02.初日〜初対面 | ナノ

初日・対面










「いたた…。あの…、ありがとうございます」

アスファルトに倒れ込んだ文次郎の身体の上に重なるように倒れていた運転手が、文次郎の身体の脇の地面に手を付き、よろよろと身を起して礼を言う。



「急に自転車のブレーキが利かなくなっちゃって…、どうやっても止まれなくって」

「助けて頂かなかったら、どうなっていたか…。本当に、ありがとうございます」

巻き込んだ申し訳なさと、助かった安堵が半々で混ざったような笑みを浮かべた運転手は、その体制のまま謝罪と、先程の爆走の理由説明を始めた。

しかし、文次郎の耳にはそれらの言葉は全く入ってこない。
運転手の顔を見上げた体勢のまま、文次郎は見事に固まっていた。



「…あの…、どうかしましたか?」

何を話しても反応を示さない文次郎に、異変を感じ取った運転手が問う。


「!?まさか何処か怪我でも…」

自分で口にした『怪我』という単語に、何故か敏感に反応を示した運転手が表情を変える。
何かを検分するかのような真剣な目つきになり、がばりと上体を起こすと、文次郎の身体に目をやる。
見える範囲に怪我がないか、確認しているようだった。

初対面の相手に、馬乗りになられてじろじろと見下ろされている状況になっても、固まった文次郎の身体と脳は再起動しようとしない。
むしろこの状況を理解するのを拒み、自ら動きを止めている。

それでも、ぱっと見て外見に傷ついた部分を見つけられなかった運転手が、アスファルトに押しつけられていた文次郎の手を、自らの手で触れ、持ち上げた瞬間。
何処か遠い世界へ飛ばされようとしていた文次郎の思考が、強制的に現実へと引き戻された。



「うわぁ!!」

「きゃあぁ!?」

文次郎が声を上げる。
それまで反応の無かった文次郎が急に上げた大声に驚いた運転手が、釣られて悲鳴を上げる。

反射的に上げた声の大きさに、手放しかけた意識を急速に取り戻した文次郎は、運転手に取られたままだった手を自らの身体の方に引くことで振り払う。
そして、アスファルトに横になったままだった体勢から、腹筋の力のみで勢いよく上体を起こした。


「イタッ!」

その勢いで、文次郎の上へと乗ったままだった運転手がころりと地面に落ちて尻もちをついた。
しかし、文次郎にはそれを気に掛ける余裕もなく。
上体を起こした勢いのまま、回転するように素早く身を起こし運転手に背を向けると、道路の反対側の壁まで走り、辿り着いた壁に手を付き身体を反転させる。

地面に尻もちをついたまま、突発的な文次郎の行動を見ていた運転手は、茫然とした顔をしている。
それに対しての文次郎の顔は、すっかり血の気が引いて青ざめている。
唇は情けなくもぶるぶると震えており、先程の悲鳴以外には言葉も出ないようだ。
その視線は釘つけられるように運転手へと向けられている。

まるで、凶暴な野性動物を前にしているような。
少しでも視線を逸らせばその瞬間にガブリとヤラレてしまう、だから逸らしたくも逸らせない。
そう信じ込んでいるような、鬼気迫る視線だった。








(なんで、なんで…よりによって)

文次郎の頭の中は、再起動の瞬間からパニック状態だった。



「あ…あの…?」

明らかに様子のおかしい文次郎へ、運転手が声を掛ける。
しかし、文次郎はそれに返事を返せない。
掛けられた声に、びくりと、あからさまに肩を揺らす。
最大限に距離を取っているにも関わらず、それでもまだ運転手から遠ざかろうとするかのように、壁際をずりずりと横に移動した。



文次郎が暴走自転車から救出した運転手は、女性だった。

文次郎と同じ柄と色合いの、真新しい制服。
高校生らしく若干短めのスカートに、ポケットから覗く可愛らしいマスコットのキーホルダー。
緩くウェーブした、柔らかそうな薄茶色の長い髪。
濃すぎず薄すぎず、あくまで自然に素材を引き立たせるメイク。
ぱちぱちと、瞬きの度に音がしそうな大きな瞳に、淡いピンクのリップでぷるりとした唇。
文次郎を見上げるその女生徒の顔は、一般的に評して『かなり可愛い』部類に入るのだろう。

