小話(続き)

照れと恥と、『犬猿』という自分達の関係性を、ほんの一時でも忘れ、触れ合うことに慣れれば、文次郎との逢引はそう悪いものではなかった。

視線。吐息。言葉。仕草。
その全てに、普段とはまるで違う熱を孕ませた文次郎と身を寄せるのは
案外。いや、正直心地が良かった。





人目を忍んで、影に隠れて、周囲の気配に耳を澄ます余裕だけは残しながらも目の前の男からの熱視線を全身に受ければ、否応にも気は昂っていく。

それを悟られるのが何となく癪で視線を逸らせば、すっと伸びてきた手の甲が、逸らした頬を擽り、前を向きなおさせる。

どくりと振り幅を広げた心音を落ち着けようと深く息を吸い込もうとすれば、それを許さぬかのように覆いかぶされ、ぴたりと隙間無く身体を合わせられる。

トクトクと。
肌から伝わる文次郎の鼓動の音は、いつも俺よりも大きく速く。
その音の中に吸い込まれて、俺の中の不安定な音は消えていく。


背を壁に、前を文次郎に、左右はその腕に。
逃げ場を失い、抵抗を封じられ、そうなってから漸く俺は文次郎の身体へと腕を回す。

導かれ、逃げ道を閉ざされ、他にどうしようもないから仕方なく、と。
そんな免罪符を得なければ動き出せない俺は、随分な卑怯者であるとの自覚はあった。
けれど、そんな俺が触れるのを待ち望んでいたかのように、触れた瞬間に身を震わせ、息が詰まるほどに力を込めて俺を抱きしめてくる文次郎の顔が悦びに満たされていたから、別にこれでもいいんじゃないかと、知らず知らずの内に心に言い訳をしていた。





初めて口を吸ったのも、身体を繋いだのも
はじめに求めたのは文次郎だった。

口吸いは一度目の逢引で。
次の段階へは数度の拒絶と失敗を得て、最終的には押し切られるような形で成った。


それらの行為の主導を握ったのは、文次郎だった。
というか、俺が甘んじて受け手に回り、文次郎の好きにやらせてやったのだ。

何故かって?
そりゃあ、切羽詰った状態の文次郎の恐ろしさときたら。
どうにかして発散させてやらなければ、どんな方向で、どんな暴発の仕方をするか分からなかったからだ。

お互いに知識はあった。けれど経験はまだだった。
だから、少しでも理性に余裕のある方が負荷の多い役割を担当した方がいいと、そういう判断があったからだ。

初回以降もその役割が割合固定されていたのは、それで別段支障が無かったからだ。

理性的に、理論的に考えてそうなったんだ。
俺が奴より弱いからとか、華奢だからとか、女顔だからとか。
そんな理由では、決して無い。





俺達の身体の相性は、思った程に悪くはなかった。
だからこそ俺達は正気に戻ることもなく、何年も、この少しばかり常識の範疇から外れた関係を保ち続けることが出来たんだろう。
それが幸いだったのか、災いだったのかは、今になってみれば少し悩む。



床の上での関係で唯一不満だった…というか、不愉快だったことが一つある。
それは、あいつが俺を女のようにやたらと丁重に扱うということだ。

はっきり言って、気味が悪い。

お前に俺はどう見えている?
正真正銘、まごうことなきお前と同じ男だろうが。
ついてるものはついてるし、無いものは無い。
奴が好んで触れる胸も、足も、腕も。
不本意ながらあがる最中の俺の声も。
初めて見た時には思わず引きかけたお前の一物を受け入れている箇所も。
全て男のもの。男だから使わざるを得ないものだろう。


それなのに、奴の手つきはまるで生娘でも扱うかのように優しく、丁寧で、慎重で、緩慢で。

理性と欲の狭間で揺れる俺をじりじりと追い詰めるその手つきは
時に拷問じみていて
時に意味なく涙を溢れさせてきて
時に、自分の性を忘れさせる錯覚を生み出す。



だから俺は、あいつのそんな手つきが嫌いなんだ。





あいつがそうなった理由は、大方察しがつく。
それは、初めて身体を繋いだ時。
半暴走状態のまま行為に入ったあいつが、行為の最中に完璧な暴走状態に移行してしまい、結果その全てを受けた俺が意識を飛ばし、翌日から体調を崩し暫く寝込んだという実例だ。


