死よりも強く痕を残す 1 | ナノ

よりも強く痕を残す

《10000hit感謝企画》









同級生が一人、死んだ。





それは、俺達が四年生に上がってすぐの実技試験でのことだった。

今までの、多人数での団体行動を義務付けられ、教員の引率付で危険度も低かった教科書的な実技授業とは違う。
学級毎に二ないし三人組の少数の班を組み、教員のサポートは最小限、各々の得意とする忍具や仕込み武器などを装備し、入念な打ち合わせの元、実際の戦場や各地の城に指令を受け送り込まれるという、学園に入学して初となる、本格的な実戦試験だった。



はっきり言って、それは選別の試験であった。
今までの実技とは難易度の桁が違う。
忍びの卵として下級生の三年間で身に付けてきた基礎知識、技術がどれだけ根付いているかを実戦の中で確かめる。そして、本物の忍びとして世に出る為の上級生としての三年間を乗り越えることが出来るか心身の適正を見定める。
その為に、丁度中間の区切りである四年生の初期に、生徒達は敢えて難しい任務へと送り出されるのだ。

勿論、この試験で不可を受けたからといって強制的に退校に追い込まれる訳ではなかった。
本人の希望さえあれば補習を受け、そのまま学年を続行することは出来る。
けれどそうする者は例年極僅かで、不可を受けた者の殆どは自ら退校届けを提出する。

何故ならば、この試験で合否を下すのは教員達だけではないからだ。





入学金さえ用意できれば誰でも入学することが出来る忍術学園で、この四年初期の実技試験は、裏の、若しくは真の入学試験とも言えるのかもしれない。

ここから先は加速度的に授業と試験の難易度は上がる。
生死の保障さえ絶対のものではなくなる。
実際に誰かの命を刈り取ることも多々ある。
任務の為に、生き抜く為に必要なあらゆる手段を学ぶことになる。

『殺すことが、殺されることが、傷付くことが、傷付けられることが、憎まれることが、騙すことが、偽ることが、汚れることが』

『恐ろしい、耐えられない、嫌だ、逃げたい、何故、どうして、自分が』

そういった人としての感情を殺さず保ち続けたままに、けれど時には人の道を外れ畜生道を歩み、己の手を汚しながらも任務を全うする苦しみに耐えることが出来るのか。
忍びとしてこの世の中で生きていく覚悟があるのか。

それをこの初めての実戦試験の中で、導く立場である教員達と、歩みを進める生徒達自身が問いかけ、見定め、そして思い知る。








俺達はみな、誰に説明される訳でもなくそれを理解していた。
試験を乗り越え変化した先輩方を間近で見ていたからだ。

初めから辞退を申し出ることも許可されていた。
けれどそうする者は皆無だった。

皆が固い決意でもって進級したのだ。
自らふるいにも飛び込まず、こぼれ落ちる訳にはいかなかった。


それに、始終付き添わないというだけで教員の手助けは皆無ではない。
本当に危険な状況に陥ってしまった際には、監督の教員が試験中断の判断を下し救助に入る。

それでも、少しでも気を抜けば怪我くらいでは済まない。
試験で不可を取ることは、己が忍者としては使えない、必要ないと言い渡されると同義だった。

試験前の生徒達は知恵と知識を振り絞り、手筈を確認し合い、あらゆる事態に心身を構えさせる。そうして、再び皆がこの学び舎で対面し合えることを願い、学園を出るのだ。








しかし、それは適わなかった。
最悪な形で、生徒が一人学園を去った。

俺は、どんな経緯でその生徒が命を落としたのかは知らない。様々に噂や推測は立てられた。けれど、何が真実であるのかは誰にも分からなかった。

唯一それを知るのは、事態の収拾を行い口を閉ざした教員達。
そして同じ学級、同じ班としてその生徒と共に任務に就いていた

食満留三郎だけだった。












その日。
試験を終えた生徒達が続々と学園に帰って来ていた。
程度の大小はあれど、殆どの者が傷を負っていた。
緊急の治療を要する者は保健室へ。そうでない生徒達は互いの任務内容には触れずに、それぞれの健闘と無事の帰還を労い、試験の合否について検討を行っていた。