しかし、そんなことは文次郎には関係なかった。



恐らく、文次郎と同じく新入生であろうと思われるその女生徒。
それを、文次郎は危機一髪で救出し、その腕で抱きとめ身体全体で受け止め共に倒れ込み、馬乗りになられて至近距離で覗きこまれ、怪我はないかと心配をしてもらい、手に触れられた。

普通の男子学生ならば、役得、と喜び舞い上がることだろう。
高校生活開始早々のチャンスを逃してたまるかと、喰いつくところだろう。

しかし、文次郎は普通の男子学生ではない。
女性恐怖症なのだ。



文次郎にとっては、先程の全ての要素がこの世の中でもっとも恐ろしい経験である。
意識が旅立っている間に、確かに感じていたはずの女生徒の身体の柔らかさや細さ。
文次郎の制服にわずかに残る、女性ものの香水の香り。
至近距離で覗いた女生徒の顔。
その全てが一度に思い出されて、文次郎を更なるパニックへと陥れる。



(なんで…なんだって、よりによって…)

相変わらず、文次郎の頭の中では同じ言葉が繰り返される。

先程は咄嗟の緊急事態で、運転手を女生徒と判断するよりも先に、文次郎の身体は救助の方を優先させてしまった。
それを後悔している訳ではない。
あそこで助けなければ、どうなっていたか。そもそも、見捨てて逃げるなど人としてあれだ。

そう自分を納得させようとも、文次郎の心は静まらない。
逃げたい。今すぐ、ここから。
しかし、倒れ込んだ際に鞄を地面に落した。
壁へ避難する時に、頭の中から存在が吹き飛んだそれは、未だ地面の上の女生徒のすぐそばだ。
それがないと、学校へは行けない。
サボる訳にはいかない。しかし、鞄を取りにもいけない。女生徒に取ってもらう訳にもいかない。
八方塞がりの文次郎には、只々、目の前の女生徒がこちらへ近付いて来ないよう、凝視し続けるしかなかった。





そんな異様な文次郎の様子を、言葉をかけることも出来ず見ていた女生徒は、はっと、何かに気付いて慌てて居住まいを正した。
尻もちをついたままだった足をぺたりと地面につけて、何故か正座のように座り直す。
ぎゅっと、両手で腿の半ば程まであるスカートの裾を抑え付けると、女生徒が文次郎を見上げて来た。
その顔は、ほんのりと桃色に染まっている。
そして何故か、見上げてくるその視線は文次郎を睨んでいるかのように見える。


(な、なんだ!?)

文次郎は内心で動揺する。
傍から見て気味の悪い行動を取っている自覚はある。
しかし、こんな風に顔を赤らめて睨まれるようなことをした覚えはない。

文次郎は、女生徒の現在の様子と、その前の行動、状況を、回転の遅い頭で必死に思い出し考えた。そして



(!?み…見てない!!俺は見てないぞ!!)

その原因に思い当たり、必死に否定する。
そんなことに気づける余裕は、先程までの文次郎にはなかった。
あったとしても、文次郎は見ない。
そこには、文次郎にとって恐ろしいトラウマの記憶しか待ってはいないのだから。

しかし、未だに震えたままの唇からはやはり弁解の言葉は出ず、先程と変わらず女生徒を凝視することしか出来ない。
そんな文次郎を、女生徒がどう誤解しただろうか。
文次郎を頬を染めて睨み上げていた女生徒の目に、徐々に涙の膜が張り始める。
きゅっと引き結ばれた唇が噛み締められていく。



(…やめてくれ!!本当に、勘弁してくれ!!)

