あやし奇譚 | ナノ


鳥と首飾り








仙蔵と作兵衛が去って、辺りには気不味い沈黙が漂った。





「…」

二人共が、微妙に相手から視線を逸らしたまま黙りこむ。



「…おい、留さ」
「接吻なんかしねえからな!!」

沈黙に耐えかね、取り敢えずと食満を呼んでみた文次郎の言葉を、噛みつくような勢いで食満が遮る。
言葉と共に、食満がぎっと文次郎を睨みつけてくる。
その顔は若干赤みがさしており、目尻には涙が浮かんでいた。





「な…何を言っとるんだお前は!あれは仙蔵の冗談だろうが!」

予想外の食満の表情に一瞬呆気にとられかけた文次郎だが、すぐさま同じ勢いで言い返す。


「うっせー!作に変なこと聞かせやがって!作に誤解されたらどうしてくれる!帰って来た作に余所余所しい態度でも取られたらどうしてくれる!もしそうなったらお前のせいだ!全部お前のせいだ!」
「知らん!それくらいで泣くな!お前こそ、そんなに誤解されたくなかったのならもっと冷静にあれくらい流さんか!」
「しっかり仙蔵に調教され済みのお前とは違う!」
「それこそ誤解を招くような言い方をするな!!」


まるで、子供の言い合いだ。

特に食満は、先程作兵衛や仙蔵を相手にしていた時とは全く様子が違う。
作兵衛の前では、自らを慕う目下の者をよく目に掛ける先輩として。
仙蔵の前では、少々ふざけの過ぎる友人を、呆れながらも上手くあしらう昔馴染みとして。
歳相応にあったはずの余裕と落ち着きが、文次郎の前では綺麗に消え失せていた。



食満は八つ当たり気味に文次郎へと食ってかかり、感情をそのまま表情と言葉にのせる。
また文次郎もそれを綺麗に自分の分を上乗せして受け返すものだから、二人のやり取りはどんどんと加熱していく。

二人を止める者もなく、子供の言い合いはすぐさま取っ組み合いの喧嘩へと移った。
ただし、その形は『人』対『獣』である。
狐妖である文次郎の姿は、只人には見ることは出来ない。幸いにも、周囲に他の人の気配もない。
が、もしも見えたのならば、それは大層奇怪に映ったことだろう。
地面の上を縺れ合い罵り合いながら、狐と本気の喧嘩をする青年、など。

しかし、二人にとってこれは幼い頃から何度も繰り返した、至って普通の日常なのであった。





食満と文次郎、そして仙蔵は、幼馴染である。
文次郎と仙蔵は同じ狐妖。だが、食満は違う。
それでも三人は、幼少の一時期を、毎日のように共に過ごした。

その頃から、二人はこうであった。
他の者に対しては普通に接することが出来るのに、お互いに対してだけはそれが出来ない。
とにかくぶつかり合い、反発し合ってしまう。
その上、お互い限定で堪忍袋の緒が短く、手も足も出やすい。
顔を合わせる度に、必ず取っ組み合いの喧嘩が始まる。

決して仲が悪いわけではない。相手を嫌っているわけではない。
成長し、立場も住む場所も違うようになった今でも、なんやかんやで頻繁に顔を合わせる。
他の者たちにはない確かなつながりもある。

それでも、二人の喧嘩がなくなることはなく、穏やかで、しっとりとした空気が流れることもなかった。








暫しして、食満が文次郎の上に馬乗りになって地面に押さえつけたところで今回の決着は着いた。

二人とも、肩で息をして衣服は砂まみれ、頭髪や毛並みはぼさぼさである。
今回の喧嘩の敗者である文次郎は、食満の両腿にがっちりと胴を抑えられ、噛みつけないよう首元は片手で押えられ、手足は空しく空を切り、食満には届かない。
そんなどうにもならない状況に、悔しそうに唸り声をもらした。

しかし、勝者であるはずの食満は、そんな文次郎の様子に満足するでもなく眉を顰めていた。



「…お前、そんなになるまで、今回は何したんだ」

食満が文次郎に問う。
その口調は先程よりも落ち着いた分、真剣さが増していた。



今の文次郎は、明らかに弱っていた。
平時であれば、このように簡単に食満に不覚を取ったりはしない。
もちろん、万全の状態であったとしても食満は文次郎に後れを取ったりしない自信があったが、もう少し手ごたえがあってもいいはずだ。