原因を知っていれば、なんと間抜けな顛末だろうか。
(実際に、診断を行った伊作にはばれて、過去最長の長さの説教をくらった)
けれど、回復するまでの俺の様子は、本当に哀れになる程酷いものだったらしい。


これに関しては
「俺の身体がひ弱だったせいで…」
などと、自分の非を認める気は一切無い。

誰がどう見ても、誰が相手であったとしても、文次郎のあれに無傷で耐え切れる者はいないと思うからだ。

最中を誰かに見せていた訳でもないし、それを受けたのは俺しかいないのだからそれを証言するのも俺一人だけなのだが、身を持って味わったからこそ、はっきりと断言出来る。

あれは、文次郎が悪い。



でも俺は、それで文次郎を責め立てたりはしていない。
(身体が癒えるまで一月程は禁欲を命じたが)
傍から見ているだけでも、文次郎自身が反省しているのが分かったからだ。

そうして、それ以降の奴の手つきはがらりと変わった。
それが『まるで女を相手にするかのような』という、先のあれだ。

極端過ぎるんだお前は。
御得意の忍耐力というのはどうした。
頭脳派い組の誉れはどうした。

そんな風に呆れ、からかい、挑発し
どうにかそれを改めさせようとやってはみたが
結局あいつはそのままだった。











++++++


俺は、慣れていった。

あいつと触れ合うことに。
あいつと繋がることに。


そして、感じるようになっていった。

離れがたい程の執着を。
溢れ出る程の愛執を。
押さえきれぬ程の渇愛を。


けれど、俺はつい先日。
奴から、この関係の期限を告げられた。








いつも通りの逢引の最中。
穏やかに密やかに、互いを感じ合っていた最中に。

卒業を迎え学園を出たら、俺を手放すと

奴は言った。



ぽかんと
初めて奴に想いを告げられた時と同じように、俺は呆然としていた。

俺の首元に顔を埋めていた奴は、その俺の顔を見ないままに話を進めた。


今まで付き合わせてすまない

はじめからこれは決めていた

本当は、あの時にお前に断られてそれで仕舞いと思っていた

気まぐれであったとしても、十分に幸福だった

だから手放す

お前はお前の道を歩み、真に想いを寄せ合える者を探せ

でもせめて、ここにいる間だけは俺の下にいてくれ


そう言って再び動き始めた文次郎の手つきは、今までで一番優しかった。








それからの事は、よく覚えていない。

気が付いたら、俺は漆喰片手に壊れた壁の補修作業をしていた。

周りには誰もいない。
作兵衛も、平太も、しんべヱも、喜三太も。
遠くの先まで見通しても、誰の気配もない。

いつからこの作業をしていたのか。
日はもう沈みかけている。
身体は疲労で酷く重く、感覚がなくなる程だった。
ふと見遣った壁には、点々と延々と、俺が直して来たのだろう真新しい漆喰の跡が続いている。
これ全部を一人で直してきたのだとすれば、かなりの時間が経っている筈だ。


その壁の補修跡をぼんやりと眺めていたら、よくもまあこれだけ盛大に壊してくれたものだと、沸々とした怒りが湧いてきた。
恐らく、高い位置にあるものは小平太が、低い位置にあるものが文次郎がつけたものだ。

小平太は、仕方がない。
あいつはああいい生き物なのだ。ただ普通に生活するだけでも周りを巻き込み、被害を出さねば生きていけない星の元に生まれたのだ。伊作が不運なのと同じだ。
そう思い込めば、少しは納得が出来る。