心の中で叫ぶが、やはり言葉にしなければ相手には届かない。
ぽろりと、女生徒の瞳から涙が一粒こぼれ落ちる。







「伊作ーーーー!!!!」

女生徒が涙を流したその瞬間。
女生徒が自転車で下って来た坂から、何者かの声が聞こえた。
誰かの名前を呼んでいる。それもかなりの大声で。
現実から逃避したくて堪らない文次郎は(近所迷惑になるだろうがよ…)とその声の主に思考を向けた。



「留さん!?」

(お前かよ!?)

その声に、地面に座り込んで涙を流していた女生徒が反応する。
瞳から零れた涙を慌てて指で拭い、声の聞こえた方へ顔を向ける。


「伊作ーー!?」

女生徒の答える声が届いたのか、再び声が聞こえた。
先程よりも近付いて聞こえたと思ったそれは、凄まじい車輪の回転音と共に近付いてくる。
女生徒が音を追ってそちらに意識を向けたので、文次郎も視線を向ける。
女生徒が下って来た坂を、同じように下ってくる自転車の影。
先程のこともあり、文次郎はその自転車に跨る運転手を真っ先に確認する。
男だった。


女生徒に負けず劣らずの驚異的な速度で坂を下って来た男は
しかし、女生徒とは違い確かなハンドルとブレーキ操作で一直線に二人のところまで来ると、ドリフトでも決めるかのような勢いで自転車を止めて飛び降りた。
その男もまた、文次郎と同じ真新しい制服に身を包んでいる。



「留さん〜!!」

伊作と呼ばれた女生徒が、立ちあがって自転車から降りた男に駆け寄る。


「伊作!お前、勝手に先行くなよ!」

留と呼ばれた男子生徒が、駆け寄って来た女生徒の頭に軽くゲンコツを入れる。
傍から見ても威力は全くなく、ただ頭に手を添えたのと変わらない、形だけのゲンコツであった。


「ごめんさない〜!途中で怪我しるにゃんこ見つけて、気になって余所見してたら自転車ぶつけちゃって、なんでか分かんないけどブレーキ壊れちゃって、止まれなくなって〜!」

男が怒っていると思ったのか、女生徒は必死になって言い訳を始めた。
それを聞きながら、男は崩れた女生徒の髪のセットを直してやったり、リボンの位置を調整してやったり、制服についた土埃を払ってやったりと、忙しなく女生徒の世話を焼いている。
休むことなく手を動かし、女生徒の身体に異常が無いか確認し、次々と女生徒の口から溢れる言葉、その一々に返事を返してやりながら、まるで母親のような手際の良さで女生徒の身支度を整えている。



「留さん…怒ってる?」

粗方喋り終わった女生徒が、窺うように小首を傾げて男に言う。
見た目が可愛らしい女生徒のその仕草は、きっと間近で見たのならば心臓を一突きにされるような威力がありそうだ。
(文次郎にとっては別の意味で、〇距離ショットガンをぶちかまされたような威力があるだろう)


「…怒ってねーよ。心配しただけだ」

そんな仕草を見ても、男に動じた様子は微塵もない。見慣れているのだろうか。
女生徒の身なりを完璧に整えてやり、自分を見上げる女生徒に一つ溜息をはいて、こつりと、再び女生徒の頭に拳をあてた。

そんな男の様子を見て、不安げに揺れていた女生徒の表情に笑みが浮かぶ。


「ありがとう留さん!」

ぎゅっと、飛び付く様に背伸びして、女生徒が男に抱きつく。
その姿には、女生徒から男への、全幅の信頼と安堵感が感じられた。





「…伊作、お前泣いたのか?」

抱きついて来た女生徒の頭を、あやす様に撫でてやっていた男は、至近距離で見下ろす女生徒の目尻に、僅かに残る濡れた痕に目を留めた。


「え!?…えっと、ちょっと…」

心成しか、先程よりワントーン低くなった男の声に、女生徒が口籠る。
どう説明したものかと戸惑うような女生徒の様子に
男は、女生徒の土埃まみれだった制服の様子を思い出し
傍にある、電柱にぶつかりぐしゃぐしゃな自転車へ目をやり
そうして、すっかりと存在を忘れられて、動くことも出来ずその場に留まっていた文次郎へと顔を向ける。


