翌日、無事に園子にお菓子を手渡して、いつものオーバーリアクションをいただいてから、先生の家へと向かった。
『おじゃ「なまえちゃーん!いらっしゃーい!!!」ゆ、有希、子さ』
「最近、全っ然なまえちゃん家に来てくれないんだもん!あたし、寂しかったのよ?」
そんなに期間空いてたか?
あー、そういえば最近は先生との喫茶店デートが多かったかもしれない。
つまりは、ヤキモチ?
「さぁ、上がって上がって!」
『お邪魔します』
あたしがリビングに入る頃にはキッチンから有希子さんの悲鳴にも似た叫び声が屋敷中に響き渡った。何!?
「なまえちゃん!あれもなまえちゃんの手作りなの!?」
『え?はい。美味しそうな紅玉があったので作って来たんですが…何か?』
「あたし、アップサイドダウン大好きなの!ありがとう!!」
キッチンから飛び出して来た有希子さんはまだ興奮してるのか、またあたしをむぎゅーっと抱きしめてくれた。
あれ、有希子さんの好物だったのか。
それは知らなかった。
『そうなんですか?それは良かったです。でも、あれアップサイドダウンとタルト・タタンのアレンジですよ?』
「どっちも大好きだから大丈夫よ!もう嬉しくていーっぱい写真撮っちゃった♪」
あたしを解放した有希子さんは、デジカメを片手にさっき撮った画像でも確認しているのか、踊り出しそうなくらいにテンションが高かった。
軽くステップを踏みながらキッチンに戻るくらいには。
あたしのお菓子一つであれだけ機嫌が良くなってくれるなんて嬉しい限りだけど、また新一から文句を言われそうな気がする。
「何やら有希子の叫び声が聞こえた気がしたんだが、何かあったのかい?」
『あ、先生。お邪魔してます。実は、今回作ってきたケーキが有希子さんの好きな物だったみたいで、有希子さん、随分とテンションが高いんですよ』
「そうか」
きっと何かあったと思って来てくれたんであろう先生は、あたしの言葉を聞くと安堵の息を吐いた。
そりゃあ、あんな叫び声が聞こえたら普通何事かと思うよね。
「優作、ちょうど良かったわ!珈琲淹れて頂戴!早くなまえちゃんのケーキを食べたいのよ!」
これ以上待ちきれない!といった有希子さんの幸せいっぱいの表情を見て、ホントに何もなかったらしいと先生は安心したらしい。
こういうお互いを思いあってるのがありありと伝わるこの二人のやり取りを見てると何だかちょっと羨ましくなる。
あたしもいつか、こんな風にいつまでも幸せ絶頂な恋人みたいな関係を作ることが出来るのかな?
…その前に彼氏作れって話だね。
「んーっ!やっぱりなまえちゃんの作るお菓子は格別ね!今まで食べたどのケーキよりも美味しいわ!」
『ありがとうございます。喜んでいただけて良かったです』
一口食べる度にとろけそうなくらいの幸せオーラを振り撒いている有希子さんに、これにして正解だったな。なんて思いながら、珈琲を口に含んだ。
「なまえ君はいろんな国のお菓子を知っているんだね」
『知識だけですよ。海外に行ったことがないので、本場のお菓子は食べたことがないんです』
「それなら、本場に行ってみる気はないかい?」
『え?』
思わず先生の顔を凝視してしまったけど、冗談で言っている感じではない。
でも、どういう意味なのかが分からなかった。
「実は今日はこの話をしようと思って呼んだんだよ」
先生の真剣な表情にあたしの体が凍りつくのが分かった。
何か、聞きたくないことを言われるんだって、直感が告げている。
(出来ることなら、聞きたくない。なんて言えるはずもないんだけど)
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