食満は、改めて組敷いた文次郎を観察する。
たった今の喧嘩のせいで土塗れの文次郎の毛並みは、よく見れば普段よりも艶がない。
普通、狐妖には妖力の程を示す文様のような隈取りが全身にあるのだが、今の文次郎には、はっきりと確認できるのは目下のそれのみで、それ以外は黒い毛並みに紛れ、目を凝らさなければ分からないほど薄れている。
身体の不調や怪我を隠しているというわけでもなさそうだが、動きにも普段の力強さが欠けていた。
こうやって顔を合わせる度に、最早習慣のように取っ組み合いをしているのだ。言われずとも、感覚で食満にはそれが分かった。



「…」

食満の射抜くような視線に、文次郎は同じように視線は返したが、言葉は返さなかった。


「仙蔵は里の老人達からの仕事と言っていたな。それにはお前も携わっていたのか?
また馬鹿な力の使い方でもしたのか?それとも鍛錬の方か」
「…馬鹿とはなんだ」
「答えろ」

文次郎を真っ直ぐに見下ろす食満の眼差しと声は、その問いを受け流すことを許さない鋭さを含んでいた。








「…狐妖の問題だ。お前には関係ない」

しかし、文次郎はそれを拒否する。顔を背け、視線を断ち切り、そう言い放つ。



「…っ!」

文次郎の答えに、食満はぎりりと歯を噛み締める。
食満の顔が、一瞬歪む。しかし、その表情は顔を背けた文次郎の視界には入らなかった。






食満は、自分に向けられた方の文次郎の頬を、力の限りに捻り伸ばした。
余りにも遠慮のないその力に、文次郎が悲鳴を上げる。

「何をする!!」
「うるせえ!」

文次郎は、突然の暴行に涙を浮かべて抗議する。
文次郎の頬から離された食満の指から、はらはらと黒い毛が数本落ちるのが見えた。

食満が、文次郎の抗議を無視して立ち上がる。
その際に、わざと文次郎の腹を踏みつけた。
文次郎が、再び何とも苦しそうな悲鳴を上げる。


「お、お前…何、しやがる…」

文次郎は地面の上で腹を押さえて蹲り、恨めし気に食満を睨み上げた。
立ちあがった食満は、文次郎に背を向けている。








「…少しでも馬鹿の心配をした、俺が馬鹿だった」





「……何?」

食満が小さく呟く。
しかしその言葉は文次郎の耳には届かず、食満はそのまま、文次郎に背を向けたまま一人歩きだした。

歩き出した食満は、痛む頬と腹を庇ってよろよろと起き上った文次郎を振り返らなかった。
ひどく腹を立てたかのような、しかしそれだけではない何かを感じさせる食満の後ろ姿に文次郎は困惑した。
理不尽に痛めつけられたのは自分だというのに、非があるのも自分のような気になってしまう。
先程までは、言葉と拳によって剥き出しの感情をぶつけ合っていたというのに、今の食満からはそれが感じ取れない。

文次郎は、食満を追いかけた。
仙蔵に共に居ろと言われたからだと、そう自らに言い訳をしながら。












食満が向かったのは、町の一角。
食満の家がある方角とは全く別の、細身の食満や、獣の姿である文次郎の他には、子供しか通れぬような狭い道を通って出たそこは、長屋と長屋の間に偶々出来たような小さな空間だった。

人気は無く、建物の影ばかりが広く、心なしか肌に冷たい風が吹き流れていく。
そんな場所にやってきた食満は、その一角に僅かに残った日向の部分の、丁度良く長屋の壁にそって置かれていた材木の上に腰掛け、片膝を抱えて、そこに頬をつけて俯いた。

食満が腰掛けたので、文次郎もその隣、少し距離をあけたところに座った。
食満の座った位置が丁度日向の終わるぎりぎりのところだったので、文次郎のいる位置は日陰になった。

二人の間は、三尺程の距離しかない。
しかし、その間には光と影の境界となる線が引かれ、決して交わらない。
食満の腰掛ける位置と、文次郎の座る位置とでは、見える景色も差し込む光も流れる風の冷たさも、全てが違った。



「…」

先程以上に気まずい沈黙が、二人の間に満ちる。

食満は喋らない。
顔を文次郎の座る日陰とは反対の方へと向けているので、その表情も窺えない。

もしかしたら、文次郎が同じ空間にいることに苛立っているのかもしれない。
しかし、食満はここに来るまでに、後ろを付いてきた文次郎に対してついて来るなとも、何処かへ行けとも何も言わなかった。
だから、文次郎もただ食満を追いかけるしかなかった。

