なく児と百千鳥の唄 序幕 | ナノ

なく児と百千鳥の唄 序幕










気が付いたら、僕はここに居た。


目の前には、何人かの大人がいた。
でも、みんな僕に背を向けていた。

広い部屋の中、一つだけ敷かれた布団を、みんなで囲んでいた。
そこには、誰かが横になっていた。

眠っている、みたいだった。



何故かは分からないけれど、みんな俯いていた。

悲しいことでもあったのかな。
みんなの顔は見えなかったけれど、みんなの背中が寂しそうだった。


僕が近づいても、みんなの周りを歩いてみても、隣に座ってみても。
誰も僕に気付いてくれなかった。

みんなの背中は、ずっと寂しそうだった。
僕も、寂しくなった。



誰も、僕に気付いてくれないから、僕は外へ出た。

外に出れば、寂しくない人がいるかもしれないと思ったから。
僕も、寂しくなくなるかもしれないと思ったから。






でも、やっぱり僕は寂しかった。



外には、たくさん人がいた。
大人も、僕みたいな子供も。


でも、誰も僕に気付いてくれなかった。

僕が近づいても、みんなの周りを歩いてみても、隣に並んでみても。
みんなの後ろ姿は寂しそうではなかったけれど。
その分、僕はさっきより寂しくなった。







お日様の光が、熱かった。
眩しくて、熱くて。
何故だか、焼けてしまいそうだと思った。
だから、日陰を選んで歩いた。


何処にいけば僕は寂しくなくなるのか考えていたら、何かが聞こえてきた。




鳥の声だ。

鳥が、歌っている。


僕は、歌う鳥を探した。
僕を置いて、何処かへ行ってしまわないように。
途切れ途切れに聞こえる鳥の唄を追いかけた。









鳥は何処にもいなかった。

代わりに、男の人がいた。




僕は、お日様の光を浴びないよう、建物の影が途切れるところで足をとめた。

その人は、誰もいない道端に腰掛けて、何かを銜えていた。
それは、よく見ると、竹で出来た小さな筒みたいな形をしていた。
筒の周りに、いくつかの小さな穴が開いていた。



その人は、筒を銜えたまま、少し空を見上げた。
すうっと、息を吸った。


鳥が歌い出した。
僕が聞いた、鳥の唄だった。

でも、ここにいるのは、僕とその男の人だけだった。



その人が筒から口を離すと、唄もまた聞こえなくなった。
もう一度、息を吸った。
また、見えない鳥が歌い始めた。


今度は、それだけじゃなかった。





筒にあいた小さな穴から、小さな鳥たちが飛び出してきた。

桃や深緋色、若草に、露草。
一羽一羽、色が違う。

音に合わせて宙に飛び、唄に合わせて空を舞う。
くるくる飛び回って、唄が終わると一緒に消えた。


その人は、何度も何度も息を吸った。
そして、何度も何度も、見えない鳥が歌って、小さな鳥が飛んでは消えた。


僕は、それをずっと見ていた。









「これが聞こえるか?」

初めて、見えない鳥以外の声が聞こえた。

男の人は、筒を口から離して、片手に持っていた。
僕のいる影の方を見て、僕のいる影の方に、筒を持った手を振っていた。


僕は、頷いてみた。



「こいつらも見えてるのか?」

男の人が筒を銜えた。
見えない鳥の唄と、小さな鳥たちが踊った。


僕は、それらが消えるまで目で追ってから、また頷いてみた。



「そうか」

男の人は、笑った。

僕がいる方を見て、僕が頷いたのを見て。
嬉しそうに笑った。

僕も、少し嬉しくなった。





「これな」

「町の子供たちにあげる約束をして、幾つか同じものを作ってみたんだが
どうも、この一つだけ他と違った仕上がりになっちゃってな。
この笛から出る音も、この鳥も、他の子等には聞こえないし、見えないんだ」

