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自分の頭をリセットしようと河原に歌いに行ってみると、懐かしい人を見つけた。


『怜子さーん!』

「あら、なまえちゃんじゃない。久しぶりね」


そう、河原で既に歌っていたのは秋庭怜子さん。

初めての出会いから、時々メールや電話をしたり、こうして河原で一緒になった時にはお話したり、僭越ながらご一緒に歌わせてもらったりしてる。
優しくてちょっぴり厳しいお姉さんが出来たみたいで、先生たちに次いであたしがすっかり懐いてしまった人の一人だ。
最後に会ったのは文化祭が終わった後くらいだったから、ホントに久しぶりで会えたのがすごく嬉しかったりする。


「入院してたって話だったけど、もう大丈夫なの?」

『はい!至って元気です!』

「そう。それなら良かったわ」


怜子さんは口数が多い方じゃないけど、ホントに優しい。
いつもあたしのことを気にかけていてくれるし、いろんな歌を教えてくれたりもする。
今日も怜子さんと一緒に何曲か歌わせてもらったんだけど、怜子さんから厳しいお言葉を頂いた。


「なまえちゃん、アメリカ行きのことで悩んでるのは分かるけど、歌にも迷いが出てるわよ」

『すみません…』

「まぁ、なまえちゃんは若いんだし、他にも悩み事があるみたいだけどね」


そういう怜子さんも十分若いと思うけど、怜子さんから見たらあたしはまだ思春期真っ盛りの中学生だ。
子ども扱いされるのは仕方ない。
でも、まさか歌を聞いただけで悩み事があることまでバレるとは思わなかった。


「あたしはなまえちゃんのアメリカ行き賛成だけどな」

『え?』

「なまえちゃんと一緒に歌えなくなるのは少し寂しいけど、いろんなことを経験するいいチャンスじゃない」

『…』

「それに、もし可能なら本格的に歌の勉強をしてみるといいわ。なまえちゃんならきっとあたしのいいライバルになるでしょうしね」


それじゃあ、あたしはもう帰るからって怜子さんは背を向けてあたしに片手を上げてくれた。

いろんなことを経験するチャンス、か。
そんなこと、考えたこともなかったけれど、確かにそうかもしれない。
海外に行ったこともないあたしがアメリカで過ごすというのは、いろんな刺激を受けるだろうと思う。
不安や戸惑いもあるし、もちろんいいことばかりじゃないだろうけど、日本じゃ経験出来ないことを体験出来るチャンスなんだ。

今まで、こんな風にアメリカ行きを後押しされたことがなかったから、心に新しい風が吹き込んだみたいに新鮮だった。
先生のことや新一のことを抜きにして、一度真剣に考えてみよう。
確か、有希子さんがあたしの為に学校を探してくれてるって話だったはずだ。
とりあえず、その話を聞くところから始めよう。
そう思って、ポケットから携帯を取り出して有希子さんに電話をかけようとしたら、もう片方の腕を誰かに掴まれた。


「アメリカってどういうことだよ?」

『黒羽くん?』


振り返ると少し怒った感じのワンコがいた。
ホントにこのワンコはあたしが歌いに来るとよく出没する。
歌いに行く、なんて連絡、あたしから一度もしたことないのに。


「アメリカってどういうことなんだよ!?」

『腕、痛いから離して?』


興奮してるらしいワンコは力加減を考えずにあたしの腕を掴んでる。
強く掴まれ過ぎた腕が軋んでる気がする程に痛い。


「どういうことか説明してくれたら離してやるよ」

『何で黒羽くんに話さなきゃいけないの?』

「いいから言えよっ!!」


更に掴んでる手の力を強くしたワンコに痛みで顔が歪んだ。
何だってワンコに説明しなきゃいけないんだ。
たまにここで一緒になる程度の間柄じゃないか。
でも、このままじゃ帰れないし、第一、これ以上強く掴まれたら冗談抜きで腕が折れそうな気さえする。
自分の腕を守る為にも、仕方なくワンコに事情を説明することにした。


『あたしがお世話になってる人たちが今度アメリカに住むことになったから、一緒に行かないかってお誘いを受けたのよ』


その言葉を聞いて、ワンコは約束通り腕を解放してくれた。
けど、掴まれた場所がまだジンジンと鈍い痛みを発している。
ったく、このワンコ一体どれだけの力であたしを掴んでたんだ。
腕を擦りながら、ワンコを睨んでいたら、ワンコがえらく真剣な表情を…って今日は最初から真剣っぽかったけど。

いつも無邪気な人懐っこい笑みしか見て来なかったから、何だかワンコが別人に見える。
とりあえず、何だかえらく深刻そうな顔をしてワンコが悩んでいた。


「なまえはアメリカ行くつもりなのかよ?」

『まだ考えてるとこ。さっきの話聞いてたんじゃないの?』

「聞いてた、けど…」

『何?』


それにしてもワンコは一体いつから話を聞いていたんだろう。
例えワンコがあたしの後ろに居て、あたしが気付かなかったとしても、一緒に話してた怜子さんが気付かないわけがない。
一体どこで話を聞いてたんだ?こいつ。


「行くなよ」

『は?』

「アメリカなんか行くなよ!」


あたしがアメリカに行こうが行かまいが、ワンコには何の関係もないはずなのに、あの日の新一みたいに苦し気に表情を歪ませたワンコは切実に訴えて来た。
今までワンコと新一が似てると思ったことはなかったけど、初めてワンコと新一が被って見えた。


『黒羽くんには関係ないでしょ?』

「関係ねぇわけねーだろっ!」

『何で?』

「それ、は…」


いつも一人で勝手に喋ってるようなワンコが、今日はよく言葉を詰まらせる。
そんなにあたしのアメリカ行きの話が衝撃的だったのか?


