少しだけ広がった痛いくらいの重たい沈黙を破ったのは携帯のメロディだった。
『新一、鳴ってるよ』
「後でいい」
『家からなら出なよ。こんな時間まで帰って来ないんだから、有希子さんたち心配してるよ?』
「…」
『あたしならもう逃げたりしないから。だから、先生たちからなら出てあげて』
チッと舌打ちをした後にめんどくさげに携帯を取り出せば、やっぱり先生たちからだったらしい。
「んだよ。…今どこかって?なまえん家。大事な話してっから、帰る時また電話するわ。じゃーな」
一方的にそれだけ告げると、新一は終話ボタンを長押しして携帯の電源を切ってしまった。
『有希子さん、心配してたんじゃないの?』
「この話を黙ってた母さんたちが悪ぃんだからいいんだよ」
『そんな言い方、二人に失礼だよ』
「そんなことより、なまえがアメリカ行き悩んでるって聞いたんだけど、本当か?」
二人の心配は“そんなこと”で片付けられてしまうんだ。
二人はあんなに新一を愛してるのに。
それが、何だかとてもショックだった。
あたしがどんなに望んでも手に入れられないものを、新一は初めから持ってるのに。
「父さんたちに遠慮してんなら、気にせず断っちまえよ」
『違うよ』
「あ?」
『遠慮してるのは、ホントについて行ってもいいのかって方だから』
「…」
『アメリカ行きに悩んでるって言うのはホントだけど、そういうこと』
さっきまで不機嫌全開でイラついていた新一が黙ってしまった。
きっとあたしの言葉が新一にとって予想外の言葉だったんだろうと思う、けど。
「…そんなにアメリカに行きてぇのかよ?」
『そういうわけじゃないよ。あたし、海外なんて行ったことないんだから』
「だったら何でだよ!?」
『…怖いんだよ』
「怖い?」
『今まで手を差し伸べてくれてた先生がいなくなるのが怖いの』
「それだけで行ったこともねぇ海外に行きたいって?」
『新一にとったらそれだけって聞こえるんだろうけど、あたしは知らない外国で暮らすことより、先生たちのいない日本で普通に暮らす方が怖い、し、たぶん耐えきれなくなる』
「…」
『夏休みのこと、覚えてる?あたし、たった1週間のお留守番も出来なかったんだよ?』
突き放すようにあたしが自嘲気味に笑えば、さっきまで強く真っ直ぐだった新一の瞳が戸惑った様に揺れた。
『そんなあたしに耐えられるわけないじゃない』
「…俺、や蘭たちじゃ、ダメ、なのかよ?」
『新一も同じこと言うんだね。園子にも言われたよ』
わざと投げやりに言葉を返してる。
動揺してる新一が、あたしを諦めてくれたらいい。
そしたらあたしは、アメリカに行きますって先生に言えるから。
「あの時はあの家に誰もいなかったけど、今回は俺がいるだろ?」
『…』
「父さんの代わりにはなれねぇだろうけど、不安な時は俺がいつでも傍にいてやるよ」
そんなこと言わないで。
優しくしないで。
あたし、は…
「だから、アメリカに行くなんて言うなよ」
苦しそうに表情を歪めた新一の顔が見ていられなくて、顔を背けた。
ら、新一が動くのが視界の端に見えて、このまま今日は帰るのかと思ったのに。
「父さんの代わりに俺が約束する。絶対になまえを一人にしたりしねぇ。置いてったりしねぇから。だから…だからお前も俺を置いて行くなよ」
久しぶりに抱きしめられた新一の腕の中でだんだんと悲し気な声色になる新一の言葉を聞きながら、それに比例して抱きしめられる強さが増すのを感じてた。
まるであたしを離さないとでもいうように。
さっきまで、先生と一緒に居て、確かにアメリカに行きたい気持ちが強くなったはずなのに、また気持ちがぐらついた。
(そして、また、あたしの中で何かが壊れるようなひび割れる音が聞こえた)
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