更新報告&お話




撫子を愛でる
《10000hit感謝企画》








翌朝。

は組長屋で目覚めた文次郎は、伊作が目覚める前に寝具を畳んで部屋を出た。



ひやりとした早朝の冷気が肌を刺す中、自室であるい組長屋へと向かう。
仙蔵の望み通りに一晩部屋の使用権を明け渡してやったのだから文句は出ないだろうとは思いつつ、それでも心持ち足取りを慎重にして、到着した部屋の障子の前で室内の気配を探ってから中へと入る。

すっと開けた部屋の中。そこに仙蔵の姿は無かった。



随分早いなと不思議に思う。
けれど、仙蔵のことだ。不備はなかろうと、それ以上に気にする事もなかった。

運んできた寝具を片付け、畳の上へと横になり一息つく。
何気なしに見上げた天井は、昨夜見上げた天井と同じ。
けれど、周囲の空間はずっと広く感じた。



それも当然か。
文次郎は昨夜、主不在の為空きのあった、普段食満が床を敷いて横になっているのだろう場所を借り寝具を敷いたのだが
そこが又狭かったのだ。

頭の先には、書籍や巻物、修理しかけの用具が積み重なった文机。
その周辺には、修理に使う素材や、修理の際に出た木片などの切り屑が寄せられ、何処で手に入れてきたのか、何に使う物なのかも分からない雑多な小物達の中に、大事に扱われているというのが見るだけで分かる、後輩達からの贈物だろう稚拙な作りの小さな玩具が並ぶ。
本来、忍びを志すものとして最も重要で最も大きな領域を占めるべき忍具や武具の類は、それらに紛れてひっそりと仕舞われていた。

ぱっと見れば散らかっている。
けれど汚いという訳ではなく、よくよく見れば一応の分別や整頓はされている。
ただあまりにも物の数が多すぎて、雑然として息苦しいような、視線の落ち着け場所が分からなくなるような、そんな感覚に陥るあの空間では、人一人が横になるのがやっとで。
少しでも身じろいだならば一気に傾れ落ちてきそうなそれらに、昨夜一晩、文次郎は随分と気を使って寝相を保ったものだった。

お陰で、睡眠時間の割には疲れが取れた気があまりしない。





文次郎は半身を起こし、周囲を見渡す。
昨晩追い出されるまでと変わりない、きちりと整頓が行き届き物の少ない、ある意味殺風景とも言える自室の風景に、安堵を覚える。

やはり、これ位さっぱりとしていた方が落ち着ける。
は組のように雑然と物で溢れた部屋は、文次郎は好かない。
必要な物だけを適量、適度に。その他の不要な物は持たない。いらない。
それが忍を目指すものとしての正しい在り方だ。

何の書籍でだったか。部屋の様相というのはそのまま、持ち主の精神の有様を現すのだという説を目にしたことがある。
だとすれば、無駄も余分も無いこの現状は、文次郎にとって何より好ましく、そして理想的だ。





(…)

だが、文次郎はふと、昨晩目にしたは組の部屋を、食満の領域の様相を思い返す。

物で溢れかえり、雑然としたあの空間。
文次郎が好むものとは真逆の、全く、忍を目指す者らしくない空間。

あれが食満の心中の写しであったのならば。
あいつは心に、どれだけのものを溜め込んでいるというのだろうか。


あの空間にあった物達。
あれはおそらく、食満自身の物は殆どないのだろうと思う。
一人の人間が集めたにしては、あまりにも全体の統一感がなかったからだ。

貰い物。贈り物。借り物。預かり物。
それは全て、他人の関わるものだ。
あの書籍での説が正しいとするのならば、それらの物品を自分の部屋に持ち込み、置き保管しておくということは、それに関わる人々のことも自身の内面に受け入れているということになるのではないだろうか。



そういえば、食満が人から物を貰う姿というのは、思い返してみればよく目にする光景だった。
後輩に限らず、年配、同級からも。
ある時には、ちょっとした使いに学園外に出て、帰還した時には両手一杯に米やら野菜やらの農作物を抱えていたこともあった。
途中の茶屋で話の合った農村の老人から貰ったのだと困り顔で溢して、学園の皆に分けて回り、結果その礼と言って始めの倍近い食い物を皆から貰っていた。
何処のわらしべ長者だと、遠目に見て呆れたのを覚えている。


何故、食満に皆が物をやるのか。
普段から人の頼みをほいほいと安請負しているから、その礼代わりなのかもしれない。

「手渡した時の奴の顔を見ていれば、私の気持ちも分かるだろう」

と、町で買い付けたという土産の品を食満に手渡していた仙蔵が、偶然それを目撃した文次郎に気付いて、何故か説明するかのように言ったことがある。
そんな物欲しそうな顔をしていたのかあいつは、と答えれば、手渡した後の顔だ阿呆が、と訳も分からず罵倒された。



何にせよ、食満に物を贈ったことなどない、贈る気もない文次郎には分からない。
贈る理由もないし、そんな機会もない。そもそも、食満は文次郎からの贈り物だけは、受け取らないだろう。
「はぁ?」「何でお前が?」「気持ち悪ぃ。嫌がらせか?」
と、顔を顰めて憎々しく拒否をする食満の表情、その声が思い浮かぶ。

思い浮かべるだけでも腹が立つ想像だが、現実から外れてはいないだろうと思う。
顔を合わせれば罵倒と喧嘩ばかり。
何かがあれば事情も伝えられずに避けられ、無視され、省かれる。昨日の件のように。
そんな文次郎からの贈り物など、食満にとっては必要ない。

他の誰のことでも受け入れる食満は、文次郎のことだけは簡単に拒否をするのだ。



辿り着いたその思考に、一瞬にして文次郎の腹の内に苛立ちが湧き上がる。

自分は何を考えているのか。
昨夜、余計なことは考えないと決めた筈なのに。

頭を切り替えるように二、三度振る。

そんなことより、今は試験の準備だと、文次郎はすくりと立ち上がった。






++++++++++

ここまで。

はよう食満先輩を出せと、怒られそうです…
(後々の為の根回しと、文次郎さんの無自覚っぷりを表現したくて…)








2012/08/06 00:16



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