「…からだよ」

『え?』

「俺がオメーのこと好きだからだよ!好きなヤツが、んな遠くに行くって聞いて黙ってられっか!!」


このワンコ、今、何て言った…?
だってワンコは、黒羽快斗は青子ちゃんのことが好きなはずで…何でここであたしが出てくるわけ?
この前の服部くんといい、今のワンコといい、意味が分かんないんだけど。


「俺はここで歌ってるなまえを見て一目惚れしたんだよっ!だから、オメーのことが知りたくて学校にまで行ったし、オメーに会いたくてここにも通ってたんだ」


ホントはもっと仲良くなってから言うつもりだったのにってワンコは頭をガシガシと掻いているけど…冗談でしょ?
青子ちゃんはどうしたのよ?
全然笑えないわよ?


「だから、アメリカなんか行くなよ。なまえが一人暮らしなのは知ってっし、そいつらがどんだけなまえの大切なヤツかなんて知らねーけど、何なら俺ん家に来たっていいし。ほら、前に話しただろ?俺ん家、母さんと二人暮らしだから部屋なら余ってっか」

『ちょっと待ってよ!何でそういう話になってんのか、全然分かんないんだけど?』


どんどん話を進めて行くワンコに待ったをかけた。
冗談にしては度が過ぎてる。
みんないい加減にしてよ!


「何でって…俺がなまえと離れたくねぇから?」

『…』

「どうしてもなまえがアメリカ行くっつーんなら、俺もアメリカ行くかな」

『は?』

「俺、元々高校卒業したら海外でマジックの勉強するつもりだったんだよ。だから、それ前倒しにすっかなって」


ちょっと待って。
ワンコが日本にいなかったら、怪盗キッドはどうなるのよ?
高校生の時にお父さんがキッドやってたってこと知って、パンドラ探してぶっ壊すんでしょ?!
コナンにだってキッドは欠かせないのに、原作が完全に変わっちゃうじゃない!!


『ちょっと、冗談、でしょ?』

「俺は本気だけど?」


だって…原作じゃ青子ちゃんのことが好きなはずで、あたしのこと好きだなんてそんなことあるわけが…
でも、あたしを見るワンコの真っ直ぐな瞳が茶化してるわけでも、何でもないって物語っていて、あたしは無意識に一歩、二歩と後退さった。


「オメー、まさか俺の告白まで冗談だと思ってるとか言わねぇよな?」

『だ、って…そんなの信じられるわけが』


ワンコがあたしに一歩ずつ近づいて来る度に、あたしも一歩ずつ後退った。
これは逃げた方がいい。
さっきからそう警報が鳴っているのに、ワンコの真っ直ぐな眼差しが、真剣な表情が、あたしを金縛りにしてるみたいに逃げることが出来ない。


「これでもまだ信じてもらえねぇの?」


腕を掴まれたと思ったら、グイッと引き寄せられてそのままワンコに抱き締められてキスをされた。
全てが一瞬の出来事で、現実味が全くない。


『な、にして』

「オメーが俺の言うことが信じられねーとか言うからだろ?」

『離して!』


ワンコの胸を思いきり押して逃げ出そうとしたけど、力で男の子に敵うわけがない。
逆にワンコに強く抱き寄せられるだけだった。


「信じてくれたか?」

『分かったから!だから離して!!』


力の限り暴れていたら、ワンコの腕の中からは解放されたけど、まだ掴まれた腕は離して貰えなかった。


『あた、し、好きな人がいる、から』

「そんなん関係ねぇよ」

『…』

「俺は欲しいもんは必ず手に入れるって決めてんだ」


断ろうとしたのに、ワンコも断らせてはくれなかった。
いつになく真剣な瞳をしてるワンコが逃がさないって言うみたいにあたしが視線を逸らすのさえ許してはくれない。


『腕、はな、して』

「俺のこと名前で呼んでくれたら、今日は離してやるよ」

『快斗!離してっ!!』


腕を離してもらった途端にあたしは快斗を振り向きもせずに一目散に逃げ出した。

何がどうなってるんだか、さっぱり分からない。
和葉ちゃんのことを好きなはずの服部くんが、あたしのことを好きだと言う。
青子ちゃんにはまだ会ったことがないけど、青子ちゃんのことを好きなはずの快斗まで、あたしのことを好きだと言った。

全部冗談だって言ってくれたらいいのに。
あたしをからかってただけだって、そう言ってくれたら楽なのに、服部くんも快斗も真剣そのものだった。
それが分かったからこそ混乱した。
あたしというイレギュラーな存在が入ってしまったせいで、この世界が変わってしまっている。
それがどうしようもなく怖かった。

蘭に好きな人が出来たって言われた時は素直に応援出来たのに。
新一のキモチを知った時も戸惑いはしたけど、こんな恐怖は味会わなかった。

どうしたらいいか分からなかったあたしは一人部屋で怯えていることしか出来なかった。



(お願いだから、誰か嘘だって言ってよ!)


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