「と、留さん…?」

女生徒の腕を離し、男が文次郎の方へと歩いてくる。
女生徒の引き留めるような声にも、男は足を止めない。
文次郎は先程のように壁沿いを這うことも出来ず、その場に留まっている。



男が、文次郎の目前で止まった。

「お前、伊作に何した」

女生徒に語りかけていた時とは違う、低く鋭い声。


(…これは)

誤解されている。文次郎は瞬時に理解した。
自分が女生徒にナニカをしたと。そのせいで女生徒が泣いたのだと。


「…な、何もしてない」

女生徒の姿が目前に立つ男の影に隠れて見えなくなった為、文次郎の心が僅かに落ち着く。
やっと絞り出せた否定の言葉は、真実なのだが力がなく
文次郎の前に立つ男には、言い逃れの言葉にしか聞こえなかったようだ。


「何もないのに、伊作が泣く訳ない。お前、何したんだ!」

男が、声を高める。
文次郎に歩み寄り、その襟元を掴み上げる。
いきなりの乱暴な行為に、文次郎の動揺が吹き飛ぶ。
反射的に腕が伸び、文次郎の襟に伸びる男の手首を掴んだ。


「何もやってねぇって言ってんだろうが…」

文次郎の声も、男に合わせて低くなる。
男の腕を引き剥がそうと力を込めるが、男の腕は文次郎の襟元から離れない。

男は、文次郎とほぼ同じ背丈である。
しかし、その身体つきは筋肉質である文次郎に比べて細い。
今掴んでいる手首も、文次郎の指が一周しても僅かに余裕がある位だ。
それでも、腕力は互角らしい。
文次郎が手首を掴む指に力を込めれば、それと同じだけの力が襟元を掴み上げる男の手に加えられる。

チッと、文次郎が舌打ちをする。
それと同時に、男も舌打ちをする。
そのタイミングが全く同じだったことが、二人の苛立ちを更に高めた。

男の額にかかる長さの髪が僅かに揺れる。
と同時に、文次郎の襟元にあるのとは逆の拳が、文次郎の顎目掛けて振り下ろされる。
バシンッと肉を打つ音。
その拳が急所に打ち込まれる前に文次郎が受け止めたのだ。
手のひらがぴりぴりと痺れる。骨にまで響くような衝撃を感じた。


「てめぇ…」

額に青筋を立てた文次郎は、二撃目を加えようと引こうとされた男の拳を包み込むように握り力を込める。
男が僅かに眉を顰めた隙に、男の両手を掴んだ腕を横に流す。
振り回す様に勢いをつけて男の体制が崩れたところで、今までとは逆に男を壁際へと押しつけてやった。
男の真新しい制服の背中の布地が壁のコンクリートで擦れる。
入学式前から傷モノにしてしまったが、頭に血の上った文次郎は気にしなかった。



文次郎が男を睨みつける。
自慢ではないが、文次郎は目つきが悪い。
普段から、その気がないのに周囲を威嚇していると言われるのだ。
実際にその気を込めて睨みつけてやれば、大抵の奴はそれだけで怯んだ。
友人達でさえ、そんな時の文次郎には近付いて来ないことがある。

しかし、男はそんな文次郎の視線を真っ向から受け止め、睨み返す。
つり目がちの男の目は、文次郎を睨みつける為に細められている。
正面から覗く男の瞳は一般的な色の瞳孔であるのに、その意志の強さが光となって内から文次郎を貫こうとしているかのように、文次郎の目に焼き付いてくる。

こんな風に一瞬も逸らさず、逸らされることなく、誰かと目を合わせるのは久々だった。
文次郎を支配する『女性恐怖症』は、日常の様々な部分で影を差す。
異性は勿論だが、同性の友人相手であっても。
同じように振る舞えないことに対する悔しさや劣等感のようなものが、文次郎の邪魔をする。