何かを言われたのならば、先程のようにはっきりと感情をぶつけられたのならば、自分もそれを返すことが出来るのに。
そう思いながら、背筋を伸ばし前方を見据えるふりをして、文次郎は食満の様子を盗み見た。





暫しして、はぁと食満から溜息が漏れた。

文次郎は、ちらりと視線を向ける。
食満は、先程とは違い片手で頬杖をつき正面を向いていた。
その顔は未だ若干不機嫌そうに顰められてはいたが、ほぼいつも通りの食満の表情だった。
もっとも、先程まで食満がどんな表情を浮かべていたのか、何を考えていたのか、文次郎には分からないが。


徐に、食満が懐に手を入れる。
そこから、小さな竹の筒のようなものを取りだした。
形状から見て笛だろう。両端と、側面にいくつかの小さな穴があいている。

食満は、頬杖をついたままそれを口元へと運んだ。



不思議な音色の音が辺りに響いた。
食満が吹く笛は形状は普通の笛であるのに、その音色は鳥の鳴き声に近い。
食満が一息吹き込むと、数種の異なる鳥が幾羽も、掛け合いでもするかのように強弱をつけて鳴く。
一番印象に残る音は、鶯の鳴き声だろうか。
その鳴き声が主旋律となって、まるで鳥達が唄を奏でているかのようだった。

耳に優しいその音色は、普段唄など嗜まない文次郎にとっても心地よく感じられるものであった。
人間の持つ普通の笛に、このような音色を出すものはない。
この音は、人在らざるもの、妖のみに聞こえ心揺さぶるものだ。
ならばきっと、これも食満が自分で作ったものなのだろう。








食満には、幼少の頃から不思議な力があった。
食満が作った『モノ』には、『特別な力』が宿るのだ。

詳しい原理は分からない。
食満は、「ただこうなればいいな、と念じながら作るだけだ」と言っていた。
勿論、普通に物を作ったり、修理するだけのことも出来る。
強く念じて込めてやればそれだけ、普通ではあり得ない、特異で特殊なモノが出来上がるのだ、と。

しかし、文次郎や他の妖が、念や多少の妖力を込めたくらいでは、霊力や神通力も秘めていない只の道具や石ころに、新たに命を込めることも、神体となる程の神聖を与えることも出来ない。

幼い頃の食満には、『師匠』と呼び教えを請う者がいた。
様々なモノの作り方、修理の仕方等はその者から教わったらしい。
しかし、その『師匠』にも食満と同じことは出来なかった。

こんなことが出来るのは文次郎の知る限り、この世に食満留三郎、一人しかいなかった。





唐突に吹き始めた食満の笛の音に、文次郎はただ黙って耳を傾けていた。

しかし、不意に何かを感じ取り、文次郎の耳がぴくりと動く。
その何かを察知した瞬間、文次郎の胸の内は湧きあがった苛立ちでいっぱいになった。



「留三郎」
「…何だ」
「それを吹くのをやめろ」

文次郎は、食満の持つ笛を鼻先で指して言った。


「やめない。此の為にここに来たんだ」

文次郎の威圧的な言葉に怒り出すかと思われた食満は、しかし予想していた反応であったのか、さらりと拒否を返した。



「おかしなものを呼び込むぞ!」

文次郎が、苛立たしげに声を荒げた。




食満の笛には、音色に乗せて念が込められていた。
それは、『何か』を呼んでいた。
何をかは分からないが、自分の居場所を相手に知らせ、こちらに招き寄せていた。

文次郎には、その『何か』が何であるか、誰であるかは分からない。
食満は誰か特定のモノに向けてこの音色と念を届けたいのだろうが、それはその誰かに向けて、真っ直ぐ届く訳ではない。
全く別の、そこらにいる雑鬼や、悪鬼の類にまで聞こえてしまったら、食満のような力ある者は格好の餌食だ。
このような人気のない場所なら、そういったモノは尚更寄り付きやすい。
自ら危険を呼び込んでいながら、呑気に笛なんぞ吹いている場合ではないだろうに。



「怒鳴るな!俺がそう簡単に変なモノに食われたりすると思うか!」

そう言う食満も怒鳴っている。危険は承知、そういうことだろうか。
というかこれは既に、この笛を吹いている間に変なモノが寄ってきたことがあるということだろう。
きっちりと返り討ちにしたようだが。



「…ったく、お前のそのおっかない気のせいで、あの子が怯えてこちらに来れなくなっていたらどうしてくれる」
「あの子…?」

ぼやくような食満の言葉。
『あの子』というのが、食満が呼びたかった相手なのか。
ちゃんと分かるように説明しろ、という文次郎の視線に、食満は手に持った笛を眺めながら口を開いた。