「綺麗なのになぁ」


男の人は、そう言ってまた筒を、笛を銜えた。

ここらで一番高い屋根の、もっともっと高くまで届きそうな、澄んだ音。
色とりどりの小さな鳥たちは、お日様の光に少し透けて、キラキラ光りながら飛んで、消えた。



きれいなのに、なぁ。







「これ、気に入ってくれたか?」

僕は頷いた。



「じゃあ」

男の人は、笛を持った手を僕の方へ向けた。
大きな手のひらの上に乗った笛が、ころりと転がった。



「あげるよ」

僕は、僕に向かって開かれた手のひらを、その上の笛を見た。
どうすればいいのかよくわからなくて、それをじっと見ていた。


動かない僕を見て、男の人は立ち上がった。

こっちに向かって歩いてくる。
僕が立っている影の手前まで来て、また手と笛を差し出した。
大きくて、綺麗な手のひらの上に、竹で作られた、小さな笛が乗っていた。

よく見ると、小さく鶯の絵が掘り込まれていた。
朱色の墨を刷り込まれたそれは、あの小さな鳥たちのようだった。



「嬉しそうに聞いてくれたのが嬉しかったから、そのお礼に。大切にしてくれるか?」

僕は、笛を受け取った。
両手で持って、きゅっと握って、頷いた。

笛がなくなった男の人の手のひらは、僕の頭の上にのった。
わしゃりと、僕の髪が音を立てた。




「じゃあ」

僕の頭から、手が離れていく。
僕は、両手の中の笛を見つめていた。



「またな」

男の人は、いなくなった。












僕は、駆け出していた。
元来た道を、急いで戻っていた。
息切れする程駆けて。
そして、ゆっくり止まった。



息が落ち着いてきたら、僕はまた歩き出した。
笛を、銜えてみた。
あの人の真似をして、息を吸った。
胸いっぱいまで、吸った。

けれど、鳥は歌ってくれなかった。



苦しくなってきて、はっと息をはいたら、短く音が鳴った。

もう一度、いっぱいまで息を吸って、今度はゆっくりはき出してみた。
少し弱々しくて、途切れがちな唄が聞こえた。
あの男の人のように、長く澄んだ、綺麗な唄にはならなかった。



歩きながら、何度も吸ってはいてを繰り返して、練習した。
少しずつ、見えない鳥は歌ってくれるようになってきた。
小さな鳥たちも、出てきてくれた。


翡翠色の小さな鳥が一羽、笛の先にとまって、僕を見上げて、首を傾げた。
他の鳥たちと同じように、空へ飛び立とうとして。
僕は、思わず笛から口を離してしまった。

飛び立つ寸前だった小さな鳥は、羽を広げた格好のまま、空中へと溶けていった。


僕は、何故だかまた、寂しくなった。







僕は、笛を吹き続けた。

僕とあの男の人以外にも、この唄が聞こえる人がいるかもしれないと思って。
もしかしたら、何処かに行ったあの人にも、聞こえるかもしれないと思って。

でも、誰も僕のところには来てくれなかった。



僕は、初めの場所へ帰ってきた。

寂しそうな背中の大人たちはいなくなっていた。
布団も、そこに眠っていた人も、いなくなっていた。



部屋の隅に、手毬や、けん玉や、人形が転がっていた。
僕は、そこに座った。

玩具に囲まれて、また、笛を吹いた。
誰かに、聞こえないかな。
そう思って吹いた。





急に、見えない鳥の唄が聞こえなくなった。

僕は、まだ息をはいているのに。
僕の頭上を舞っていた小さな鳥たちも、消えていた。

翡翠色の鳥が、一羽だけ残っていた。
さっきと同じように、その鳥が、笛の先にとまろうとした。



何処からかのびてきた、真黒な手が、それを握り潰した。




「ミ ツ ケ タ」




頭の中に、声が響いた。

気が付いたら、辺りは真っ暗になっていた。










あとがき
プロローグ的な。
今回のお話のメインとなる子と、このシリーズのメインとなる人の初対面です。

管理人の癖で、表現が長ったらしく分かりにくい部分があるかもしれませんが、ご了承下さい。(日々改善努力中でございますm(_ _)m)
少しでも続きを気にして頂けたのなら、嬉しいです。




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