俺と、他班であった仙蔵は、比較的早い段階で学園へと帰還した。
お互いにそれなりにボロボロの疲労困憊であったが、その姿が一人前の忍びへの大きな一歩を踏み出した証のようで誇らしく、珍しく屈託の無い笑みを浮かべ拳を突き合わせたことを覚えている。

長次と小平太は同じ班で行動していた。
誰よりも忍装束はボロボロであったのに傷らしい傷を負っていない小平太と、装束も身体もほぼ無傷である長次を見て、悔しさから、割り当てられた試験の難易度に差があったのではないかと少し僻みそうになった。
けれど厳正に定められる試験内容に上下などある筈もなく、悔しさの表情の裏には賞賛の念を抱き、今後の鍛錬への意欲を燃やさせてもらった。
帰還直後に委員会活動へと直行しようとした小平太の試験前となんら変わらぬ行動には、辟易としながらも若干の安堵を抱いたものだった。

当時から持ち前の不運体質を全力発揮し、誰もが嫌がる保健委員に四年連続で所属することで日々不運の研鑽を続けていた伊作の姿が見えないことに、一抹の不安が頭を過ぎった。
けれど、誰よりもボロボロの姿で負傷者の手当てに包帯を抱えて走り回る様子を、結局は他学年の授業で作られた蛸壺の中に落ちて気絶し負傷者と共に担架で運ばれていく姿を見て、呆れよりも先に何だか気が抜けた。


そんな中で、食満と、同班の生徒の二人だけがいつまでも戻らなかった。





食満と俺は、その頃から既に年季の入った『犬猿の仲』であった。

姿を見れば睨み合いになる。
睨み合いになれば直ぐに挑発が飛び交う。
挑発されれば手足が出る。
一度出したのならばどちらかが地の上で大の字になるまで止まらない。

そんな、傍から見れば馬鹿馬鹿しいとも思えるやり取りを何年も繰り返す、自他共に認める気の合わない同級生であり、そして全てに置いて張り合い、互いに勝つことを第一の目標として研鑽し合う、互いのみが認める好敵手であった。


そんな俺達の間で唯一差があったのは、実技だった。
実技、特に武術に関する成績は、いつも食満の方が上だったのだ。
純粋な力、技量等では負けていない。けれど、食満は持ち前の勘の良さ、視野の広さ、器用さで実戦でより力を発揮するタイプであり、実技では組の枠を超えて常に学年でもトップに位置する成績を維持していた。
その事実は、俺に並々ならぬ切歯扼腕の念を抱かせ、それと同等の闘争心を抱かせていた。

俺にとって、この試験は絶好の機会であったのだ。
今度こそ食満を越す。そして、これからは食満が俺を追う。そうなる程の差を見せ付ける。試験前日にそう俺は食満自身に宣戦布告し、奴もそれを受けて立った。

試験が終わったならば、一番にお前のボロボロの姿を拝んでやる。
だから、帰還し報告を終えたのならばそこで待て。どちらが先に試験を終えるのかも勿論競争である。勝者は学園の門で敗者を迎えるのだ。そして、どちらがよりボロボロであるかでまた競う。
それが俺達の約束であった。



そして、先に学園へと戻ったのは俺であった。
何処を見渡しても食満の姿がないことに、誰にも見せずに拳を握った。
けれどまだ勝利は完全なものではない。食満を出迎え、お互いの姿を見比べ、そこでも勝利した時こそ真に喜びを開放する時だと、ぐっと堪えた。

担当の教員と学園長に任務報告を終え、班員と別れ、自室に戻るという仙蔵の誘いを断り、駆け出そうとする小平太を引き摺り風呂へと向かう長次に手を振り、白目を剥いて運ばれていく伊作を遠目に見送り。

俺は待ち続けた。
日が暮れ、学園へ帰還した生徒達も粗方長屋へと戻っても、人気のなくなった門の前で、そのままの姿で待った。
何処を見渡しても、何時まで経っても、食満の姿はなかった。








