小説 | ナノ




珍しくくっついている設定の文食満、食満先輩視点のお話です。

でも、あんまり明るい話ではありません。
R18に挑戦しようとして大失敗した描写があります。











最初に想いを告げてきたのは、文次郎だった。



何とも言いがたい珍妙な顔をして。
まるで自決前に辞世の句を読み上げるかのような神妙さで。

奴は俺を好きだと言った。



その言葉を聞いた瞬間は、何の冗談だと思った。
新しい喧嘩の売り方でも考えてきたのかと思った。

そういえば、最近は俺達の喧嘩の始まり方も型に嵌り、最終的に殴り合うことに変わりは無いがそこに至るまでの罵倒や詰りはいつも同じようなやり取りばかりで、少々マンネリ化していたかもしれない。

しかし、だからと言ってもこれは性質が悪い。
どうせ俺が少しでもうろたえでもしたら途端に態度を変え、隈だらけで厳めしいその顔にお決まりの憎たらしい表情を乗せて

「嘘だバカタレが。忍を目指す者ならば、相手の言葉の真偽くらい見抜かんか。これだからアホのは組は〜」

云々。
そう言って俺を馬鹿にするつもりなんだろう。



そんな手に乗ってたまるかと。
奴の魂胆を見抜いた俺は敢えてそれを指摘せず、無反応を返事として返した。



どうだ。これならば俺がお前の言葉をどう受け取ったかなど分かるまい。
内心踏ん反りかえって、俺は文次郎を見下した。

おまえの言葉には何を言われても取り合えず反論し噛み付く、いつもの俺とは違うだろう。
お前の期待通りの反応など取ってやるものか。

何で無反応?
え、まさか本気にしたとか?
いやいやいや、バレバレだろうそれはないだろう。
じゃあ何で無反応?

みたいな感じで、内心戸惑いまくればいい。
そんな風にほくそ笑んでいた。



あんな言葉を、こんな喧嘩のきっかけ作りなんかに使ったおまえが悪いんだと。
今にも叫び出したくて、全力で殴りつけてやりたくて堪らない衝動を押さえ込んで、俺は黙った。





けれど、あいつは俺の予想とは反してその態度を崩さなかった。

顰めた顔を更に顰めて。
全身に纏う鋭気を更に増して。



気持ちが悪いか。信じられないか。気が狂ったかと思うか。

そう言って一歩を俺に向かって踏み出し



しかし本当だ。俺はお前を好いている。

再び先の言葉を繰り返し、俺の手首を取った。





不意の拘束に、俺は思わずそれを振り払おうとした。
しかし、あいつの力は緩まなかった。

ぎりぎりと締め付けるようなその力に眉を顰めかけて
その瞬間に気付いた。



あいつの手が、微かに震えていることに。





震えているだけでなく、汗もかいていた。体温も高かった。

奴の顔を見る。
相変わらずに実年齢以上に老け込んだ、隈だらけの酷い顔。
こちらを射抜く程に睨みつけてくる、彫りも印象も深い双眸。



その顔にのぼる僅かな朱色と、視線に交じる覚悟に、漸く気付く。





なんだ、本気で言っていたのか。





気付いた瞬間、呆気に取られた。

そうして次に込み上げてきたのは、笑いだった。

何?本気でお前、俺の事が好きなのか?
何処が、どうして、いつから。
一体俺とお前の間で、殴り合いか罵り合いしかしていないようなこの日常の中で、そんな感情が芽生える余地なんてあったのか。
もしかしてあれか?
お前が必要以上に俺に突っかかってくるのとか馬鹿にしてくるのとかは、好意の裏返し?好きな奴ほど苛めたくなるとかいうアレ?
…お前何歳だよ。



