放り投げた反動で落ちたあたしの鞄から、教科書とかと一緒にさっき貰った資料が床に散らばっていた。
新一はそれを拾って、薄ら笑いを浮かべている。

でも、新一が怒ってるのは、これだけ離れていても分かる。
だって、顔は笑ってるけど、瞳が笑ってない。
それに、言葉に感情が欠片も込もって、ない。


「オメー、もうアメリカに行くって決めたのかよ?」

『違う、けど…』


ベッドから降りてはみたけど、部屋の出口は新一が塞いでいるから逃げられない。


「じゃあ、何でこんなもん見る必要があんだよ?」

『時々、歌を一緒に歌ってるお姉さん、に、いろんなことを経験するチャンスだって言われ、て、先生たちのこととか抜きにして、一度真剣に考えてみようと、思って…有希子さんがあたしの為に学校探してくれてるって話は前に先生に聞いてた、から、話、だけ、でも、って…』


新一がゆっくりあたしの方に向かって歩いて来てるけど、あたしの後ろはベッドだから、後退ることさえ出来ない。


「それで?話聞いてみたら興味が沸いたから、わざわざ資料持って帰ろうとした、って?」

『う、うん…有希子さんに簡単な話は聞いた、けど、資料に目を通して、みよう、かと、思っ、て…』


もう新一が手を伸ばせばあたしに届く距離まで新一は来ていた。
あたしの心臓はさっきから壊れたみたいにバクバクと早く煩い鼓動を奏でている。


「で、さっきの父さんへのキスは?」

『向こうではハグやキスは挨拶だから、練習、してみないか、って、言われ、て…』


新一の静かに、でも確かに怒ってる瞳があたしの視線を絡めて離さない。
次に新一に何を言われるのかが分からないから、その不安と恐怖があたしの鼓動を更に早めていた。


「じゃあ、俺とも練習してみるか?」

『……え?』

「挨拶の練習、してたんだろ?」


新一の右手が伸びて、あたしの左の頬に触れた途端、ビクリと身体が勝手に震えた。
新一の整った顔がゆっくりと近づいて来て、あたしの右頬に軽く口づけた途端、あたしの身体にあった熱が、全て顔に集まったんじゃないかってくらいに顔が熱くなって、同時に身体中から力が抜けて、あたしはその場に座り込んでしまった。


「どうしたんだよ?ただの挨拶なんだろ?父さんとは普通にしてたじゃねぇか」


新一があたしに視線を合わせるようにしゃがむと、口角だけを上げて、少しだけ楽し気に笑ってるのが見えた。
でも、あたしには言葉を返すだけの余裕もない。
もう心臓が爆発でもしてしまうんじゃないかって思うくらい暴走してる。
たかが、頬にキスをされただけ、なのに。


「そんな反応してると、俺、自分の都合のいいように解釈しちまうぜ?」

『え…?』

「俺のキモチはもうとっくに知ってんだろ?」


一文字だけ、何とか言葉に出来たけど、頷くことさえ出来なかった。


「俺、この前、オメーがあいつと一緒にいんの見たんだよ」


誰のこと?なんて聞かなくても分かる。
快斗のことだ。


「遠くて何言ってんのかまでは聞こえなかったけど、あれ、告白されてたんだろ?」

『…』


また、見られてたんだ。快斗と一緒にいるとこを。
一番見られたくない人だったのに。
新一にだけは、あの現場を見られたくなかったのに…


「オメーが必死に抵抗してんのは分かってたけど、なまえがあいつに抱きしめられてんの見た時は嫉妬で気が狂うかと思った」

『…』

「なぁ、他のヤローはオメーに告白してんのに、俺はいつまで待ったらなまえに告白出来んだよ?」

『し、いち…』


新一の瞳からも表情からも、既に怒りは消えていた。
苦しそうに眉をしかめて、まるで泣き出してしまいそうな瞳で表情を歪ませている。

もう、あたしの身勝手な都合で新一を待たせるのは限界だって思った。

決して、新一のこんな表情が見たかったわけじゃない。
断じて、新一を苦しめたかったわけじゃない。

ただ…ただあたしは自分のキモチを整理するだけの時間が欲しかっただけだ。
…結局、そんな時間なんて存在しなかったけど。

あの時に新一の告白を受けていれば良かったんだ。
そうすれば、こんなに新一を苦しめることはなかったのに。傷付けることもなかったはずなのに。

あたしはまた、自分が嫌いになった。
前以上に自分を許せなくなった。
それでも、新一へのキモチは変わらない。
時間が経つ程に愛しさが募るだけだ。
それなら、もう逃げていても仕方ないじゃない。


『いい、よ?』

「え?」

『待たせて、ホントにごめんなさい…もう、大丈夫、だから』


今のあたしは上手く笑えてる自信がない。
きっと、新一みたいに表情が歪んでる。
こんなあたしでも、新一はまだ好きでいてくれるのか、不安で押し潰されそうなんだ。


「なまえ…」


新一があたしの髪を優しく撫でてくれた。
この手を失うくらいなら、今、自分の怖さと戦う方がいいに決まってる。
どうしてそんなことも分からずにずっと逃げていたんだろう。


「無理しなくていいんだぜ?待つっつったのは俺なんだからよ」


ついさっきまで、もう耐えきれないって感じの表情をしていた新一が、心配そうにあたしを覗き込む。
今のあたしは一体どんな表情をしてるんだろう。


『大丈夫だよ?だから、あの日の続き、言って?』


きっと、今言ってもらわないと、あたしはまた貴方から逃げてしまうから。


「なまえ、俺はオメーのことを誰よりも愛してる。だから、ずっと俺の傍に居てくれねぇか?」


あたしの言葉を聞いて、小さく分かったって言った新一は、一度瞳を閉じて呼吸を整えると、強く真っ直ぐな瞳であたしを見つめてそう言った。
まさか中1に愛してるなんて言われるとは思わなかった。
てっきりあの二人みたいに“好きだ”と言われるんだとばかり思っていたのに。
でも、新一の真剣なキモチは伝わったから、あたしも出来る限りの笑顔を返した。


『はい』

「マジ、で?」

『うん、マジだよ?』


新一はあたしの言葉が信じられないって顔をしてる。
自分から告白しといて、あたしがyesと言ったのが信じられないってどういうことよ?


「父さんたちと離れることになるんだぜ?いいのかよ?」

『新一があたしの傍に居てくれるんじゃなかったの?それともあの時の言葉は嘘だったわけ?』

「んなわけねぇじゃねぇかっ!!」


悪戯っぽくあたしが言えば、新一はやっと現実だと認識してくれたらしい。
さっきまであたしに触れるに触れられないって感じだったのに、あたしを強く抱きしめてくれた。

ちょっと苦しいけど、今日だけは我慢しよう。
今まで新一を待たせてしまったんだもん。
新一はあたしを抱きしめたまましばらく動かなかったけど、ゆっくりとあたしを離すと


「なまえ…」


って、あたしの名前を呟いて、あたしが瞳を閉じるとそっと唇を合わせて優しいキスをしてくれた。


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