さっきまで幸せオーラをばら蒔いていた有希子さんまでもが真剣な表情になってあたしを見つめている。
あたし、一体何を言われるんだろう…?
「実は前々から話はあったんだが、アメリカに拠点を移そうと思っていてね」
先生の言葉にごくりと息を呑んだ。
いつか、こうなることは知っていた。
だけど、先生に甘え過ぎて、それが日常になって…覚悟が出来ていなかったらしい。
「もちろん、今すぐどうこうと言う話じゃない。ちなみに息子は日本に残ると言っているが」
そうだ。二人がアメリカに行ってしまって、新一はこの家で一人暮らしを始める。
まだこちらの世界に来て一年も経っていないけれど、原作に少しずつ近づいているんだ。
「なまえ君、君はどうしたい?」
『え?』
何を聞かれたのか、突然の話に動揺している頭では理解出来なかった。
「なまえ君さえよければ、私たちと一緒に来ないかい?」
『えっと…それはさすがにご迷惑じゃあ…?』
先生があたしの傍から居なくなってしまう。
その不安が体中に広がってる中でも、理性はまだ残っていたらしい。
何とか言葉を発することが出来た。
不安に呑み込まれてしまえば、きっと何も言えなくなる。
言うなら、今しかない。
「私はなまえ君を置いて一人にしないと約束をした。迷惑だなんて思っていないさ」
『え、っと…』
「なまえちゃんが向こうの生活に慣れるまでのフォローは優作と私が全力でするわ」
「私たちの娘として、一緒に来る気はあるかい?」
二人とも真剣なのはよく分かった。
何よりこの部屋を包むこの雰囲気が冗談でも何でもないことを物語っている。
でも、直ぐに結論なんて出せるわけがない。
「答えは急がなくていい。2年生に上がるまで数ヶ月、じっくりと考えてくれて構わない。なまえ君が後悔しない道を見つけてくれれば、私たちはそれで構わないんだ」
「急になまえちゃんを混乱させるようなことを言ってごめんなさいね?でも、あたしも優作もなまえちゃんを一人日本に残していくのが心配なの」
いつ移動したのか、有希子さんはいつもと違って優しく包み込むようにあたしを抱き締めてくれた。
たった1週間の先生たちの家族旅行に耐えきれなかったあたしが、先生たちがいなくなった日本で普通に生活出来るのだろうか?
答えなんてもう見えてる気がした。
先生に甘え過ぎて、頼り過ぎてるあたしには、きっと慣れない海外生活より、先生たちのいない日常に耐えきれなくなる、と。
だけど、今ここで結論を出すことに躊躇っている心がほんの僅かだけど、心の何処かに確かにある。
『…少し、考えさせてもらっていいですか?』
「もちろんだとも。さっきも言ったが、答えは急がなくていいんだ。今は混乱しているだろうから、落ち着いてゆっくり考えてくれればいい」
日本に残ってみて、ダメなようなら私たちのところに来るという手もあるんだからね、とあたしの大好きな先生の大きな手があたしを撫でると、いつも感じる安心感と共にこれを失う恐怖があたしを襲った。
あたしは先生がいなくても普段通りに生活出来る程、強くはない。
それはあたし自身が一番自覚してる。
甘え過ぎたあたしの失態だ。
(だから、近づき過ぎるのは嫌だったのに)
(いつだって、あたしの大切な人はあたしを置いて行くんだ)
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