05.一ヵ月後〜名物二組 | ナノ

一ヵ月後・名物










「善法寺伊作。
**中学卒、牡羊座O型。
顔良し、性格良し。屈託なく誰とでも接し、男女共に友人は多い。
毎月最低でも五人には告白される。
中学三年間保健委員を務め、彼女が保健室に時間を狙っての怪我人が続出する。何故かいつもトラブルばかりを起こしているが、大抵巻き込まれるのは彼女の気を引こうと周囲に集まる男子共ばかりで本人は無傷。しかし、持ち前の人当たりの良い笑顔と性格で全て許されている。
等の逸話の持ち主。
伊作という女子らしくない名前は、生まれてくる児を男児と勘違いしていた祖父が名付け、そのまま役所に書類を提出してしまった為」


「食満留三郎。
同じく**中学卒、牡羊座A型。こちらも顔良し、性格良し。成績には若干の不安要素あり。
一見きつめの印象を受ける外見だが、実際には面倒見がよく、男気もあり、優しいと評判。
親しく付き合いのある相手程、好感を抱いている様子。
常にクラスの男子生徒達のリーダー的存在であり、友人も多い。
後輩からは『憧れの先輩』第一位としてよく名が挙がる。
少々喧嘩早いところがあり、噂では自分の友人に危害を加えようとした他校生の集団に単身乗り込み、ボロボロになりながらも全員伸してきたとか。その後そいつ等は舎弟になったとか。
異性との関わりは特に聞かなかったが、あの容姿と性格でモテない筈がない、というのが周囲の見解であるよう」


「この二人は、同中生徒達の間では有名な『公認カップル』である」








「…お前、どこでそんなの調べてくるんだ?」

まるで探偵が調査内容を依頼人に報告するかのような淡々とした口調で二人に関する情報を読み上げた仙蔵に、文次郎が言う。


「ふん。私の情報網と行動力を舐めるなよ。お前が知りたがっているだろうと思ってな、聞き込みをしてやったのだ」

「…そりゃどうも」

文次郎の隣の席で尊大に腕を組んだ仙蔵が、自慢げな笑みを浮かべる。
ここは二人の教室の中で、文次郎が座っているのは元々の自分の席だが、仙蔵が座っているのは他人の席だ。
人様の席を占領し、そんなにも堂々とした態度でいられる仙蔵は今日も我が道を邁進中だ。

誰もそんなこと知りたいなんて思っていないし言ってない、とか。
自慢の情報網と行動力の発揮の仕方がおかしい、とか。
さっきから、お前の座っている席の持ち主がこちらをちらちら見てるんだが、とか。
胸中に浮かぶ突っ込みの数々は、いつものように浮かんだまま心の中に留めておく。

無駄なことに力を注ぐのはやめよう。
文次郎はそう自分に言い聞かせ、机の上に開いたノートと教科書に視線を戻す。
この昼休みが終わるまでに予習を終わらせておきたい。
しかし、さっきから殆ど進んでいない。
人の事情など気にしない仙蔵が話しかけてくるから、というのもあるが
一番の原因は、前方に見える光景のせいである。



「いやしかし、聞けば聞く程、あの二人は誰もが羨む『理想的なカップル』らしいな」

「…へぇ」

「普通あんな風に公然とイチャつかれたら辟易とされそうなものだが、そういう様子もない。
二人共、完璧ではなく何処かお互いに欠点のあるもの同士だから、それがまた微笑ましく、味となっているのかもしれないな」

「……ふぅん」

「先程の話でも言ったが、女の方はかなりのトラブルメーカーらしくてな。
まあ様々なトラブルをよく背負い込んでくるらしいが、それに一番巻き込まれているのがやはり男の方らしい。
女の方に好意を寄せて近付いてくる者の大半は、一、二度巻き込まれたら懲りて諦めるらしいのだが、それでもああやって甲斐甲斐しく傍に居続けるのだから、余程の男だぞ、あれは。
そうやって、周囲の男達からは一目置かれ、女達からは『自分もあんな風に守ってもらいたい』などと羨望の目で見られている訳だ」

「………そうか」

「実際、中学時代から名物カップルとして周囲に公認されているらしいが、それでもまだ諦めきれず告白してくる男女が絶えないそうだ。
それでも付き合いが続いているということは、余程強固な繋がりなのだろうな。お前もそう思わんか、なぁ文次郎」

