面倒な奴ら 1 | ナノ

面倒な奴等

《10000hit感謝企画》








*このお話は、『八方塞の恋』と各キャラの設定を同じくしています。
時間軸としては、本編の未来のつもりです。
…が、今後の本編の進行具合によってはIFストーリーになってしまう可能性があるので、本編とは別物として読んで頂いた方が良いかもしれません。
不快を覚えられる方は、そっとスルーでお願いいたします。



















「「文次郎に彼女!?」」

昼食時の賑やかな教室内に、仙蔵・小平太の声が響いた。





「何だその情報は?何処からのデマだ。あの無骨で無愛想で暑苦しい筋肉男に彼女だと?どうせ嘘ならもう少し信憑性のあるものにすればいいものを」

端整なその顔立ちに、呆れたような、嘲笑のような笑みを浮かべ仙蔵が言う。
それは知己である文次郎をからかって遊ぶ普段と何ら変わりがないように見えたが、その内心はたった今自分達が耳にし、声に出して反芻してしまった言葉を打ち消そうと必死だった。



「…後輩が、連れ立って歩いているのを見たと言っていた。…それに、彼女とは言っていない。…文次郎が、女性と歩いていた、と」

皆の視線の集中を受けながら、周囲の喧騒に紛れかき消されてしまいそうな程の声量で長次が訂正する。
大きく厳しい体格に似合わず、綺麗に敷き詰められた色鮮やかなおかずの並ぶ弁当箱を花柄の敷き布と共にちょんと膝に乗せ、静かな箸使いで口元へと運んでいくその姿は、自身の発言が周囲にどれ程の動揺を与えたか理解しているのかいないのか、気の抜ける程に普段どおりであった。



「何で?どうして?文次郎、女の子嫌いなのに?」

自分の分の昼食を当に食べ終え暇を持て余していた小平太は、その話も気になるが、隣に座る長次の弁当の残りも気になってしょうがないと、ガタガタと椅子を揺らして騒いでいた。


「それに文次郎にはもういるじゃん『相手』。もしかして文次郎、二股しt…」

空気を読まない小平太がさらりと口にしようとした言葉を、とっさに仙蔵は大きく開いたままだったその口に自身が手にしていた菓子パンを詰め込み黙らせる。



しかしそれは僅かに間に合わず。
『二股』という爆弾は小平太の口から毀れ出し、先程から一言も発さず、ぴくりとも動かなかった残りの二人の耳へと届いてしまった。


ひやりと。
周囲の温度が幾度か下がった、ような気がした。

実際にはそんな筈はない。
ないのだが確かに、仙蔵は自身の制服の下で肌が鳥肌立つかのような寒気と、同時に背筋を流れる汗を感じた。


「あー…、留三郎?大丈夫か?」

「ほめひゃーん?ほうしはの?(訳:留ちゃーん?どうしたの?)」

らしくもなく冷や汗を浮かべた仙蔵と、喉を突き刺す勢いで押し込まれた菓子パンをもりもりと咀嚼している小平太が、自身の弁当に箸をつけたまま完全に動きの止まっている留三郎を覗き込んだ。
しかし、動きと共に思考までも停止してしまっているらしい留三郎は、二人の呼び掛けに気付かなかった。



メキリ

二人が敢えて声を掛けなかった冷気の発生源。固まる留三郎の隣から、何とも鈍い音が聞こえた。
恐る恐る音の方へと目を向ければ、にこりと、淡い桃色の愛らしい唇を弧に歪めた伊作のその手の中で、弁当箱と揃いの色の小振りな箸が妙な方向へと折れ曲がっていた。



「「…」」

ごくりと、仙蔵が息を飲み、小平太がパンを飲み込む。

二人の頭の中で、その哀れな箸の姿が、この場にいない最後の一人の未来の姿に重なった。














数日後のある日。

老若男女様々な人々が行き交う、高校付近のモール街で。
休日にも関わらず何故か制服姿の文次郎が、一件の書籍店の前で佇んでいた。

季節は春に向かい始めた晩冬。
比較的に暖かい日も増えてきたが、曇ったり晴れたり、降ったり止んだりを繰り返す不安定な空模様と、時折思い出したかのように雨に混じる牡丹雪など、未だ残寒強く、道行く人々には風がすり抜ける隙間も無いようきっちりと着込んだ姿が多かった。

それなのに、そんな中で一人何かを、誰かを待つかのように佇む文次郎といえば、学校指定のブレザーの中にカーキー色のセーターを着込んだだけで、後はそれで本当に寒風を凌げているのかと問い質したくなる程大味に首元に巻かれたマフラーしか身に纏う防寒具の類はない。





「…あの阿呆め…。何だあの格好は…?傍から見ているだけで寒々しい…、忌々しい…。そんなに熱が余っているのなら、いっそ街中を走り回って発散していつものようにギンギンして、局地的温暖化に協力しろ。人間発熱機になれ。持ち前の暑苦しさで少しでも私を含む住人達の役に立て」

