なく児と百千鳥の唄 後日談 二人の児 (1)


僕の家に、僕がいた。

一人ぼっちの僕が、誰もいない家の中を歩いていた。

何処にいればいいのかも、何処に行けばいいのかも分からないで、ただ歩いていた。


お腹も減らない。眠くもならない。疲れもしない。

けれど、いつも胸の中心だけが重たくて、冷たくて、気持ちが悪かった。


真っ直ぐ立っている筈なのに、目の前に続く廊下の木目の線が少しずつ曲がっていく。

じっと座っている筈なのに、僕の座る場所を中心にして畳がぐずぐずと腐り、沈んでいく。

少しずつ力の入らなくなっていく身体は、何処までが僕で、何処からが僕じゃないのか分からなくなっていく。


何かを叫びたくて。誰かを呼びたくて。口を開き息を吸う。

何と吐き出せばいいのか分からなくて。誰の名を呼べばいいのか分からなくて。息を飲んで口を閉じる。

いつまでも、何度でも、それを繰り返す。


そうして、また歩く。

一人ぼっちの僕が、誰もいない家の中を。

何処にもいれず、何処にも行けず。








目が覚めて、初めて夢を見ていたことに気が付いた。


涙を流していた。

どうしたの?と、枕の上で涙を拭う僕を母様が覗き込んだ。
首を振って返せば、怖い夢でも見たのかしら?と、母様は笑った。

目覚めた僕の傍に母様が居てくれたことにほっとする。
目覚めた僕は一人ぼっちではなかったことに安心する。

けれど夢の中の、誰も傍にいてくれない僕のことを思い出したら、また涙が出た。



家に帰りたいと、いつものお願いをした。
今は未だ駄目よと、いつものように母様が言った。

無意識に、手が何かを探して床の上を泳いだ。

アレがないよ、と母様に言った。
お家に忘れて来てしまったでしょう、と母様が答えた。

取りに帰りたいよ、ともう一度お願いをした。
困ったように笑った母様が、もう一度、ゆっくりと言った。


父様がお許しになったら。
僕がもう少し元気になったら。
その時は皆一緒に帰りましょう。


そう言って母様は手を伸ばし、僕の目を覆った。
火照った目蓋を覆う、母様のひんやりとした掌が気持ち良かった。


僕の目の前は、一人ぼっちだった夢の中の僕の傍にいつもあった、深い影のような黒色に包まれた。


もう一度眠りなさいと、母様が子守唄を歌う。

この唄を夢の中にも持っていけたらいいのに。
そうしたら、夢の中での僕もきっと一人ぼっちでも寂しくはない。
そう思って目を閉じる。



けれど、何度夢を見ても
夢の中で僕は、いつまでも一人ぼっちで、いつまでも寂しかった。






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本編時間中の、もう一人の(人間の)平太君視点のお話です。



2012/04/03 21:39



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