06.一ヵ月後〜持て余す苛立ち | ナノ

一ヵ月後・持て余す立ち










文次郎の視線の先では、食満と善法寺が並んで立ち、何やら話をしている。

教室を出入りする他の生徒の邪魔にならないよう壁際に身を寄せて話す二人。
壁にもたれ掛り、腕を組んだ食満は何やら顰め面を浮かべていた。
一見すると機嫌の悪いようなその表情であるが、対しての善法寺はにこりと笑みを浮かべ、食満の顔を覗きこんでは何かを話しかけている。

喧嘩中のような険悪な雰囲気など微塵もなく、どちらかと言えば臍を曲げて不貞腐れてしまった彼氏の機嫌を取るような善法寺の仕草と表情。
周囲を通り過ぎていく生徒達も、二人の様子を遠巻きに見てはその空気に当てられないうちにと足早に過ぎていく。
しかし、やはり先程仙蔵が言ったように、誰も辟易とした嫌な顔をして過ぎる者はいない。



あれを何と言って表現すればいいのか。
恋愛経験の無い文次郎には適切な表現を見つけることが出来ないが、やはり先程の仙蔵の言葉にもあったように『微笑ましい』というのが一番しっくりとくるのだろうと思う。
ノリと勢いで付き合い始めたようなカップルの、無駄にべたべたと相手に依存するようないちゃつきとは違う。
お互いを真っ直ぐに見詰めながら、自然な距離感で互いに触れ合い話しかける二人には、初々しさというよりは、熟年のように安定した穏やかな空気が流れていた。



そんな二人の様子を、気付けば文次郎はぼんやりと眺めていた。

「…そんな熱い視線で見つめては気取られてしまうぞ」

仙蔵の囁きではっと我に返る。振り向けば、仙蔵はにたにたと笑みを浮かべて文次郎を見ていた。



「…何言ってんだお前」

仙蔵に言われて嫌々視線を向けたはずなのに、いつの間にか見入ってしまっていた。それを見られた気恥かしさを不機嫌に変えて、文次郎がぎらりと仙蔵を睨みつける。
熱い視線って何だ。俺はただ、目障りな奴らだと思ってみていただけだというのに。
しかし、そんな文次郎をも仙蔵は機嫌良く笑みを浮かべて見返してくる。
相変わらず訳の分からない仙蔵の行動を無視し、文次郎は今度こそ手元のノートに意識を戻した。


「全く。鈍いにも程がある」

(…何がだよ)

大げさに呆れるような口調でかけられた言葉に、ぐわりと不快な感情が湧いてくる。いくら仙蔵からの理不尽な扱いに慣れている文次郎でも、唐突に文句を付けられたり、意味も分からず貶されれば腹は立つ。
しかし、ここで反応を返せば結局先程までと同じ展開だ。
文次郎は、仙蔵に言い返したい気持ちをノートに並ぶ数式を眺めることで必死に抑えた。


しかしやっぱり腹が立つ。
漸く仙蔵が口を噤んだというのに、それでも集中力は湧いてこない。

(…あいつのせいだ)

文次郎は現状の苛立ちを、未だ前方で楽しげに会話を交わしているだろう二人の内一人、食満留三郎に転化した。





食満の姿は、仙蔵の悪戯以上に文次郎の気を散らす。
よく分からないが、見ているだけで苛々する。むかむかする。
それなのに、気になってしょうがない。

どうしてそんな気持ちが浮かぶのか。
初日の諍いを、文次郎としては既に割り切ったつもりでいるのに、まだ何処かでひっかかっているのだろうか。だとしたら自分もかなり執念深いなと呆れるが、どうもそれだけではないように思う。

意味の分からないそれには、答えも見つからない。
きっと公衆の面前で憚らずいちゃつくカップルに対する一般的で正常な感覚なのだろうと無理やり理由をつけてみても、ついさっき、文次郎は二人の様子を『微笑ましい』とそう言葉で表したばかりだ。
自分の中の矛盾に気づかない文次郎の胸には、今日も処理できない苛立ちばかりが溜まっていく。










