結局、鍵を返すタイミングを失ってしまったあたしは、先生に頂いた鍵を片手に帰り道を歩いていた。
どう考えても家主がいないのに上がり込むなんて、失礼でしかないと思うんだけど。
そんなことを考えていたら、思考を遮るように携帯が鳴った。
『はい、もしもし?』
「なまえちゃん!お土産ありがとねっ!」
『有希子さんでしたか。いえ、つまらないものですが』
「もうっ!なまえちゃんのそのキモチが嬉しいんだからいいのよっ!!」
『ありがとうございます。何だか今日の有希子さんご機嫌ですね?』
「だってなまえちゃん、また家に来てくれるんでしょう?」
『…はい?』
「あら?優作から、やっとなまえちゃんに合鍵を渡せたって聞いたんだけど…違った?」
『いえ、確かに鍵は頂きましたけど…』
というか、話題を軽く逸らされて、気が付いたら返すタイミングを失ってたってだけですが。
「私たちが旅行に行ってる間、家で暮らすんじゃないの?」
『でも、そんなことしたら失礼じゃありませんか?』
「何言ってるの!自分のお家に帰るのが失礼だなんて、誰もそんなこと言わないわよ!」
ああ、もう。
この夫婦には本当に敵わない。
何かまた泣いちゃいそうな気がするよ。
「それでね、なまえちゃんにお願いがあるの!」
『お願いですか?何でしょう?』
「私たちがいない間、このお家のお掃除とかお願い出来る?」
『はい、大丈夫ですよ』
「やった!じゃあ、やっぱり家で過ごしてくれるのね!?」
しまった。
有希子さんのペースに巻き込まれてついつい返事をしてしまった。
これは何が何でもあたしをあの家に招き入れたいんだな。
「でね、なまえちゃんのお部屋、ちょっと荷物を増やしたんだけど、まだ足りないモノとかあったら大変だから、明日家に来てくれないかしら?」
『明日、ですか?』
「そう!急でごめんなさいね?明後日の朝には出かけちゃうから、その前にって思って。明日のお昼なら、新一も部活でいないし、ね?」
『分かりました。じゃあ明日お伺いしますね』
「じゃあ明日は久しぶりに一緒にお昼ご飯食べましょうね!」
どうやら有希子さんも先生も、あたしが工藤くんがいない時じゃないと工藤邸に行かないと勘違いしてるらしい。
別にそんなつもりはないんだけど…工藤くん、二人に責められてたらごめんなさい。
有希子さんの楽しげな声を聞きながら、あたししかいない部屋の玄関の扉を開けた。
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