学校帰り、秋庭さんと出会ったあの河原に来てみた。
まだ昼間は残暑が厳しいけれど、夕方になれば涼しい風が吹く。
学校で最近全然落ち着けないから、癒しを求めてここへ来るようになったのだ。
赤く揺れる水面を見ながら、すぅっと息を吸い込んで、体を震わせるように歌を唄う。
この瞬間だけは何も考えなくて済むから好きだ。
今日もいつものように2、3曲歌ったら帰ろうと思っていたのに、1曲歌い終わったところで拍手が聞こえて思わず振り返った。
「キレーな歌声だな!」
『ど、どうも』
知らない学生服を着た男の子が人懐っこい笑みを浮かべてこっちへと近づいて来る。
え?何?
「なぁ、リクエストしてもいいか?」
『リクエスト?』
「さっきのアニメの曲だろ?俺もあの人の曲好きなんだよ。だからリクエスト!」
知らなかった。
向こうでの曲なんて無効だとばかり思ってたのに、こっちでも放映されてたのか。
ホント、何でもアリだな。
この世界。
それとも向こうもこっちもたいして変わりがないってことか?
「ダメか?」
しゅんと項垂れた男の子を見て、慌てて自分の世界から思考を戻した。
『あ、たしの知ってる曲なら、いい、よ?』
何で引き受けたのかあたしでも分からないけど、何となく断るのは気が引けた。
正直、歌い足りなかったってのが一番かもしれないけど。
ワンちゃんのような男の子はあたしの返事を聞くと尻尾を振って喜んだ。ように見えた。
『あ、その曲なら知ってるから大丈夫』
「マジで!?」
『じゃあ歌うね?』
「あ、ちょっと待った!」
どうしたんだろうと思っていたら、あたしの直ぐ隣に座って「いいぜ?」って言われた。
どうやら聞く準備をしてくれていたらしい。
そんな改まって聴かれると、なんか恥ずかしいんだけどな。
あたしは出来るだけワンちゃんのことを気にかけない為にも、遠くの水面を眺めながら歌い出した。
もう歌い始めたら、そこはあたしだけの世界で、自分の想いを吐き出すように歌うだけだった。
ワンちゃんの存在を思い出したのは歌い終わって拍手を貰ってから。
ヤバイ。まさか本気で観客がいるのを忘れるとは思わなかった。
「スゲェ!スゲェ!」
『あ、りがと?』
何をそんなに興奮してるのか知らないが、このワンコ、瞳がキラキラしてる。
どうしよう?もう関わらない為にも今日は帰るか?
懐かれて捨て犬みたいに家まで着いて来られても困るし。
「なぁ、アニメは違うんだけど俺この曲も好きなんだよ!」
『あ、それあたしの好きな曲』
「マジで!?歌って歌って!!」
しまった…。
何で条件反射的に答えてしまったんだ。
またワンコのシッポの幻影がっ!
一度ワンコから視線を外して、もう一度ワンコを見るといつでもどうぞ!と言わんばかりに寛いでいた。
自由だな、オイ。
正面を向き直すとあたしは諦めてリクエストされた曲を歌うことにした。
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