一気に込み上げてきた感情と言葉の羅列。

身体が震える。
吹き出したくて、吐き出したくて堪らない。

何それ。何これ。面白過ぎて、突然過ぎて、どうすればいいかわからねぇよ。



込み上げるそれを耐えることに必死になって、真っ白になっていた俺に文次郎は返事を聞いてきた。
 
馬鹿じゃねぇのか。
俺とお前で、そんなの有り得ないだろう、と。
笑い飛ばしながら返してやろうと思っていた。
けれど



どくりと。
文次郎に握られたままだった俺の手首の脈が、大きく打った。



気付いた時には



と、俺は声に出して返していた。












+++



その日から、俺とあいつの『恋仲』としての『お付き合い』が始まった。





と言っても、その日常風景は然して変わらない。

相変わらずに顔を合わせれば睨み合い。
口を開けば詰り合い。
身が近付けば殴り合う。

その中に一つ。
人目を忍んで、ひっそりと身を寄せ合うという要素が増えただけだ。





多種多様な多数の人が住まう忍術学園の中で、俺達が二人きりになる時などそうは無かった。

けれど、よくよく探せばこの時間帯のこの場所は人が寄り付かない、とか。
この部屋の中のこの場所は死角になって他からは覗けない、とか。
そういった抜け道のような逢引場所はあるもので

奴はそういった場所を探し当てて来ては、俺を引き連れてそこに篭った。



初めの内は、慣れなかった。
四六時中、予告も無しに不意に目の前に現れては、こちらの都合など無視して連れ込まれる。
拘束される時間は長くはなかったが、その頻度と、逢引の最中に施される行為がむず痒くて、俺はいつも抵抗していた。



俺が抵抗するから、文次郎の行動も乱暴なものになる。

何か作業をしているところに急に現れられて、無言で見られ、腕を取られ、何処かへ向かって歩き出す。
今はそんな気分じゃないんだと、今俺が何してたか見えねぇのか馬鹿文次と苛立ちを声に乗せて掴まれた腕を振り払えば、向こうは向こうでそれに苛立ち、忌々しそうに舌を打って、先程よりも強い力で腕を掴み歩き出す。



そんなやり取りを繰り返しながら漸く文次郎の見つけてきた逢引場所に着いた時には、お互いの機嫌は最底辺を突き破っていて
到着の瞬間に手を振り払って距離を取り、そのまま戦闘開始→騒いで以後その場が逢引場所に使えなくなる、という例は、馬鹿馬鹿しいけれども少なくなかった。





なんであの時あんな返事をしてしまったのか、と
身体中に傷をこさえて、伊作の説教もたっぷりと受けて、後悔しながら床につくのがいつの間にか習慣になっていた。

今からでも遅くはないか。
今度二人きりになった時は、やっぱり無しだと言ってみようか。
いつもいつも、そんな結論に辿り着いて目を閉じた。

けれど、一晩寝て目覚めた時にはそんな結論を出したこと自体をもう忘れてしまっていて。
結局俺達は、お互いに改善案を見つけ出すことも出来ないまま、かなりの長期間そんな殺伐として成功確立の非常に低い逢引を行い続けていた。