「五日程前に、ここで会ったんだ。これと同じ笛をここで吹いてたら、聞きにきてくれた。 お前が今座ってる、そこの建物の影から、こっちを覗いていた。夢中になって笛の音を聞いてくれたから、嬉しくなって、お礼に笛をやった」

食満が、その時の子供の様子を思い出したのか、ふっと手の中の笛を見て目を細めた。

ころりと、手のひらの上で笛を転がす。
そこには、その子供にあげた笛にあったものと良く似た、鶯の姿が掘られていた。
子供にあげたものは朱色だったが、こちらの鶯は深い緑色だった。



「多分、生まれたばかりで寂しかったんだろう。言葉もまだ上手く喋れないみたいだったし、不安定な時期にあまり長時間本来の場所から離れていると良くない影響を受けるから、その後すぐ別れたんだが。
またな、と言った。だから、ここで待っている。一応周囲も捜してみたんだが見つからなかった。これは、次は一緒に遊べるようにと思って、その子にあげたものに似せて作ったものだ」

食満が、そう言ってまた笛を口に銜えた。

不思議な、鳥達の唄が流れる。

今度は音と共に、何処から現れたのか、色鮮やかな小さな鳥の影が舞い上がった。
笛の音の強弱に合わせて笛の側面に空いた穴から次々と飛び出してくる鳥たちは、食満の周囲を戯れるように、舞うように飛び回り、音が途切れると空気中に溶けるようにして消えていく。

これも食満がやっているのか。
暇というか、無駄に器用というか。
相変わらず、目下の者達を喜ばす為ならば手間も労力も惜しまない奴だ。



「こうやって音にのせて呼んでみても、来てはくれないし。まぁ、ちゃんと約束をした訳ではないし、あの時ここで会ったのだって偶々だしな。あの子が寂しい思いをしていなければ…、それでいいんだが」

そう言って苦く笑った食満が、また笛を吹く。

鳥達が再び舞い上がる。
食満を中心として、色鮮やかな鳥達が思い思いに飛ぶ。
一羽一羽、まるで意思を持つかのように生き生きと翼を広げ、柔らかな日差しを受けた翼は、角度によってその色の深みを変える。

その光景は、確かに心惹かれ、目を引き付けられるものであった。

その中にいる食満の表情は、笛の音と同じで穏やかで。
しかし、その子供が寂しくなければそれでいいと言ったこの男の方が、何故か寂しさを抱えているように、文次郎には見えた。











ふと、文次郎の視界の端を何かが横切る。


音もなく頭上を旋回してゆっくりと降りてきたのは、鴇色をした鳥だった。
小さなその姿は、愛らしいというべきなのだろう。
しかしその一羽だけでなく、気がつけば文次郎の周りには、食満と同じくらいの数の小鳥たちが集まってきていた。
先程まで、思い思いにそこらを飛び回っていたというのに。今では、文次郎は鳥達のちょっとした止まり木のようになっていた。


戸惑うように眉間に皺を寄せた文次郎は、その前足で軽く鳥達を払った。
あくまで軽く。お前達の場所は、俺ではなく向こうだろうと。
しかし、鳥たちはまた文次郎の周りに集まる。

初めの鴇色の一羽が、払おうとした文次郎の前足をくぐり抜ける。
そして、文次郎目掛けて飛び込んできたかと思えば

その身体は、文次郎が首から下げた首飾りの中に吸い込まれていった。



それに続くように、一旦は舞い上がった鳥達がゆっくりと旋回をしながら、次々に文次郎の首飾りの中へと飛び込んでいく。



「な!?」
「!?お前っ、鳥さん喰うなよ!」

文次郎の驚きの声に反応した食満が、笛を吹くのをやめた。
しかしそれよりも一瞬早く、文次郎の周りを取り巻いていた鳥達の最後の一羽が文次郎の首飾りの中に飛び込み、吸いこまれていった。



「鳥にさんを付けるな!それに喰ってない!こいつ等が勝手に入って来たんだ!」

文次郎が普段から肌身離さず身につける、唯一の装飾品である首飾りは、中心に紺碧色と常盤色の二つの大きな勾玉が位置し、その周囲に大小の淡い翡翠色の霊石が並び、それらを緋色の細い紐で束ねたものである。