そんな文次郎の様子を、数件離れた店の外壁の影に隠れて伺う私服の仙蔵は、文次郎の倍以上は分厚く衣類を着込んでいるにも関わらず、ブルブルと寒さに震えながら、ブツブツとかなり一方的で無理のある文句を呟いていた。



「なんだ、仙ちゃん寒いのか。私が温めてやろうか?」

ひょこりと仙蔵の背後から顔を出した小平太が、何とも男前な提案をする。



「拒否する。近付くな。触るな。視界に入るな。今のお前の姿を見たら私の中の概念が崩壊する」

しかし、仙蔵は小平太なりの好意からの提案を間髪居れずに跳ね除けた。



「酷いなぁ、そんなばっさり」

「ならばせめて襟元を締めろ。防寒具を付けろ」

二重三重に服を重ね着し各種防寒装備もばっちりな仙蔵に比べ、小平太は普段部活や運動時などに愛用している私用のジャージ一枚だった。
通気性に優れるその素材は、防寒とは間逆の効果を発揮している筈だ。


「だって暑いんだもん。私はこれくらいで丁度いい」

「ならばそのままそこにいろ。決して私の前に出るな。お前のその姿を視界に入れるくらいなら、あちらの阿呆を観察していた方が未だマシだ」

寒さのせいか、自分以外の二人の異常なまでの軽装のせいか、仙蔵の弁はいつもよりも若干刺々しい。
仙蔵の扱いに慣れた文次郎ならば、ここらで早々に根をあげて口を噤む。
毒舌合戦で勝てる見込みはないからだ。


だが、ただその場その場で思ったことを口にしているだけの小平太に、弁舌での勝敗などは関係ない。

「仙ちゃんもさ、もう少し肉つければいいんだよ。女子とそんなに体重変わらないんでしょ?もりもり食べてドンドン動けば、す〜ぐ温かくなるのに。今度文次郎と長次と一緒にランニングしようよ」

ほんのりと朱に染まった頬を持ち上げ、小平太が笑う。

仙蔵の寒さに対する耐性の低さは、肉体労働よりも頭脳労働を好むことからの運動不足、そして並みの女性以上の食の細さからくる全体的な脂肪不足のせいだ。
それを補う為に厚着をして、それでも足りないというのならば、食べるか動くかするしかない。その意見は一見至極真っ当なものである。



「結構だ。やるなら一人でやる。お前や長次と共に走るなど…」

だが、やはり仙蔵は断る。
体力馬鹿の小平太とそれに平然と付き合う長次と共にやるランニングなど何処の地獄までの片道特急だ…と、更に顔を青褪めさせて。
あの文次郎でさえボロボロになりながらも漸く付いていける距離の、いっそフルマラソンに近いそれを普通ランニングとは言わない。
そんなものに、典型的な文系青年の仙蔵が付いて行ける筈も無い。





「…というかお前、今ジャージを着ているのはこれからランニングにいくつもりだからなのか?」

今日、貴重な休日を潰してまでわざわざこんな寒い中に屋外での集合を呼びかけた意味を理解していないのかと、仙蔵の顔つきが険しくなる。


「もう済ませてきたよ。だって今日はびこうするんでしょ、文次郎を」

「ひらがな口調で言うな。尾行だ、尾行」

「探偵ごっこみたいで面白そうだけどさ〜、いつ来るのかな?本当に待ち合わせしてるの?」

「それに関しては間違いない。奴は今日、間違いなく誰かとあそこで待ち合わせをしている。時間ももうそろそろだ」

「何で分かるの?」

「調べた」

「どうやって?」

「知りたいか?」

「やっぱいい」


直感によって好奇心を抑え込んだ小平太は、後頭部で手を組み天を仰いだ。


「あ〜あ、早く長次たちも、文次郎の『浮気相手』も来ないかな〜」














今日、このような寒空の中。
折角の休日を潰してまで仙蔵が皆を集めたのは、先程発言した通り、文次郎を尾行するためだ。

何故そんなことをするのか。
それは勿論、先日長次から持ち込まれた衝撃情報、『文次郎、女性と密会疑惑』を検証する為だ。




文次郎をよく知る幼馴染兼悪友の仙蔵たちは、そんなものはデマか、何かの見間違いであろうと論ずるまでもなく確信していた。

そう言い切れる一つ目の理由。
それは、文次郎の女性恐怖症だ。


幼少期のある出来事により心身に刻まれた女性そのものに対するトラウマ。
それにより、事件の起こった幼少の砌から高校入学時まで、文次郎は家族以外の女性とは、話すことも、触れることも、近付くことも、時には視線を向けることすら出来ず、嫌い、避けていた。

