工藤家過保護週間も終わって、やっと自分の部屋に帰れることになった時には正直ほっとした。
工藤家で過ごすのは楽しいけれど、あそこまで日がな一日べったりされると気が休まるヒマもない。
工藤家のあたしの部屋に比べたら小さなあたし本来の部屋に帰っただけで、ここまで落ち着くなんて思っても見なかった。
いつもは工藤家から帰る時には寂しいキモチに襲われてたのに。
ベッドにゴロンと転がって、病室で目が覚めた日に見た夢を思い出していた。
瑠架がいたあの崖は間違いなくあたしがこっちの世界に来た日に夢で出て来た場所だった。
リアル過ぎる夢だったから、潮の香りまで、今でもはっきりと覚えている。
瑠架が言ってた言葉はどういう意味だろう。
あれじゃあ、あたしが向こうの世界で死んだように聞こえる。
でも、あれが夢でなく事実だったとしたら?
あたしは、向こうで自殺をしてこちらの世界に来たってことになるんだろうか?
考えても答えなんて分からないんだけど、どうしても気になってしまう。
♪〜♪〜
自分の世界に浸っていたら、枕元に置いていた携帯が着信を知らせたから思考を一旦止めた。
こんな時間に誰だろう?
ディスプレイを見ると懐かしい名前が表示されていた。
『もしもし?』
「なまえちゃん、倒れたって大丈夫なん!?」
『和葉ちゃん、久しぶりやね。もう大丈夫やで。退院してからも何ともないし』
「せやったら良かったぁー。急に連絡取れへん様になって、どないしたんやろうって思っとったら、倒れて入院しとったってメール来るんやもん。うちビックリして心臓止まるか思うたわ!」
『心配かけてごめんな?』
和葉ちゃんの元気な声が今日は心地いい。
さっきまでブルーな気分に浸っていたせいかもしれない。
「平次なんかなまえちゃんからメールもろうた時、これからなまえちゃんとこ行く!言うて煩かってんで?」
『そうなん?服部くんにも、うちならもう大丈夫やからって伝えといて』
「うん!なまえちゃんの元気な声聞いたらうちも安心したし!」
『あ、そんでな、和葉ちゃんに聞いて欲しい話があんねんけど…』
「え?何?」
和葉ちゃん家に泊まった時に、好きな人が出来たら教えるって約束したのを思い出して、和葉ちゃんにも伝えておくことにした。
服部くんには内緒にしておいてって前置きをしてから。
『うち、好きな人出来てん』
「ホンマに!?どんな人!?」
『ほら、うちがようお世話になってるいう作家先生の話しとったやろ?その息子さんなんやけどな、うちのクラスメートやねん。サッカー部のエースで、勉強も出来て、探偵志望で…うちのことホンマに大事にしてくれんねん』
「なぁ、それってもしかして」
『うん…うちのこと好きらしいねん』
「良かったやん!ほんで?もう付き合うてるん?」
『ううん。なんや知らんけど、うち、告白されるんが怖ーて逃げてしもて…』
「なまえちゃんもその人のこと好きなんやんな?」
『うん…せやから、もうちょっい待ってって言うたんやけど…』
「うちなまえちゃんのこと応援しとるから、なまえちゃんが落ち着くまでその人に待ってもろうたらええって!」
『え?』
「その人もなまえちゃんのこと好きなんやったら、そんくらい待ってくれるって!ほんで、なまえちゃんがもう大丈夫やって思うたら告白受けて付き合うたらええやん!」
待たせてること自体に罪悪感があるんだけど、それでいい、のかな?