その首飾りが、今淡く光を放っていた。
まるで、吸い込んだ鳥達の、あの日の光を受けてきらきらと輝いていた翼の光を取りこんだように。



「…お前、それ」

食満が驚いたような声をあげる。

文次郎の身体に、朱色の隈取りが浮かび上がって来ていた。
先程までは目を凝らさなければ分からないほど薄かったのに、今ははっきりとその文様が目に見える。

自らも驚いてそれを確認した文次郎が、ぴくりと身を震わせる。
そして、地面に下ろされていた文次郎の四本の尾がふわりと浮きあがる。
艶を失っていた文次郎の黒い毛並みが、尾の先端から風に撫ぜられるように逆立ち光を取り戻していく。
とがった二つの耳の先端まで光が行き届くと、文次郎の毛並みは先程とは比べ物にならない程の潤いを取り戻していた。

文次郎の体内にも、変化があった。
枯渇しかけだった妖力は、まだ全快には遠いが、それでも急激な回復をしていた。
意識を内に潜らせれば、今もゆっくりと妖力が湧きあがってきている。
これならば、すぐに簡単な術や変化くらいならば出来る位まで回復するだろう。



「…どうなってんだ?」
「…分からん、が」

文次郎が首飾りを見下ろす。
淡い光は殆ど消えかけていた。しかし、まだ僅かに残る念を感じる。





「…お前がやったのか?」

文次郎が食満に問う。


「なんで?どうやって?」

食満がぽかんとして答える。


「知らん…。これはお前が作ったんだろうが。おかしなものを作るのは得意だろう」
「おかしなものとはなんだ!」

文次郎の言い草に食満が反論する。
しかし、今の現象はどう見ても、食満の笛が生み出した鳥が文次郎の首飾りに何らかの作用を与えて起きたものである。

そして、笛も鳥も、首飾りも。どれも食満が作ったものである。
ならば、食満が何らかの術でもかけたのかと、文次郎が思うのも当然のことであった。


しかし、食満の反応から見るにそれはなさそうだ。
一体どういう理屈なのか。相変わらず、食満の力には謎が多い。












「…おい、お前が待っている子供も、その笛と同じものを持ってるんだったな」
「ん?ああ、そうだ」

自分の作った物をおかしい呼ばわりされてぶつぶつと文句を言っていた食満に、何かを考えていた様子の文次郎が声を掛けた。




「行くぞ」

文次郎が、食満に背を向けて歩き出した。


「は?」
「借りは返す。その子供を捜してやる」

文次郎が、何かをさぐるように、スンと鼻を鳴らした。



「分かるのか!?」

狐としての生態を濃く残す今の文次郎の姿ならば、匂いや気を追って対象を追うことは難しくはない。
元々文次郎は、仙蔵が頼りにする程そういった感覚が鋭いのだ。

しかし、文次郎は探す対象であるその子供を知らない。
容姿も匂いも、気の残滓もここには残っていない。
いくら文次郎でも、そんな状態で探すことが出来るのだろうかと、食満が驚きの声を上げる。



「そいつは、お前の作った笛を持っているんだろう」

文次郎の首飾りには、未だ飛び込んだ鳥たちの光と念が残っている。
それは、食満の持つ笛と、さらにはその造り主である食満と同じ気を発している。


「俺が、お前の気を間違う筈ないだろう」

ならば、その子供ではなく、食満の気を辿ればいい。
どんなに遠くとも、どんなに薄れていようとも。
自分が食満の気を見つけられぬ筈がないという確信と、何を今更言っているんだお前はという呆れを含んだ視線と言葉が、食満へと向けられた。





「…」

食満は、呆気にとられて立ちつくす。


「なにしてる、さっさと付いてこい」

そんな食満を意に介さず、文次郎はさっさと歩きだす。

先程ここに来た時とはまるで逆。
違うのは、早く来なきゃ置いて行くぞと、目を吊り上げた文次郎が何度も振り返ることだ。



「…うるせー!」

食満は、俯いて目にかかる前髪をくしゃりと掻きまわしてから、その背を追いかけた。









あとがき
長い!でもどうしてもここで区切りたかったので、無理やり詰め込みました。

ようやく序幕と話も繋げられました。(あまりスムーズではありませんが)

管理人の希望としては、このシリーズでの文食満は
『お互いにはツン→←ツン、突拍子もなかったり、変なとこで偶にデレ』
としたかったのですが、管理人自身がツンデレの魅力を正しく理解していない為、そう見えないかもしれません。
二人の訳あり感や、特別感、伏線等にちょっとでも興味を持って頂けましたら嬉しいです。
伏せるだけ伏せて、回収できませんでしたー。とはならないよう頑張ります。

次回予告(予定):人型文次郎さんついに登場!



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