+++



それでも、人間と言うのは『慣れる』ことの出来る生き物で。

少しずつ文次郎との密事に慣れていった俺も、その内に、文次郎から発せられる予兆と言うか、気配のようなものを察せられるようになった。



皆で輪になり会話を交わす中。
学舎で偶々すれ違った時。
ふと合わさった視線の中に、奴の表情の中に、飢えのような渇きのようなそんな何かを感じる時があった。



そんな時は、十中八九、後に俺が一人になった頃合を見て奴が現れる。
それを予想して、俺は中途半端に残さぬように仕事を片付けておく。

奴が現れる。
無言でこちらを見てくる。
どうやらこの無言の視線は、奴なりの誘いかけであったようだ。
分かるか。

腕を取り無理矢理引き寄せられる前に、自分から文次郎へと歩み寄る。
それでも文次郎は俺の腕を掴む。
掴んで、俺を引くように先を行く。

俺は抵抗しない。
だから文次郎の仕草も荒くは無い。



それでも俺の腕を掴む文次郎の力は、いつまでたっても緩む事はなかった。








照れと恥と、『犬猿』という自分達の関係性をほんの一時でも忘れ、触れ合うことに慣れれば、文次郎との逢引はそう悪いものではなかった。

視線。吐息。言葉。仕草。
その全てに、普段とはまるで違う熱を孕ませた文次郎と身を寄せるのは案外。



いや、正直心地が良かった。




人目を忍んで、影に隠れて、周囲の気配に耳を澄ます余裕だけは残しながらも目の前の男からの熱視線を全身に受ければ、否応にも気は昂っていく。

それを悟られるのが何となく癪で視線を逸らせば、すっと伸びてきた手の甲が、逸らした頬を擽り前を向きなおさせる。

どくりと振り幅を広げた心音を落ち着けようと深く息を吸い込もうとすれば、それを許さぬかのように覆いかぶされ、ぴたりと隙間無く身体を合わせられる。



トクトクと。

肌から伝わる文次郎の鼓動の音は、いつも俺よりも大きく速く。
その音の中に吸い込まれて、俺の中の不安定な音は消えていく。



背を壁に、前を文次郎に、左右はその腕に。

逃げ場を失い、抵抗を封じられ、そうなってから漸く俺は文次郎の身体へと腕を回す。



導かれ、逃げ道を閉ざされ、他にどうしようもないから仕方なく、と。

そんな免罪符を得なければ動き出せない俺は、随分な卑怯者であるとの自覚はあった。
けれど、そんな俺が触れるのを待ち望んでいたかのように触れた瞬間に身を震わせ、息が詰まるほどに力を込めて俺を抱きしめてくる文次郎の顔が悦びに満たされていたから、別にこれでもいいんじゃないかと、知らず知らずの内に心に言い訳をしていた。








+++


初めて口を吸った時も、身体を繋いだ時も
求めたのは文次郎だった。



口吸いは一度目の逢引で。
次の段階へは数度の拒絶と失敗を得て、最終的には押し切られるような形で成った。



それらの行為の主導を握ったのは、文次郎だった。
というか、俺が甘んじて受け手に回り、文次郎の好きにやらせてやったのだ。

何故かって?
そりゃあ、切羽詰った状態の文次郎の恐ろしさときたら。
どうにかして発散させてやらなければ、どんな方向で、どんな暴発の仕方をするか分からなかったからだ。



お互いに知識はあった。けれど経験はまだだった。
だから、少しでも理性に余裕のある方が負荷の多い役割を担当した方がいいと、そういう判断があったからだ。

初回以降もその役割が割合固定されていたのは、それで別段支障が無かったからだ。

理性的に、理論的に考えてそうなったんだ。
俺が奴より弱いからとか、華奢だからとか、女顔だからとか。
そんな理由では、決して無い。





俺達の身体の相性は、思った程に悪くはなかった。
だからこそ俺達は正気に戻ることもなく、何年も、この少しばかり常識の範疇から外れた関係を保ち続けることが出来たんだろう。
それが幸いだったのか、災いだったのかは、今になってみれば少し悩む。



床の上での関係で唯一不満だった…というか、不愉快だったことが一つある。
それは、あいつが俺を女のようにやたらと丁重に扱うということだ。



はっきり言って、気味が悪い。

お前に俺はどう見えている?
正真正銘、まごうことなきお前と同じ男だろうが。
ついてるものはついてるし、無いものは無い。
奴が好んで触れる胸も、足も、腕も。
不本意ながらあがる最中の俺の声も。
初めて見た時には思わず引きかけたお前の一物を受け入れている箇所も。
全て男のもの。男だから使わざるを得ないものだろう。