しかし、今この瞬間は、文次郎の頭の中からそれらは消えていた。
自分の背後にいる筈の女生徒のことも、その傍に落ちたままの自分の鞄のことも。
もうじき始まる入学式も、そこから始まる高校生活への不安も。
全て吹っ飛び、文次郎の頭の中には目の前の男のことしかなかった。

ぎりぎりと力を込めていく。
腕力は互角であるようだが、全体的な筋肉量や、現在の体勢などでは文次郎に利がある。
しかし、それでも男は負けずに張り合ってくる。
その視線に込める意思の強さを、微塵も緩めようとしない。
それを、何故か文次郎は心地よいと感じていた。





「留さん!!」

文次郎の後ろ、少し離れた所から女生徒が男を呼ぶ。
その声にも、文次郎の心は真っ直ぐに男に向けられたまま乱されない。

この二人は恋人同士なのか。
力の拮抗状態の中で、文次郎はふと考えた。

女生徒の涙を見て、激昂して文次郎に喧嘩を吹っ掛けてくるくらいだ。きっとそうなのだろう。

見た目的には、お似合いの二人なのだろうと思う。
文次郎には分からないが、女生徒の方はかなり見た目の整った部類だ。
そして、目の前の男も。



文次郎と同じ背丈ということは、この学年にしては背が高い方だ。
がっちりとした如何にも男らしいという体型の文次郎に比べて、男は細身だが、文次郎にはないしなやかさを感じさせる身体付きだ。

不揃いで少し長めな瞳や耳にかかる髪は艶のある黒髪で、正直、異性同性問わず髪の脱色と言うものがあまり好きではない文次郎には好ましい。

自分の悪友程ではないが、すっと整った目鼻立ちは涼やかで、思春期の男子に似合わず肌荒れやにきびの跡もない色白な肌と合わせて、その容姿は美男子の部類に入るのだろう。

つり目がちな目や細い眉は、身体付きと合わせて猫科の動物のような印象を受ける。
そして何より、文次郎を真っ直ぐ見据えた、対等に向かってくるその瞳が、良い。





そこまで考えて、文次郎は一瞬思考を止めた。

(…今、俺は何を考えた?)

男を抑え込んでいた力が僅かに緩む。
その隙をつかれ、男が文次郎を押し返す。

先程の文次郎と同じように掴みあった腕を横に振り回され、再び文次郎は壁へと背を押しつけることになった。
お返しとばかりに、背をコンクリートへと派手に押しつけられる。
息がつまるようなその衝撃と、布の擦れる音。



しかし、文次郎の頭は別のことでいっぱいだった。

何か、先程おかしい方向に思考が反れた気がする。
でも、それを思い出してはいけない気がする。

男が、文次郎の別の意味で顰められた眉を見て、はっ、と好戦的な笑みを浮かべた。



文次郎の体温が上がった。
少し前までは、血の気が引いて青ざめて、寒さを感じる位だったというのに。
今は熱い。特に顔を中心に。





男の表情が変わる。
文次郎を睨みつけた瞳はそのままだが、訝しがるようにその眉が寄せられる。

男が振り返る。
そこには、掴み合いをする二人を心配そうな顔で見ている女生徒がいた。
もう一度文次郎に向き直る。
そこには、男を凝視したまま、僅かに頬を紅潮させた文次郎がいた。


「…そうか。てめぇ…」

何かを頭の中で結び付けたらしい男が、更に低く、唸るような声を出す。
また何かを誤解された気がする。


文次郎と掴み合ったまま、顔を俯け、男がふるふると震え始める。
それは、込み上げる怒りを必死に抑え込んでいるかのような震えだった。

男が文次郎の手を振り払う。
手の中から急になくなった体温を、何故か惜しいと思う感情が文次郎の中にあった。

男が顔を上げる。
ぎんっ、と音がしそうな勢いで文次郎を再び睨みつける。





「お前みたいなやつに、伊作はやらん!!!!」

(何でそうなる!!!!)


まるで、娘が連れてきた男に宣告する父親のような男の言葉。
それに内心で全力で突っ込んでいた文次郎は、再びこちらに向かって振り下ろされた男の拳を、今度は受け止めることが出来なかった。












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