▼ 小話 最初に想いを告げてきたのは、文次郎だった。 何とも言いがたい珍妙な顔をして まるで自決前に辞世の句を読み上げるかのような神妙さで 奴は俺を好きだと言った。 その言葉を聞いた瞬間は、何の冗談だと思った。 新しい喧嘩の売り方でも考えてきたのかと思った。 そういえば、最近は俺達の喧嘩の始まり方も型に嵌り、最終的に殴り合うことに変わりは無いが、そこに至るまでの罵倒や詰りはいつも同じようなやり取りばかりで、少々マンネリ化していたかもしれない。 しかし、だからと言ってもこれは性質が悪い。 どうせ、俺が少しでもうろたえでもしたら途端に態度を変え、隈だらけで厳めしいその顔に、お決まりの憎たらしい表情を乗せて 「嘘だバカタレが。忍を目指す者ならば、相手の言葉の真偽くらい見抜かんか。これだからアホのは組は〜云々」 そう言って、俺を馬鹿にするつもりなんだろう。 そんな手に乗ってたまるかと。 奴の魂胆を見抜いた俺は敢えてそれを指摘せず、無反応を返事として返した。 どうだ、これならば俺がお前の言葉をどう受け取ったかなど分かるまい。 内心踏ん反りかえって、文次郎を見下した。 おまえの言葉には何を言われても取り合えず反論し噛み付く、いつもの俺とは違うだろう。 お前の期待通りの反応など取ってやるものか。 何で無反応?え、まさか本気にしたとか?いやいやいや、バレバレだろうそれはないだろう。じゃあ何で無反応? みたいな感じで、内心戸惑いまくればいい。 そんな風にほくそ笑んでいた。 あんな言葉を、こんな喧嘩のきっかけ作りなんかに使ったおまえが悪いんだと。 今にも叫び出したくて、全力で殴りつけてやりたくて堪らない衝動を押さえ込んで、俺は黙った。 けれど、あいつは俺の予想とは反して、その態度を崩さなかった。 顰めた顔を更に顰めて 全身に纏う鋭気を更に増して 気持ちが悪いか。信じられないか。気が狂ったかと思うか。 そう言って一歩を俺に向かって踏み出し しかし本当だ。俺はお前を好いている。 再び先の言葉を繰り返し、俺の手首を取った。 不意の拘束に、俺は思わずそれを振り払おうとした。 しかし、あいつの力は緩まなかった。 ぎりぎりと締め付けるようなその力に眉を顰めかけて その瞬間に気付いた。 あいつの手が、微かに震えていることに。 震えているだけでなく、汗もかいていた。体温も高かった。 奴の顔を見る。 相変わらずに、実年齢以上に老け込んだ、隈だらけの酷い顔。 こちらを射抜く程に睨みつけてくる、彫りも印象も深い双眸。 その顔にのぼる僅かな朱色と、視線に交じる覚悟に、漸く気付く。 なんだ、本気で言っていたのか。 気付いた瞬間、呆気に取られた。 そうして次に込み上げてきたのは、笑いだった。 何?本気でお前、俺の事が好きなのか?何処が、どうして、いつから。一体俺とお前の間で、殴り合いか罵り合いしかしていないようなこの日常の中で、そんな感情が芽生える余地なんてあったのか。もしかしてあれか?お前が必要以上に俺に突っかかってくるのとか馬鹿にしてくるのとかは、好意の裏返し?好きな奴ほど苛めたくなるとかいうアレ?…お前何歳だよ。 一気に込み上げてきた感情と言葉の羅列。 身体が震える。 吹き出したくて、吐き出したくて堪らない。 何それ。何これ。面白過ぎて、突然過ぎて、どうすればいいかわからねぇよ。 込み上げるそれを耐えることに必死になって、真っ白になっていた俺に 文次郎は返事を聞いてきた。 馬鹿じゃねぇのか。 俺とお前で、そんなの有り得ないだろう、と。 笑い飛ばしながら返してやろうと思っていた。 けれど どくりと。 文次郎に握られたままだった俺の手首の脈が、大きく打った。 気付いた時には 了 と、俺は声に出して返していた。 +++++ その日から、俺とあいつの『恋仲』としての『お付き合い』が始まった。 