03.初日〜悪友1 | ナノ

初日・友1










「お前は一体、入学初日から何デビューを果たしてきたんだ?」

全身ボロボロで、時間ギリギリに登校した文次郎を迎えて
文次郎の小学校時代からの悪友、仙蔵が言った。


「うるせー…」

文次郎は水に濡らしたハンカチで、どす黒い色に染まって来た頬を冷やしながらそっぽを向く。
突っ込んでくれるな。自分でだって、まだ整理しきれていないのに。
そんな胸の内の願いは、当然のように仙蔵には届かない。


「いや流石だな。高校生活スタートの掴みはばっちりではないか。
見ろ。周りは皆お前に釘付けだ。
流石の私も、そんな強烈な印象の付け方は思いつかなかったぞ」

「…俺が望んでそんなことをすると思うか?」

「そーかそーか。ではそれはお前の意思ではない訳だな。
つまりは、予期せぬ不測の事態と言う訳だ。
なる程それは大変だな。どれ、一つお前がそんなボロ雑巾のようになった経緯を話してみろ。
大切な幼馴染の為に、この私が親身になって話を聞いてやろうではないか」

「…」


努力型の優等生の文次郎とは違い、仙蔵は絵に描いたような秀才である。
成績優秀、品行方正、容姿端麗の三点揃い、それに加えて猫かぶりが非常に上手い。

大人や教師受けの良い、非の打ちどころのない秀才・仙蔵は、一つ厄介な嗜好を持つ。

頭の回転が速く、咄嗟の機転も応用も利くが故に、自分の予想以上のこと、予定外のことが起きるのを何よりも望み、楽しむ。
常に自分の退屈を紛らわせてくれる『ネタ』を探し求めているのだ。

眠れる『ネタ』の匂いを嗅ぎつけたのならば、どんな厄介事にも首を突っ込みたがる仙蔵は、幼馴染であり、腐れ縁の悪友である文次郎をいたく気に入っている。
正しくは、文次郎を中心として巻き起こる様々なトラブルを傍から眺めているのが、楽しみでしょうがないのだ。


黙っていても無駄だということは、経験として身に染みついている。
どんな手を使っても、仙蔵は文次郎からネタを引きだす。
冗談ではなく、本当に『どんな手』でも使うのだ。


文次郎は抵抗を諦めて、先程の登校中に起こった出来事を話す。
暴走自転車に乗った女生徒を助けたこと。
その女生徒の彼氏らしき男子生徒に殴りかかられ
ある事に気を取られているうちに見事に急所に一発を決められてしまい、情けなくも気絶してしまったこと。
目が覚めた時には、女生徒の姿も、男子生徒の姿も、ぐしゃぐしゃになって潰れていたはずの自転車も
綺麗さっぱり消え失せていて、あれは登校を嫌がる余りに見た自分の白昼夢だったのかも、と現実逃避しかけたところを
二通目の仙蔵のメールによって引き戻され、土埃まみれ傷だらけのボロボロの格好で、入学式典会場の講堂に掛け込んできたことを話した。






「…聞いているだけで涙が出そうになる程不憫な一連の流れだな」

話を聞き終えた仙蔵が同情の言葉をかけながら、それに全く似つかわしくないニタニタとした笑みを浮かべている。
折角の美形が台無しだ。こういう笑みさえ人前で浮かべなければ、もっと異性も寄ってくるだろうに。


顔良し、頭良し、しかし性格にかなり難ありの上、行動・嗜好が突飛で奇抜。
そんな仙蔵は、意外というか当然というか、異性との接点が少ない。

初めこそきゃーきゃーと女子生徒達に騒がれるが、仙蔵の人となりを知ると皆徐々に遠巻きになってくる。
そうして結局最後は、気の合う男友達ばかりと過ごすことになる。
だからこそ、女性恐怖症の文次郎と仙蔵は長く付き合いを続けていられるのだが。

非凡な仙蔵の相手を務めるには、それに耐え得るだけの忍耐力か、若しくは同程度の非凡さが求められる。
極一般の女生徒達には、少々荷の重いことなのだろう。


昔一度だけ、お前はそれでいいのかと聞いてみたことがある。
周囲に馴染まず、突出するようなことばかりをしていて、昔馴染みの悪友とばかりつるんでいては、彼女の一人さえろくに作れないだろうと。

文次郎は自ら望んでそうなるようにしているのだが、仙蔵は全くの素でやっている。
そして、仙蔵は文次郎と違い女性に対して何の苦手意識も抱いていない。
ならば今の内から少しずつでも修正をしていかなくては、将来が不安ではないか。