食満を、あの二人を、見てはいけない。
文次郎は自分に言い聞かせていた。

あの二人は、善法寺の席がある教室の前方にいることが多い。
文次郎の席は教室の最後尾で、大抵文次郎はその自分の席で休み時間を過ごしている。
ほぼ毎日のように教室にやってくる食満と、それを迎える善法寺の様子を見たくないのならば、ただ下を向いていればそれでいい。



「文次郎」

しかし、結局は見てしまう。
今回のように仙蔵が話しかけてきて二人の様子を見せてくることも多々あったが、大部分は文次郎が自分でも気づかぬ内に視線を向けてしまうのだ。

それは時間を確認する為だったり
誰かの気配を感じてだったり
勉強に疲れてちょっと首を回した拍子にだったり。
理由は様々だが、そのどれもが後付けの言い訳臭いと自覚していた。



「おい、文次郎」

こればかりは文次郎も認めざるを得ない。
嫌嫌だ、不可抗力だ、仕方なくだと言い訳を重ねていたが
本当は、文次郎は無意識的にどうしても二人の姿を視界に入れてしまうのだ。寧ろ入れなければ落ち着かないとでも言おうか。


休み時間の間中、下を向いて自習することに成功した次の時間の授業は
―もしかしたら自分が顔を上げなかった間に食満が来ていたのではないか
―来ていたのなら、食満はいつものように善法寺の傍で、親しげに話しかけ触れ合っていたのか
―そんな2人を、周りの生徒達はどんな目で見ていたんだろうか
そんな、文次郎には全く関係の無いことが頭に浮かび、何故か視界に入れてしまった時以上の苛立ちと落ち着きの無さが文次郎を襲う。

そうして教師の話も板書の内容も一切頭に入ってこなかった一時間を過ごした後は、無駄になった予習と、余分に増えた復習への脱力感が文次郎を待っている。

授業が終わった瞬間に頭を抱えて唸る文次郎の苦悩など知らずに、何も知らぬ顔をして(知れる訳がないのだが)食満が教室に入ってきた瞬間には、ついつい射殺すような視線を向けそうになる。



「無視か、文次郎」

本当は。

俺を見ろと、文次郎は言いたいのだ。
俺を見てこの苛立ちに気付けばいい。そうして食満も、自分と同じものを感じればいい。

この感情をぶつけてやれば、食満は真っ向から受けて立つような気がする。
あの時と同じように、真っ直ぐに、射抜くような視線で、文次郎から一瞬たりとも目を逸らさず同じものを返してくる。怒鳴り合って掴み合って、感情をぶつけ合えば、きっとこの苛立ちは解消される。
根拠はないけれど、きっとそうだと確信のようなものがあった。


(だから、こっちを見ろ)

そう願って視線を向けても、食満の視線は真っ直ぐに善法寺だけに向けられたまま、こちらには意識の欠片すら向けられる気配はない。
食満が教室を出るまで視線を向けても、結局一度たりとも目が合わなかった時。文次郎の苛立ちがもっとも高まり、その中に僅かにもやもやとした感情が混ざるのはそんな時だった。



「後悔するぞ、文次郎」

何故、自分がこんな思いをしなければならない。
この不毛な苛立ちを解消出来る方法があるのなら、誰か教えてくれ。
しかし、話したところで誰にも答えはもらえないのは分かっている。
自分でだって理解出来ないこれを、そもそも誰かに説明など出来る筈もない。

このノートに書き込まれた数式のように。
必要とさせれる数値を入力し、決められた手順で計算を重ねれば求めるべき解が出てくるような、この感情はそんな単純明快なものではないと、文次郎にだって分かっていた。



「文次…」

「うるせえな!仙ぞ…」

「おい」

人が思案に暮れているというのに、先程からずっと空気も読まずに仙蔵が話しかけ続けてくる。
無視し続けていたそれも流石に煩わしくなり、いい加減にお前も自分の席に戻れと怒鳴り返そうとした声を、第三者の声で遮られる。

何だよ、タイミング悪ぃなと内心舌打ちをして声の方を見上げ、文次郎の動きは止まった。

文次郎と仙蔵の向かい側に立ち、声を掛けてきたのは
先程まで前方でクラス中の注目を集めていたはずの、食満留三郎だった。












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