「……………そうだな」


文次郎は仙蔵の同意を求める言葉に、辛うじて答えを返しながら、内心では今すぐペンを投げ出し、耳を塞いでノートの上に突っ伏してしまいたかった。
予習をしているふりをしてもそれが一行も進んでいない事など、恐らく仙蔵はとうに気付いているだろう。
けれど、それでも仙蔵の口は止まらない。


「しかし、甲斐甲斐しいものだなぁ。
それでいて、周囲からの目も気になっていないようだから、あれが二人にとってどれだけ自然で当たり前のことか、容易に窺い知れるというものだ」

「……………知らんわ」

「何だお前、先程から反応が悪いな。私の話を聞いているのか?私はお前の為に、あの二人の様子を観察してやっているというのに。ほら、お前も見てみろ」

「…」

「見ろ」


仙蔵の言葉に含まれる響きが変わる。笑顔で向けられる視線が突き刺さってくる。

のろのろと、文次郎が顔を上げる。
文次郎の席は教室のドア側最後尾。
その数メートル前、もうひとつのドアの前で、仲睦まじく身を寄せて何かを話しこんでいる二人組がいた。

それが、先程から仙蔵が話題にしていた、そして文次郎の集中を散らす原因になっている、『善法寺伊作』と『食満留三郎』の二人組だった。










あの入学式の日から、一ヶ月が経った。

高校生活を送る上で不可抗力の異性との交流を何よりも恐れていた文次郎の不安は、意外にもあっさりと解決した。

入学式当日の、「如何にも誰かと一戦交えてきました」と言わんばかりの文次郎の姿から、周囲からの文次郎の印象は『そういう方面で怖い奴』という形で固まったらしい。
始業のその日から、女子生徒だけでなく男子生徒達まで文次郎を遠巻きに見るばかりで、進んで近付いてくる者はいなかった。

逆に、本当に『そういう方面で怖い奴』である奴らに早々に呼び出され絡まれたりもしたが、虫の居所が悪かった文次郎と、面白がった仙蔵と、ノリで参戦した小平太と三人で返り討ちにしてしまった為、その印象は確実なものとしてすっかり根付いてしまった。

そんな『怖くて悪い奴』であるはずの文次郎は、周囲の噂を意に介することもなく、入学後のテストでは学年トップ5の中に入り、休み時間は黙々と一人勉強に勤しみ、放課後は脇目も振らず道場へと向かい部活に勤しむ、という優等生極まりない生活態度を取っている。
印象と噂と、実際の文次郎の行動とのギャップに、周囲としては見直すどころか気味の悪さばかりが増大していくようで、益々周囲には人が寄ってこない。
来るのは、こちらも入学早々独自のマイワールドを展開し続け、早くも『変わった奴』評価を確立した仙蔵や、他クラスの旧友達くらいだった。

文次郎にとっての不安要素は、とりあえずは取り除かれた。
前向きな取り除かれ方ではないが、それは仕方がない。

ならば、何の問題もなく高校生活を送れるか。
と言われれば、そう上手くも行かない。
新たに出来上がった別の問題が、文次郎の頭を悩ませていた。





入学式当日、誤解によって険悪な出会いとなった一組の男女。
その二人と、文次郎は自らの教室の前で再会した。

そりゃあ、同じ高校の同じ新入生であるのだ。いつかは学校の中で出くわすことはあるだろうと思っていた。けれど、こんなにも早く顔を合わせることになるとは思いもしなかった。


生徒のほとんどが席に着いた教室の前で顔を合わせた三人(+二人)の反応はバラバラだった。

何でお前らがここにいる!?と驚愕した文次郎は、やられっぱなしで終わった先程の掴みあいへの苛立ち、そして未だ誤解をされたままなのかという僅かな気まずさがごちゃまぜになった胸中から、何故か無意識に相手を睨みつけてしまい
女生徒・善法寺伊作は、先ず純粋に驚きを浮かべ、それから戸惑うように二人を見比べ、何と声を掛ければいいのか考えるように慌てだし
そして、睨み付ける文次郎に対抗するように睨み返してきた男子生徒・食満留三郎は、文次郎のハンカチで冷やされた患部、自分の殴り付けた頬の傷を見て、ふと視線を弱めると、何かを言いかけて口を開いた。