けれど文次郎。
あいつは、あれだけ予算だ節制だと怒鳴り散らしておきながら、個人的な鬱憤晴らしで用具委員の予算を圧迫するとは、自分の矛盾に気付いていないのか。
好き放題に、何処でも、彼処も。
そんなに壊すのが楽しいか。鬱憤晴らしは清々するか。

ガツリと、鈍い音がする。
無意識に俺は、握った拳を壁に叩きつけていた。
補修補修の継ぎ足しで、少し脆くなった位置に走る小さな罅。

その罅を見ても、俺の心は少しも晴れなかった。
試しに、もう何度か打ち付けてみる。
けれど、少しずつ広がる罅を見ても、少しも楽しさなんて感じない。


ああ、駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。



そうだ、文次郎に喧嘩を売りにいこう。


からかって、馬鹿にして、挑発して。
あいつと思いっきり殴りあえば、少しは清々するかもしれない。

そう決めた時には、あいつを探して歩き始めていた。








文次郎は、会計室にいた。

夕暮れ時の会計室で、一人机に広げた帳簿とにらみ合っていた。


そんな文次郎の手元を隠すようにと、入り口に立った俺の影が伸びる。
顔を上げてこちらを見た奴が、怪訝そうな表情を浮かべる。
何も言わずに俺は歩み寄る。

喧嘩を売ろうとして来たはいいが、なんと言って挑発しようか。
いつも自然に湧き出てくる言葉は、いざ意識して引き出そうとすると奥に隠れて見つからない。

沈黙している俺を見上げていた文次郎の視線が不意に下がる。
そこで何かを見つけて、奴は血相変えて何かを怒鳴った。

目を見開き怒鳴る文次郎が煩いから、その視線を追って自分の手を見下ろせば
ぼたぼたと指先から雫になって血が滴る、傷だらけの俺の手があった。

さっき壁を殴った時に皮膚でも避けたか。もしくは筋が抉れたか。
大層な出血量であるのに何故か痛みを感じないそれを無感情に見下ろし検分する。
たった数回殴っただけでこの有様で、壁には小さな罅程度しか走らなかったというのに、それを頭突きで砕いてみせる文次郎の頭の固さとは、やっぱり異常だなと場違いに感心する。



そんな反応の鈍い俺に焦れたのか、文次郎が立ち上がり、目を怒らせて俺の腕を掴む。
伊作のところか、医務室にでも連れて行こうとしているのか。

けれど、それは困る。
俺はお前に喧嘩を売りに来たんだ。
どうせ喧嘩の後はボロボロの傷だらけになるんだから、説教と治療を受けるのは一度でいい。

そう文次郎に告げたら、案の定バカタレがと更に目を怒らせて怒鳴られた。

俺の話を無視して腕を引かれることにイラついて、喧嘩を売る文句を考えるのも煩わしくなって、俺は文次郎の手を振り払い、油断していた足を払い、倒れた文次郎の上に素早く乗り上げ押さえ込んだ。

何をするのかと、俺の下から文次郎が怒鳴り睨みあげてくる。
けれど、俺の顔を見て、その怒気は急速にしぼんだ。



どうしたのだ、と文次郎が問い掛けてくる。
困惑を滲ませながらも、その顔は態度のおかしな恋人の様子を憂い、伺う男のそれになっていた。

俺はそれを無視して、文次郎を殴ろうとした。

けれど、受け止められる。再び問われる。無視して、今度は血塗れの拳を振りかぶる。

留三郎、と奴が俺の名を呼んだ。
静かに、咎めるように、らしくもなく宥めるように。

けれどその声が、今の俺には決定的だった。








ぼたぼたと、まるで決壊するかのように涙が溢れ出した。

突然に泣き出した俺を見て目を見開いた文次郎から逃げるように、その胸の上へと顔を埋める。

声を殺し、息を飲んで、けれど涙だけは止めることが出来ずに俺は泣き続けた。
宥めようと触れてくる文次郎の手も振り払って、掛けられる声にも耳を塞いで、ただ文次郎の胸で泣き続けた。