「また付き合い出したら、その人と一緒に写メ撮って送ってや!うちもなまえちゃんの好きな人見てみたいし!」
『写メとか恥ずかしいて』
「何言うてんの!平次とプリクラ撮ってんから、大丈夫やって!そんくらいやらんとその人平次に嫉妬するんちゃう?」
『…うちが他の男の子と一緒に居っただけで嫉妬しとったから、あのプリクラ見せたら大変なことになりそうやけどな』
例の予約中とかのバカップルプリクラ…絶対見せられない。
寧ろ、あれを見た後の新一の反応が怖い。
それからしばらくはお互いの近況を報告しあってたんだけど、そういえば和葉ちゃんたちにまだアメリカ行きの話をしてなかったのを思い出して、電話の最後にその話もしてみた。
「あ、アメリカ!?」
『まだお誘い受けただけで、行くとか行かへんとか決めてないんやけどな。うち入院しとったし…とりあえずそういう話があるんやってことだけでも伝えとこ思うて』
「なまえちゃん、ちょお待っとって!すぐ平次に知らせるから!」
『え?うちからまた今度言うからええって…ってもう切れてるし』
なんかすっごい慌てて電話切られたけど…まぁ、夜も遅いし、服部くんから連絡あるとしてもまた明日とか
♪〜♪〜
…早いな、オイ。
ディスプレイを確認するとやっぱり服部くんからだった。
『もしもし?』
「なまえ、アメリカってどーいうことやねん!?」
『せやから、お世話になっとる先生から一緒にアメリカ行かへんかっ』
「そいつがアメリカ行くから言うて、なまえまで行く必要ないやろ?!」
『いや、だからまだお誘いもろうただ』
「俺は絶対に認めへんからな!!」
オイ!人の話は最後まで聞け!!
どうやら随分と興奮しているらしい服部くんは、えらく怒ったようにしばらく一方的に怒鳴り続けていた。
あまりにも大音量で怒鳴られるから、耳が痛くなってしばらく携帯を耳から遠ざけた。
こんだけ離してても聞き取れるって、どんだけ大声で喋ってるんだ。こいつは。
『少しは落ち着いた?まだお誘いもろうたってだけで、誰も行くとは言うてへんで?』
10分くらい経ってやっと静かになった携帯を再び耳に当てて話し出した。
ホントにこれだけ怒鳴り続ける体力はどっから出てくるんだろう。
あたしには絶対無理だ。
「でも、断ったわけでもないんやろ?」
『うん。今考え中やし』
「なぁ、その作家先生がどんだけなまえの世話しとったか知らんけど…」
『何?』
珍しく言葉を半端なところで止めた服部くんに不思議に思って聞いたんだけど、服部くんは中々続きを言おうとしない。
一体何だっていうんだ?
「なまえ、大阪来うへんか?」
『は?』
「こっちやったら、俺や和葉もおるし、俺らの両親かてお前のこと気に入っとったから」
『ちょお待って!何でそんな話になってるん?』
「せやから、なまえがアメリカ行く必要なんかあらへんって話してんねや!」
『話が飛躍し過ぎやて!うち、まだアメリカ行くなんて言うてへんやんか!』
「でも、悩んでんねやろ?」
『…』
そこは否定出来ない。
「俺がずっと傍にいたるから、アメリカ行くなんて考え捨ててまい」
『え?』
「俺、なまえのこと好きやねん。好きなヤツがアメリカなんぞ遠いとこ行くいう話聞いて黙ってられるわけがないやろ?」
『冗談、やんな?』
服部くんがえらく真剣な口調で言うから、冗談に聞こえない。
でも、服部くんは和葉ちゃんのことが好きなはずで…例え今はまだ意識してなくても、これからそうなって行くはずで…あたしを好きだなんてそんなことあるはずが
「阿呆。誰がこんなこと冗談で言うかいな。それにちゃんとお前は俺が予約中やって書いたやろ?」
『あのプリクラのこと…?』
「せや。お前は受け狙いや思うてたみたいやけど…まぁ、他のはあれ誤魔化す為に書いてんけど、あれだけはホンマやで?」
『…』
「せやから、アメリカ行くくらいやったら大阪来いや。なんやったら家に来ても構わへんし。おとんやおかんは俺が説得したるさかい。ええな?」
服部くんは言いたいことだけ一方的に言って、電話を切ってしまった。
服部くんがあたしのことを好き…?
冗談でしょう?
だって、和葉ちゃんと服部くんは高2の頃には両思いなはずで…何がどうなってんの?
また一つ、悩みの種が増えたあたしは頭がパンクしそうだった。
新一の告白を受けるかどうかだけでも、キャパがギリギリだったって言うのに、何でこんなことになってんの!?
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