ピンポーン
「はぁい」
『有希子さん、こんばんは』
「なまえちゃん!待ってたのよ!あれから体調大丈夫?どこも悪くない?昨日は学校休んでたって聞いたけど、どこか具合でも悪かったの!?」
あたしを認識するなり抱きついてきた有希子さんは、マシンガントークを始めたけど、久しぶりの全力抱きつきだから、い、息がっ!
「有希子、なまえ君が苦しそうだからそろそろ離してあげなさい」
「あら、あたしったら嬉しくってつい…なまえちゃん、大丈夫?」
『だ、大丈夫です』
うん。これでこそ工藤家に来たって感じだ。
この前みたいに日がなベッタリな一家揃っての過保護週間より、日常に帰ったって気がする。
「さぁ、なまえちゃん、上がって頂戴!」
『はい、お邪魔します』
そのままリビングへと通されると、テーブルの上には一体いくつあるんだってくらいな量の資料が何枚も広がっていた。
有希子さん、貴女、昨日“何校か”って言ってませんでしたっけ?
明らかに何十校…どんなに少なく見積もっても十数校はあるかと思うのですが。
〈なまえ君、せっかくだから、英会話の練習もしたらどうだい?〉
《そうですね。英話で話すのにも慣れていた方がいいと思いますし。有希子さんも、学校の紹介、英語でお願い出来ますか?》
〈もちろんよ!それにしてもなまえちゃん、ホントに海外行ったことないの?発音凄くキレイだと思うんだけど…〉
《そうですか?気にしたことがないので分からないですが…》
〈これなら心配は要らなそうだね。私は一度仕事に戻るから、何かあったら呼んでくれたまえ〉
《はい。お仕事頑張って下さい》
急に工藤家での会話が日本語から英語へと変わってしまった。
まぁ、別にいいんだけど。
先生の言う通り、英会話の練習にもなるし。
《それで、有希子さん。ワガママなのは承知で言うんですが、歌の勉強が出来る学校ってありますか?一度、本格的に勉強してみたらどうかって言われたので気になって…》
〈もちろんあるわよ!あたしも紹介しようと思ってたの!ええっと…これこれ!この学校はね、演劇と歌の勉強が出来る学校なのよ!〉
《演劇、ですか?》
〈文化祭のなまえちゃんの演技を見た時から思ってたの。なまえちゃん、演劇に興味ないかしら?〉
《今まで考えたこともなかったですけど…そこはどんな学校なんですか?》
そこからはその学校を中心に、有希子さんがオススメする学校を順番に一つ一つ詳しく聞いていった。
カリキュラムが日本と根本的に違っている。
いいチャンスだと思うと言っていた怜子さんの言葉は正しかった。
新しい世界があたしを待っているような錯覚を覚える程に、時間感覚も忘れてあたしは真剣に有希子さんの説明を聞いていた。
〈おや?まだ説明会は終わっていなかったのかい?なまえ君、そろそろ日が暮れる時間だよ〉
《えっ!?もうそんな時間だったんですか!?》
〈どうやら気になる学校がたくさんあったみたいだね〉
《はい。つい夢中になって有希子さんの説明を聞いてしまって…有希子さん、この4校、資料借りて帰ってもいいですか?》
〈ええ。いいわよ。家でじっくり目を通して頂戴〉
有希子さんに心よく了承してもらえたので、資料を鞄の中に閉まって帰る準備をしていたら、先生に思ってもいなかった提案をされた。
〈なまえ君、向こうではハグやキスは挨拶だ。どうだい?私で練習してみないかい?〉
《先生がお相手なら喜んで!》
悪戯を思いついた子どものような表情で、少し腕を開いてあたしを誘った先生に、あたしは即答で笑顔で二つ返事をした。
「ただいまー。靴が多かったけど、なまえでも来てんの、か…って、二人とも何やってんだよ!?」
先生に頬にキスしてもらって、あたしも先生にキスを返していたら、ちょうど新一が帰って来た。
しまった。日が暮れる時間だとは聞いていたけど、まさか部活が終わる時間まで居座っていたとは思わなかった。
《新一、これはただの挨拶の練習で…さっきまで有希子さんに学校の説明を聞いてたの!》
「なまえ?何でわざわざ英語で喋ってんだ?」
しまった!さっきまでずっと英語で話してたから、つい新一にも英語で返しちゃった!
「なまえ君は英会話の練習をしていたんだよ。まぁ、練習する必要がないくらい流暢に話していたから、この分じゃ向こうで言葉に困ることもないだろうがね」
「…なまえ、ちょっと俺の部屋に来い」
『もう暗くなるし、あたしそろそろ帰らないといけないから…』
「安心しろよ。帰りは俺が送ってってやっから。ほら、行くぜ?」
『あっ、ちょ、ちょっと!』
離れていてもはっきりと分かるくらい不機嫌オーラを出してる新一から逃げようとしたのに、あっさりと新一に捕まってしまった。
いつぞやのように腕を掴まれて、グイグイと無理矢理新一の部屋まで引っ張られる。
ちょっと待って!
今、新一と二人きりになるのは色んな意味で遠慮したいんだけど!?
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