と言っても、その日常風景は対して変わらない。 相変わらずに顔を合わせれば睨み合い、口を開けば詰り合い、身が近付けば殴り合う。 その中に一つ。 人目を忍んで、ひっそりと身を寄せ合うという要素が増えただけだ。 多種多様な多数の人が住まう忍術学園の中で、俺達が二人きりになる時などそうは無かった。 けれど、よくよく探せば、この時間帯のこの場所は人が寄り付かない、とか。 この部屋の中のこの場所は、死角になって他からは覗けない、とか。 そういった抜け道のような逢引場所はあるもので 奴はそういった場所を探し当てて来ては、俺を引き連れてそこに篭った。 初めの内は、慣れなかった。 四六時中、予告も無しに不意に目の前に現れては、こちらの都合など無視して無言で影へと連れ込まれる。 拘束される時間は長くはなかったが、その頻度と、逢引の最中に施される行為がむず痒くて、俺はいつも抵抗していた。 俺が抵抗するから、文次郎の行動も乱暴なものになる。 何か作業をしているところに急に現れられて 無言で見られ、腕を取られ、何処かへ向かって歩き出す。 今はそんな気分じゃないんだと、今俺が何してたか見えねぇのか馬鹿文次と 苛立ちを声に乗せて掴まれた腕を振り払えば 向こうは向こうでそれに苛立ち、忌々しそうに舌を打って、先程よりも強い力で腕を掴み、引いて歩き出す。 そんなやり取りを繰り返しながら漸く文次郎の見つけてきた逢引場所に着いた時には、お互いの機嫌は最底辺を突き破っていて 到着の瞬間に手を振り払って距離を取り、そのまま戦闘開始→騒いで以後その場が逢引場所に使えなくなる、という例は、馬鹿馬鹿しいけれども少なくなかった。 なんであの時あんな返事をしてしまったのか、と 身体中に傷をこさえて、伊作の説教もたっぷりと受けて、後悔しながら床につくのが、いつの間にか習慣になっていた。 今からでも遅くはないか。 今度二人きりになった時は、やっぱり無しだと言ってみようか。 いつもいつも、そんな結論に辿り着いて目を閉じた。 けれど、一晩寝て、目覚めた時にはそんな結論を出したこと自体をもう忘れてしまっていて。 結局俺達は、お互いに改善案を見つけ出すことも出来ないまま かなりの長期間、そんな殺伐として成功確立の非常に低い逢引を行い続けていた。 人間と言うのは『慣れる』ことの出来る生き物で 少しずつ、文次郎との密事に慣れていった俺も、その内に、文次郎から発せられる予兆と言うか、気配のようなものを察せられるようになった。 皆で輪になり会話を交わす中。学舎で偶々すれ違った時。 ふと合わさった視線の中に、奴の表情の中に、飢えのような渇きのような、そんな何かを感じる時があった。 そんな時は、十中八九、後に俺が一人になった頃合を見て奴が現れる。 それを予想して、俺は中途半端に残さぬように仕事を片付けておく。 奴が現れる。 無言でこちらを見てくる。 どうやらこの無言の視線は、奴なりの誘いかけであったようだ。 分かるか。 腕を取り無理矢理引き寄せられる前に、自分から文次郎へと歩み寄る。 それでも文次郎は俺の腕を掴む。 掴んで、俺を引くように先を行く。 俺は抵抗しない。 だから文次郎の仕草も荒くは無い。 それでも俺の腕を掴む文次郎の力は、いつまでたっても緩む事はなかった。 +++++ すっごい途中ですが、ここで力尽きました。 いちゃいちゃ文食満が書きたいよ〜 と書き始めたのに、いつもの如く、いちゃいちゃに辿り着かない管理人の中途半端さ。 また明日…挑戦…してもよかでしょうか? (需要無くても多分すると思いますが) 明日も五時から仕事〜(゚^Д^゚)゚。プギャー …おやすみなさい(文食満の夢が見たいな…) 2012/08/09 23:32 |
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