それなのに、奴の手つきはまるで生娘でも扱うかのように優しく、丁寧で、慎重で、緩慢で。

理性と欲の狭間で揺れる俺をじりじりと追い詰めるその手つきは
時に拷問じみていて、時に意味なく涙を溢れさせてきて、時に自分の性を忘れさせる錯覚を生み出す。



だから俺は、あいつのそんな手つきが嫌いなんだ。





あいつがそうなった理由は大方察しがつく。

それは、初めて身体を繋いだ時。
半暴走状態のまま行為に入ったあいつが、行為の最中に完璧な暴走状態に移行してしまい、結果その全てを受け止めた俺が意識を飛ばし、翌日から体調を崩し暫く寝込んだという実例だ。



原因を知っていれば、なんと間抜けな顛末だろうか。
(実際に、診断を行った伊作にはばれて、過去最長の説教をくらった)

けれど、回復するまでの俺の様子は、本当に哀れになる程酷いものだったらしい。



これに関しては

「俺の身体がひ弱だったせいで…」

などと、自分の非を認める気は一切無い。

誰がどう見ても、誰が相手であったとしても、文次郎のあれに無傷で耐え切れる者はいないと思うからだ。



最中を誰かに見せていた訳でもないし、それを受けたのは俺しかいないのだからそれを証言するのも俺一人だけなのだが、身を持って味わったからこそはっきりと断言出来る。

あれは、文次郎が悪い。



でも俺は、それで文次郎を責め立てたりはしていない。
(身体が癒えるまで一月程は禁欲を命じたが)

傍から見ているだけでも、文次郎自身が反省しているのが分かったからだ。

そうして、それ以降の奴の手つきはがらりと変わった。
それが『まるで女を相手にするかのような』という、先のあれだ。



極端過ぎるんだお前は。
御得意の忍耐力というのはどうした。
頭脳派い組の誉れはどうした。

そんな風に呆れ、からかい、挑発し。
どうにかそれを改めさせようとやってはみたが、結局あいつはそのままだった。








++++++



俺は慣れていった。

あいつと触れ合うことに。
あいつと繋がることに。



そして感じるようになっていった。

離れがたい程の執着を。
溢れ出る程の愛執を。
押さえきれぬ程の渇愛を。



けれど俺はつい先日。
奴から、この関係の期限を告げられた。








いつも通りの逢引の最中。
穏やかに密やかに互いを感じ合っていた最中に。

卒業を迎え学園を出たら俺を手放す、と奴は言った。



ぽかんと。
初めて奴に想いを告げられた時と同じように、俺は呆然としていた。



俺の首元に顔を埋めていた奴は、その俺の顔を見ないままに話を進めた。


今まで付き合わせてすまない。
はじめからこれは決めていた。
本当はあの時にお前に断られてそれで仕舞いと思っていた。
気まぐれであったとしても、十分に幸福だった。

だから手放す。

お前はお前の道を歩み、真に想いを寄せ合える者を探せ。
でもせめて、ここにいる間だけは俺の下にいてくれ。



そう言って再び動き始めた文次郎の手つきは、今までで一番優しかった。








それからの事は、よく覚えていない。



気が付いたら俺は漆喰片手に壊れた壁の補修作業をしていた。

周りには誰もいない。
作兵衛も、平太も、しんべヱも、喜三太も。
遠くの先まで見通しても誰の気配もない。

いつからこの作業をしていたのか。

日はもう沈みかけている。
身体は疲労で酷く重く、感覚がなくなる程だった。
ふと見遣った壁には点々と延々と、俺が直して来たのだろう真新しい漆喰の跡が続いていた。
これ全部を一人で直してきたのだとすれば、かなりの時間が経っている筈だ。



その壁の補修跡をぼんやりと眺めていたら、よくもまあこれだけ盛大に壊してくれたものだと沸々とした怒りが湧いてきた。
恐らく高い位置にあるものは小平太が、低い位置にあるものが文次郎がつけたものだ。