そうしている内に、学園の敷地内に一羽の鳥が飛び込んできた。
そして、教員の何人かが学園を飛び出して行った。
事務員達が慌しく学園長室を出入りした。
は組の生徒達がざわめき始め、全学級、全学年へとそれは広がっていった。

そして、食満は戻ってきた。
全身を血に塗れ気を失い、教員の腕に抱えられて。





俺の初めての完全勝利は、その瞬間決定した。
けれど、振り翳そうとした両手の拳も、喜びも、達成感も、負けて悔しがる食満に向けるつもりであった勝利宣言の言葉も。
門の脇に立ち尽くし、だらりと垂れた食満の腕の、その指先から滴り落ちる血の痕を見遣ることしか出来なかった俺の頭の中からは抜け落ちて、何処かへ行ってしまった。








帰ってきたのは食満一人であった。
保健室へと運ばれた食満は、重傷患者として面会を謝絶された。
同室、保健委員である伊作でさえ様子を伺うことも適わないまま、数日が経った。

そして、全生徒へと知らされた。死亡者が出たと。
その生徒の名は告げられなかった。けれど、みなには誰のことか分かっていた。



その二日後、食満が目を覚ました。
まだ傷も塞がっていないというのに、奴は学園を飛び出そうとした。それを教員が数人掛りで止めていた。
騒ぐ物音に、周囲に生徒や他の教員達も集まってきていた。俺も、その一人だった。
みなの前で錯乱して何かを叫ぶ食満に、全身を覆う包帯を血に染めながらもがく食満に、二日前に全生徒へ知らされた事実が告げられた。



今まで聞いたことも無い悲痛な慟哭が、その場に木霊した。








それから、食満は即座に保健室へと連れ戻された。
絶対安静として隔離され、暴れぬよう、抜け出さぬようにと床の上に拘束された。
生徒が近づくことを許されぬ中、伊作だけが保健委員であることと、同室であること、そして無二の親友であることを理由に嘆願し、介抱人として付き添うことを許可された。

食満の容態は知らされず、日に日にやつれていく伊作は、「大丈夫」「きっとよくなる」と、それしか口にしなかった。

一度、保健室の傍の井戸で包帯を洗う伊作の姿を見たことがあった。
どす黒い朱に染まる包帯を必死に洗うその背は小刻みに震え、堪えようとしても漏れ聞こえる嗚咽が、ただ耳にこびり付いた。










幾月か経って食満は回復した。身体は、一応の回復を見せた。
そんな食満に、学園側から補習を受ける意思を問う確認があった。

誰もが、食満は受けないだろうと思った。
試験で不可を取り、補習の実施を問われ、それを断り学園を去った者は既に何人かいた。食満は事情が事情であった為に確認を取るのが遅れたのだ。
どれ程の目にあったのかは知らぬが、あの怪我と錯乱状態、そして共に任務に就いた仲間の死。それを乗り越えることは出来ないだろうと、みなが思った。





けれど、食満は補習を希望し、そして合格した。

数ヶ月ぶりに教室へと顔を出した食満は、同級生徒達にもみくちゃにされ、他学級の友人達にも暖かく迎え入れられた。
食満は、ただ笑みを浮かべてそれらを受け止めていた。

小平太と長次に誘われ、俺と仙蔵も食満達の自室に顔を出した。
みなの見舞いの言葉に、食満は一人一人に謝罪し、礼を言い、もう心配せずともいいと笑顔で言い放った。
安堵と笑みを浮かべるみなの中で、伊作の表情だけが僅かな陰りを見せていた。








みなが帰ろうと廊下に出た後、食満は俺を呼び止めた。
俯いた目は俺を見なかった。以前よりもこけた頬と寝たきりで筋力の衰えた身体は、同じ身長、体格である筈の俺よりも一回り小さく見えた。


「お前の勝ちだ」

食満は一言だけそう言うと、自室の襖を閉じた。









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