恐らく、そんな文次郎が何の弊害も無く接することが出来る女性というのは、未だ男女の差異がはっきりと身体に現れていない幼少の女児か、生きた年月の分だけの年輪を皺として身体に刻み、男女の差異を超え、穏やかに余生を過ごす老婦人達くらいであろう。

誤解がないよう予め訂正しておくが、決して、文次郎の嗜好がその二つのゾーンにあると言っている訳ではない。




話を元に戻して。

文次郎は女性恐怖症である。だから、女性と連れ立って二人だけで出歩くことなどある筈がない。
と、恐怖症が最も酷かった高校入学初期であれば、その理由だけで結論に結び付けて良かった。

けれど、今現在は少しばかり話が違った。
その症状は近頃、男ばかりの幼馴染兼悪友達の中に、高校入学後間もなく加わった二人組みの内一人である『善法寺伊作』の尽力により、多少の改善を見せていたからだ。


『伊作』というその古風な男児の名に似合わず、華奢で可憐で愛らしい。紛うこと無き現役女子高校生である伊作の半強制的な指導と監修により、高校二年の終わり、間もなく三年へと進級する現在、文次郎の女性への拒絶反応は以前に比べ薄れていた。

自発的に接することは未だ避けているようだが、少しであれば会話を交わしたり、視線を合わせる等の最低限のコミュニケーションくらいは取れるようになった。

それはあくまで最低限であり、同世代一般のコミュニケーション能力の基準にはまだまだ及ばない。入学式当日から積み重ね定着してしまった文次郎自身の負のイメージも拭えていない。

それでも、女子生徒と僅かながらも接する文次郎の姿というのは以前に比べれば格段に増えたし、当の伊作に限定すれば、隣に並び立ち自然に会話をすることも、意見や言葉をぶつけ合うことだって可能だった。
(但しこれに関してのみは、この二年弱の間に文次郎が伊作を、女性として認知しなくなったが故という可能性もあったが)


それを踏まえれば、先日の長次の後輩からの目撃情報も、デマか見間違いであると切り捨てることは出来ない。
もしかしたならば、恐怖症が僅かながらも抑制され漸く春を向かえた文次郎が異性との交遊を求め、早速その相手を捕まえてきたのではないかと疑うことも出来るからだ。





けれど、仙蔵たちはそれでもありえないと首を振る。

先程『半強制的な指導』と言った通り、伊作からの指導は文次郎の意思ではなかった。勿論文次郎の恐怖症を知る幼馴染達から伊作へと協力を要請したわけでもない。
全ては伊作自身が、自主的に名乗りを上げて実行したのだ。

そしてそれも、本来の目的は文次郎の恐怖症を緩和させることではなかった。
伊作が目的としていたのは、先の言葉に続けた『監修』の方であり、その為に周囲に近付くようになったことが必然的に、文次郎を異性に慣れされる特訓になったのだ。


では、何故伊作が文次郎を監修…、いや監視をしていたか。
それは、仙蔵たちが首を振って目撃情報を否定する、二つ目の理由と同じであった。



文次郎には、既に想いを寄せる相手がいた。
そしてその相手も文次郎の想いを受け入れている。

つまりは、両想いで、交際している相手がいるのだ。



おかしいだろうと、首を捻るかもしれない。
女性恐怖症の文次郎が、漸く女性に免疫を付け始めてきた文次郎が、一体どうやって異性に恋情を抱き、想いを告げ、交際に至るというのか。

再び、誤解がないよう予め訂正しておくが、相手は決して幼女でも、老婆でも、ましてや唯一女性でありながら文次郎がまともに接することの出来る善法寺伊作でもない。特に最後の選択肢だけは、絶対に無い。


ならば何故?誰と?どうやって?

この疑問を解消するのは、実は簡単だ。
相手は、女性ではない。ただそれだけのことだ





再々度予めに打ち訂正させて頂くが、文次郎は男が好きなわけではない。
偶々、好いた相手が男だったのだ。

恐怖症の影響が多少なりとも無かったとは言わない。
どのようにして想いを抱いたか、自覚をしたか、そして告げたのかは、ここでは説明し切れない。

只、傍から見ている者にとっては時に腹立つ程に歯痒く、呆れる程にもどかしく、見離したくなる程に緩慢に。周囲からの多大なサポートを受けて、一年以上の一方通行期間を経て、漸く現在の形に落ち着いたのだということだけは先に記しておく。





随分と遠回りな説明をしてしまったが、つまり仙蔵たちが先の目撃情報を否定する二つ目の理由とするのは

『あれ程自分達の手を煩わせストレスを与え続けておいて(それと同量以上の笑いとネタをも提供してもらった事は一旦置いておき)、まさか今更心変わりなどある筈がないな』

という信頼のような、ある種の脅迫のようなものだった。








あとがき
タイトルセンスが欲しいです。

好き勝手に書いていきます。
…見放さずに付いてきて頂けると嬉しいです。


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