小平太は仕方ない。

あいつはああいう生き物なのだ。
ただ普通に生活するだけでも周りを巻き込み、被害を出さねば生きていけない星の元に生まれた男なんだ。
伊作が不運なのと同じだ。

そう思い込めば、少しは納得が出来る。



けれど文次郎。

あいつは、あれだけ予算だ節制だと怒鳴り散らしておきながら、個人的な鬱憤晴らしで用具委員の予算を圧迫するとはどういうことだ。

自分の矛盾に気付いていないのか。
好き放題に、何処でも、彼処も。
そんなに壊すのが楽しいか。鬱憤晴らしは清々するか。



ガツリと、鈍い音がする。
無意識に俺は、握った拳を壁に叩きつけていた。

補修補修の継ぎ足しで、少し脆くなった位置に走る小さな罅。
その罅を見ても、俺の心は少しも晴れなかった。

試しにもう何度か打ち付けてみる。
けれど、少しずつ広がる罅を見ても少しも楽しさなんて感じない。



ああ、駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。





そうだ、文次郎に喧嘩を売りにいこう。



からかって、馬鹿にして、挑発して。
あいつと思いっきり殴りあえば、少しは清々するかもしれない。

そう決めた時には、あいつを探して歩き始めていた。








文次郎は、会計室にいた。

夕暮れ時の会計室で、一人机に広げた帳簿とにらみ合っていた。



そんな文次郎の手元を隠すように、入り口に立った俺の影が伸びる。
顔を上げてこちらを見た奴が怪訝そうな表情を浮かべる。
何も言わずに俺は歩み寄る。



喧嘩を売ろうとして来たはいいが何と言って挑発しようか。
いつも自然に湧き出てくる言葉は、いざ意識して引き出そうとすると奥に隠れて見つからない。



沈黙している俺を見上げていた文次郎の視線が不意に下がる。
そこで何かを見つけて、奴は血相変えて何かを怒鳴った。

目を見開き怒鳴る文次郎が煩いからその視線を追って自分の手を見下ろせば
ぼたぼたと雫になって血が滴る、傷だらけの俺の手があった。



さっき壁を殴った時に皮膚でも避けたか。もしくは筋が抉れたか。
大層な出血量であるのに何故か痛みを感じないそれを無感情に見下ろし検分する。

たった数回殴っただけでこの有様で、壁には小さな罅程度しか走らなかったというのに。
それを頭突きで砕いてみせる文次郎の頭の固さとは、やっぱり異常だなと場違いに感心する。



そんな反応の鈍い俺に焦れたのか、文次郎が立ち上がり、目を怒らせて俺の腕を掴む。
伊作のところか、医務室にでも連れて行こうとしているのか。

けれど、それは困る。
俺はお前に喧嘩を売りに来たんだ。
どうせ喧嘩の後はボロボロの傷だらけになるんだから、説教と治療を受けるのは一度でいい。

そう文次郎に告げたら、案の定バカタレがと更に目を怒らせて怒鳴られた。



俺の話を無視して腕を引かれることにイラついて、喧嘩を売る文句を考えるのも煩わしくなって文次郎の手を振り払い、油断していた足を払い、倒れた文次郎の上に素早く乗り上げ押さえ込んだ。
何をするのかと、俺の下から文次郎が怒鳴り睨みあげてくる。

けれど、俺の顔を見て、その怒気は急速にしぼんだ。



どうしたのだ、と文次郎が問い掛けてくる。
困惑を滲ませながらも、その顔は態度のおかしな恋人の様子を憂い、伺う男のそれになっていた。

俺はそれを無視して、文次郎を殴ろうとした。

けれど受け止められる。再び問われる。無視して、今度は血塗れの拳を振りかぶる。



留三郎、と奴が俺の名を呼んだ。
静かに、咎めるように、らしくもなく宥めるように。



けれどその声が、今の俺には決定的だった。








ぼたぼたと、まるで決壊するかのように涙が溢れ出した。

突然に泣き出した俺を見て見開いた文次郎の目から逃げるように、その胸の上へと顔を埋める。



声を殺し、息を飲んで、けれど涙だけは止めることが出来ずに俺は泣き続けた。
宥めようと触れてくる文次郎の手も振り払って、掛けられる声にも耳を塞いで、ただ文次郎の胸で泣き続けた。