今の俺と文次郎とでは、無理矢理売りつけようとしても、喧嘩さえも出来ない。
それだけのことが、俺にとっては変えようのない二人の差のように感じてしまった。

なんで。
なんでお前は、俺と同じ感情を持たない
俺と同じ激しさで、この感情を共有してくれない、と。
理不尽にも思える抗議が込み上げるが、嗚咽を噛み殺すのに必死の口からは発せられない。





嫌だ。

あの時告げられなかった言葉が込み上げてくる。

嫌だ嫌だ嫌だ。

何が嫌かなんて決まっている。
俺は、お前と離れたくないんだ。


何故、卒業と共に離れなければいけない。
忍の三禁だからか。忍働きの邪魔だからか。
そんなもの、己自身が強くあれば問題ないだろう。
何にも惑わされず、誘われず、忍としての道を第一に捉えながらも
誰かがその隣にいたっていいじゃないか。
俺はお前の邪魔にはならない。お前も俺の邪魔にはならない。
互いの強さは知っているだろう。ならば共に歩むことが出来るか否か、考えることは出来る筈だ。
そもそも俺は、その為に強くなったんだ。
お前の隣につり合う様に、お前の下にはならないように。
お前もきっとそうだと思っていたのに。思っていたのに。
何故切り捨てる。共に歩むことを考えてもくれない。
俺は。俺は、お前にとってその程度のものだったのか。

お前に想いを告げられた時のあの答えを
どうして俺のきまぐれと思った。
お前に想いを告げられてからの今までを
どうやったらきまぐれで出した答えなどで続けてこれる。

俺はお前が好きだった。
お前が想いを告げてくる前から。
ずっと、ずっと。

ただ言えなかっただけだ。
行動で示せなかっただけだ。
怖くて、怖気づいて、不安で。
だから、お前から先に告げられて、それに乗っかっただけなんだ。
心の中では、信じられない程の幸福に満たされていた。

何が悪かった。
いつまで経っても素直に言葉に出来なかったことか。
自分からは中々、手を伸ばせなかったことか。
いつもいつもお前が与えてくれるから、道を開いてみせてくれるから、その通りに進みすぎていたからか。
だからお前は、俺が嫌々お前に付き合ってやっていると思い込んだのか。
今すぐこの心を占めるものを伝えたのならば、お前は俺の想いを知るか。俺を諦めないか。俺を手放さないか。
それならば今すぐに、何度でも伝える。

好きだ。好きだ。どうしようもなく、お前が好きだ。
男の矜持を捨ててお前に抱かれていたのだって、お前が好きだったからだ、お前が望んでいると知っていたからだ。
女のように扱われるのは嫌だった。
女ではない自分への悔やみを、本当はお前だって女の身体の方が良いのではないかと勘ぐってしまうことが嫌だったからだ。
でも、同時に幸福でもあった。それだけ俺は、お前に大切に思われているのだと感じることが出来たから。
初めて繋がった時の激しさだって、嫌だった訳ではない。
不慣れな身体には、少し負担がでかかったというだけ。
常にああでは流石に無理だが、あれ程までの激しさをお前が俺にぶつけてくれるということは、俺にとっての愉悦でもあった。

俺はお前に関することではこれ程に欲が剥き出しで、醜く、矮小で。
でも、その分だけお前が好きなんだ。

離れたくない。離れられない。
お前は俺の。この想いは俺の。既に一部なんだ。





だからお願いだ。

俺だけをこの想いの中に、置いていかないでくれ。



+++++


なんか暗いっ!!Σ(´Д` )

文→食にみせかけての、文→(←←)食で、いちゃいちゃラブラブさせる筈だったのに…
愛のままに突き進んだ結果、こんな感じです。



こうじゃないんだよ!!
私の求める文食満像はもっとこう!!

…と熱くなってはいるのですが

力尽きました( ゚ρ゚ )(明日も五時起きじゃー)

エールを送って下さった方、すいません…



続く…かなぁ?

(この先はヤンデレルートか、R18ルートしか思い浮かばない)

2012/08/12 00:18



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