そんな文次郎の問いに対する仙蔵の答えは

「何故人に好かれる為に、無理に周囲に合わせ、媚びるように自分を曲げなくてはいけない?
『一般的』な人間性を求められる義務的な人間関係ならともかく
『個人』としての『私』を受け入れられない者と、懇意になどなれるか。
私は私の望む空間では、私の望む自分であり続けるぞ」

という、バッサリとしたものだった。


多少自己中心的ともとれる仙蔵のその言葉に、文次郎は呆れたが、少し救われもした。
変わりたくとも変われない、周囲と自分との越えられない壁を感じ苦しんでいた時期の文次郎にとって
そんな考えを持ち、恥じることなく自分を保ち続ける仙蔵の存在は有難かった。


「それにな、出会いなんていうものは無理して求めずとも、勝手に転がりこんでくるものだ。
その時出会った相手が、ありのままの自分を受け入れ、こちらも相手を受け入れられるのなら、それを逃がさなければいい」

その時の言葉に、仙蔵が続けて言った。
当時中学生にして随分と達観したことを言う仙蔵に、文次郎を含む悪友達は
もしや、仲間内で文次郎に次ぐほど異性と接点が少なく興味のなさそうな仙蔵は、実は誰よりも経験豊富なのではないか、と隠れて話しあったことがある。



(ありのままの自分を受け入れる相手…)

文次郎の頭に先程の光景が浮かぶ。
あの、喧嘩っ早い勘違い男。
文次郎から一瞬も離れることがなかった瞳。
真っ向から向かってくる強い感情と、文次郎の全力も受け止め対抗してきた身体。





(…いやいやいや!違うだろ!おかしいだろ!関係ないだろ!)

文次郎は、必死になって自分の頭の中に浮かんだそれらを振り払った。
顔が熱い。折角冷やしているというのに、これ以上患部の血流を良くしてどうする。

文次郎は、顔の傷を冷やすふりをして、俯き顔を隠した。
そんな文次郎を、横に座る仙蔵が横目に見下ろす。
文次郎のハンカチと手の隙間から覗く肌が僅かに赤く染まっているのを見つけて
仙蔵は文次郎に気付かれないように、二マリとその口元に笑みを浮かべた。








「しかし不思議だな…。相手はお前にそんな見事な痣を付けていったというのに、お前がお返しの一発すら入れられなかったというのは。相手は余程喧嘩慣れしていたのか、お前のように武道でも習っているのか」

仙蔵が不思議そうに呟く。


文次郎は、幼い頃から剣道を習っている。
習い始めた理由は単純に、強くなりたかったからだ。
トラウマ的事件を繰り返さない為に、トラウマをも乗り越えられるように。
精神的にも肉体的にも、強く、逞しくなりたかったのだ。

小学の中頃から始めたそれは、真面目で、自らを厳しく律することをそれ程苦とは思わない文次郎の気質とも良く合った。
中学最後の大会では、メダルまであと一歩という、それなりの成績を残す程には上達したし
その大会での文次郎の姿を見て、ある私立高校の剣道部顧問から推薦状をもらったりもした。

精神的にはまだまだ目標を乗り越えることは出来ていないが、肉体的には、同世代の者達以上の水準へ達しているだろう。
文次郎自身も、稽古で鍛えた腕力、背筋力、動体視力と瞬発力には、それなりの自信がある。


それに加えて、文次郎の幼馴染の悪友達の中には、一人、桁違いの体力馬鹿がいる。

無邪気な癖に我儘で、底無しの体力と、理解不能の腕力を持つ。
暇だと言っては新しくルールを覚えた様々なスポーツに付き合わせ
偶々目に留まった格闘雑誌で解説されていた格闘技は誰かに試さずにはいられない。

そんな奴のことを、皆は自然と『暴君』と渾名付けて呼んでいた。
そして、そんな暴君の相手を努めるのは、いつも文次郎の役割だった。

幼い頃は泣きべそをかきながら、現在では青筋をたてながら
それでも暴君の遊び相手を務め続け、自身でも日々部活や自主練で鍛え続ける文次郎と、互角どころか一方的に殴りつけていった男。
仙蔵の興味が引かれないはずがない。