しかし、そこで各クラスの担任が到着し、開かれた食満の口から言葉が出る前に、文次郎たちはそれぞれのクラスへと追いやられた。
文次郎、仙蔵、善法寺はT組に、そして小平太、食満はU組にだ。
てっきり二人揃って自分と同じクラスなのかと勘違いしていたが、食満は善法寺をクラスまで送って来ただけのようだった。
すぐ隣のクラスだというのにそんなにも彼女のことが心配なのか。彼氏の鑑だなあいつは。
と、自分の席についた文次郎は、鼻で笑うような、胸がむかむかするような、何とも言えない気分で心中で毒づいた。



何となくもやもやとした感情を抱いたまま
文次郎はこれ以上あの二人に関わることはやめようと思っていた。

自分が善法寺に何かをしようとしたとか、気があるとか誤解されたままなのは気になったが、自分の態度や外見のせいで、そういった良くない誤解や印象を受けるのには慣れていた。

殴られっぱなしなのは気に食わなかったが、だからと言って改めて喧嘩を売りに行く気にもならない。
そもそも、これは掴みあいの最中に気を散らした自分の失態でもあるのだし。クラスが違うのならば、食満と接する機会などは何かきっかけでもなければ殆どないだろう。

教室にいて、時折善法寺が何か言いたげに文次郎へと視線を向けてくることはあったが、文次郎はそれに視線を返さないし、わざわざ何の用か聞きに近付くこともしなかった。
あちらも、視線は送りつつも文次郎に近付くことは怖いのか、それとも周囲の生徒達に止められていたのか、直接話しかけてくることはなかった。

ちょっと、運悪く事故のようなトラブルに巻き込まれただけなのだ。
あとは向こうで勝手に文次郎を敵視するなり、悪口をたたくなりしていればいいのだ。
自分には関係ない。無視だ無視。そう、文次郎は自分に言い聞かせようとしていた。




しかし、そんなことは言い聞かせた翌日には、既に無駄な努力となっていた。



食満は、毎日のように文次郎のクラスへとやって来た。
正しくは、善法寺へと会いにやって来ていた。

他クラスの食満は、文次郎の教室の中では目立つ。
そして二人共、容姿は人並み以上に揃っていて目を引くし、クラスの中には二人と同中卒の生徒も何人かいたようで、二人が前の学校公認のカップルであるということはすぐに広まった。

授業の合間に顔を出しては親しげに何かを話していき、頻繁に物の貸し借りをしては無邪気にじゃれつく善法寺を食満が呆れながらも構う。昼食は二人揃いの弁当を机に向かいあって食べ、放課後には必ず迎えにくる。
そんな2人をひやかす様な、揶揄するような声も多少はあったが、二人はそんな周囲の目など気にならないように、極自然に、理想的な彼氏彼女の関係を周囲に見せびらかしていた。


文次郎の席は、クラスの一番後ろだ。
必然的に、少し前を見るだけでクラス全体が視界に入ってくる。
そんな中で、堂々といちゃつきを見せつけられれば。それは気にするなと言う方が無理である。決して目で追ってしまう訳ではない。不可抗力で、嫌々なのだ。仕方がないのだ。

そう誰にともなく言い訳をしながら、文次郎は何故か苛々していた。

毎日毎日、食満の姿が視界に入る。
そして、そんな食満の傍に、笑みを浮かべて寄り添う善法寺の姿も当然見えてしまう。

羨ましい訳ではない。文次郎は依然として女生徒には近づけないし、可憐と評され、既にファンクラブ的なものまで結成されているという善法寺の顔を見ても、何のトキメキも感じない。

ただ、何かむかつくのだ。
学生の身分で不純異性交遊などに現を抜かしおって、なんて毒づいてみてもすっきりとはしない。
ならば視界に入らないように、食満が来ている時だけでも席を立てばいいじゃないか、とは思いつつも、何であいつらの為に自分が動かなければいけない、と無駄に張った意地が邪魔をする。


その上、何を勘違いしているかは知らないが、仙蔵は嬉々として二人の情報を集め、文次郎へと報告してくる。食満が教室を訪れ、二人が一緒にいる時にはそれを実況してくる。
そうして文次郎の反応を楽しんでいるのだが、そんな無駄な情報を仕入れてこられても、文次郎が返せるのは上の空の相槌と不機嫌な顰め面だけだ。

そうして毎度、それに気付いた仙蔵が気分を害し、最後には文次郎を張り倒していく。



入学してからの一か月で、本人たちこそ知らないが
善法寺⇔食満の他者には入り込めない公認カップルのいちゃつきと
仙蔵⇒文次郎の他者には理解出来ない理不尽な扱いは、既にこのクラスでの名物的なものになっていた。












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