今の俺と文次郎とでは、無理矢理売りつけようとしても喧嘩さえも出来ない。
それだけのことが、俺にとっては変えようのない二人の差のように感じてしまった。



なんで。
なんでお前は俺と同じ感情を持たない
俺と同じ激しさでこの感情を共有してくれない、と。

理不尽にも思える抗議が込み上げるが、嗚咽を噛み殺すのに必死の口からは発せられない。





嫌だ。

あの時告げられなかった言葉が込み上げてくる。

嫌だ嫌だ嫌だ。

何が嫌かなんて決まっている。
俺は、お前と離れたくないんだ。



何故卒業と共に離れなければいけない。
忍の三禁だからか。忍働きの邪魔だからか。
そんなもの己自身が強くあれば問題ないだろう。
何にも惑わされず、誘われず、忍としての道を第一に捉えながらも、誰かがその隣にいたっていいじゃないか。
俺はお前の邪魔にはならない。お前も俺の邪魔にはならない。
互いの強さは知っているだろう。ならば共に歩むことが出来るか否か、考えることは出来る筈だ。
そもそも俺は、その為に強くなったんだ。
お前の隣につり合う様に、お前の下にはならないように。
お前もきっとそうだと思っていたのに。思っていたのに。
何故切り捨てる。共に歩むことを考えてもくれない。
俺は、お前にとってその程度のものだったのか。

お前に想いを告げられた時のあの答えを、どうして俺のきまぐれと思った。
お前に想いを告げられてからの今までを、どうやったらきまぐれで出した答えなどで続けてこれる。

俺はお前が好きだった。
お前が想いを告げてくる前から。
ずっと、ずっと。

ただ言えなかっただけだ。
行動で示せなかっただけだ。
怖くて、怖気づいて、不安で。
だから、お前から先に告げられて、それに乗っかっただけなんだ。
心の中では、信じられない程の幸福に満たされていた。

何が悪かった。
いつまで経っても素直に言葉に出来なかったことか。
自分からは中々、手を伸ばせなかったことか。
いつもいつもお前が与えてくれるから、道を開いてみせてくれるから、その通りに進みすぎていたからか。
だからお前は、俺が嫌々お前に付き合ってやっていると思い込んだのか。

今すぐこの心を占めるものを伝えたのならば、お前は俺の想いを知るか。俺を諦めないか。俺を手放さないか。
それならば今すぐに、何度でも伝える。



好きだ。好きだ。どうしようもなく、お前が好きだ。
男の矜持を捨ててお前に抱かれていたのだって、お前が好きだったからだ。お前が望んでいると知っていたからだ。

女のように扱われるのは嫌だった。
女ではない自分への悔やみを、本当はお前だって女の身体の方が良いのではないかと勘ぐってしまうことが嫌だったからだ。

でも、同時に幸福でもあった。
それだけ俺はお前に大切に思われているのだと感じることが出来たから。

初めて繋がった時の激しさだって、嫌だった訳ではない。
不慣れな身体には少し負担がでかかったというだけ。
常にああでは流石に無理だが、あれ程までの激しさをお前が俺にぶつけてくれるということは、俺にとっての愉悦でもあった。

俺はお前に関することではこれ程に欲が剥き出しで、醜く、矮小で。
でも、その分だけお前が好きなんだ。

離れたくない。離れられない。
お前は俺の。この想いは俺の。既に一部なんだ。





だからお願いだ。

俺だけをこの想いの中に、置いていかないでくれ。









イチャラブに挑戦→惨敗
といういつものパターンでこんなお話になってしまいました。

文→食にみせかけての、文→(←←)食で、いちゃラブさせる筈だったのに、愛のままに突き進んだ結果、こんな感じです。

こうじゃないんだよ!!
私の求める文食満像はもっとこう!!
と熱くなっていたのですが、それを表現できないもどかしさだけが燻っています…

続く…かもしれませんが、この先はヤンデレルートか、R18ルートしか思い浮かびません。


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