「あー…、喧嘩慣れはしてそうだったが…これは、不意をつかれたんだ」

「取っ組み合いの最中にか?」

「ちょっと…気が散ってな」

歯切れの悪い文次郎の言葉に、仙蔵の見えないアンテナが敏感に何かを察知する。
とてもとても、仙蔵にとって楽しそうな何かを。






「…その時に助けた女生徒は、どんな容姿だった?」

唐突に仙蔵が話を変える。


「なんでそんな事聞くんだよ?」

「お前の目から見ても可愛らしい容姿だったのだろう。少々興味が出てきてな」

もっともらしい理由を付けて、仙蔵が文次郎を促す。



「どんなって…、髪は腰ぐらいまでで、やたらふわふわしてて、脱色だか日焼けだかよく分からん明るい色をしていたな」

「ほう」

「顔は、…整っている部類なんだろうと思うが。まぁ、今日周りにいるやつらに比べれば薄化粧で自然体だったとは思うが」

「なるほど」

「多分、あまり運動をするタイプではないな。動きも喋り方も、何処か鈍い感じだった…ような」

「それで」

「…」

「終わりか?」

「…終わりだが?」

「…ふむ」

違ったか…、と仙蔵が呟く。
何が違うのか文次郎には分からない。
折角、思い出したくもない記憶を引っ張り出してまで、先の女生徒の特徴を話してやったというのに。



「では、男子生徒の方はどうだ?」

「…なんでそっちの方まで聞くんだよ」

まさか、男の方にも興味が出てきた等と言うのではないだろうな、と文次郎が身を引きかける。

「私の大事な幼馴染を傷モノにしてくれた奴だ。特徴を聞いておいて、もし何処かで出会った時にはお前の代わりに借りを返しておいてやろうかと思ってな」

仙蔵が白々し過ぎる理由をつけてくる。
実行する気は100%ないと分かり切っているのに。
その理由が嘘だと分かっていても、さっさと言えと笑顔で脅されれば、悲しいかな、長年の友人関係で身に付けた防衛本能から、答えない訳にはいかなくなる。


先程の女生徒の時と同じように、記憶から男の姿を引っ張り出しその特徴を並べようとする。
しかし、いざ口にしようとすると何故か上手く言葉にまとめられない。

特徴がない、という訳ではない。むしろあり過ぎる。


文次郎を真っ直ぐに睨みつけてきた強い眼差しや、動きに合わせてさらさらと流れる癖の強そうな黒髪。
手首を握っただけ、動きをみただけでも感じられた、文次郎と同じように何かの武道やスポーツで鍛えられた身体つき。
女生徒に掛けられたものと、文次郎に叩きつけられたものとで、がらりと雰囲気を変えた声色や表情。
どれも十分に特徴的であり、文次郎の脳には強烈に印象付いている。


しかし、それを言葉にして仙蔵に伝えることに、何か抵抗がある。
言ってはいけないような、言いたくはないような。
なんともはっきりとしない胸のもやつきが、文次郎の言葉を堰き止める。



「…いけ好かない奴、だ」

そんな心の葛藤をこえて文次郎が口に出来た男子生徒の特徴は、その一言だけだった。


「それだけか?」

不満そうに、仙蔵が続きを訪ねる。


「…あぁ、ちょっと頭が軽そうだったな。直ぐに勘違いしやがるし、頭に血も昇りやすいようだったし」

状況判断のみで、人の話も碌に聞かずに勘違いして文次郎に殴りかかって来た男。
馬鹿、と言うつもりはないが、根が単純なのだろうと思う。
何か一つに集中してしまえば、それしか見えなくなってしまうような。
良く言えば真っ直ぐ、熱血漢とも評せなくはないかもしれないが。
あの様子では、普段から要らぬトラブルに巻き込まれ、引き起こすことも多いのではないのかと思う。



ただ。
駆け寄って来た女生徒に対してのみ見せた
まるで母親のような細やかな世話の焼きっぷりと、穏やかな表情。
それは、前述した要素とは相反するような気もするが
それが『特定の異性』限定の特別扱いなのだとしたら頷けなくもない。

自分の傍からいなくなった女生徒を必死に捜し回っていたのだろう、遠くまで響く近所迷惑な程の大声や
道路にへたり込む女生徒を見つけた時の、安堵と心配の入り混じったような表情。
文次郎がいることにも気付かず、謝罪する女生徒にだけ向けられていた、呆れを含みながらも穏やかだった空気。
それら全て、『彼女』の前でだけ男が見せる一面なのだとしたら。




(何か…)

文次郎は唐突に湧きだしてきた不愉快な気分に眉を顰めた。

自分は想像しただけだというのに、何故こんな気持ちにならなければならない。
そういえば、先程からずっと冷やし続けている患部が、次第に鈍く痛みを発してきたような気がする。
水でぬらしていたハンカチも、患部と手の熱で大分温くなってきてしまった。
だからだ、きっと。この胸の中に蟠る、何とも言えない不快感は。
文次郎はそう、自らを納得させた。





「…なんだ」

そんな文次郎を、仙蔵が黙って観察していた。
居心地の悪さを感じだ文次郎が問うが、仙蔵は文次郎を観察するのをやめない。


「いや…、まさかとは思うが」

「何がだ?」

「ふむ…、断定はもう少し様子を見てからにするか」

「だから何が!」

文次郎が苛立たしげに声をはるが、仙蔵は一向に気にしない。
何かを考え込み、一人自分の世界に入ってしまっている。












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