▼ 八方塞の恋(番外編)-2- 数日後のある日。 老若男女様々な人々が行き交う、高校付近のモール街で。 休日に関わらず何故か制服姿の文次郎が、一件の書籍店の前で佇んでいた。 季節は春に向かい始めた晩冬。 比較的に暖かい日も増えてきたが、曇ったり晴れたり、降ったり止んだりを繰り返す不安定な空模様と、時折思い出したかのように雨に混じる牡丹雪など、未だ残寒強く、道行く人々には風がすり抜ける隙間も無いようきっちりと着込んだ姿が多かった。 それなのに、そんな中で一人何かを、誰かを待つかのように佇む文次郎といえば、学校指定のブレザーの中にカーキー色のセーターを着込んだだけで、後はそれで本当に寒風を凌げているのかと問い質したくなる程大味に首元に巻かれたマフラーしか身に纏う防寒具の類はない。 「…あの阿呆め…。何だあの格好は…?傍から見ているだけで寒々しい…、忌々しい…。そんなに熱が余っているのなら、いっそ街中を走り回って発散していつものようにギンギンして、局地的温暖化に協力しろ。人間発熱機になれ。持ち前の暑苦しさで、少しでも私を含む住人達の役に立て」 そんな文次郎の様子を、数件離れた店の外壁の影に隠れて伺う私服の仙蔵は、文次郎の倍以上は分厚く衣類を着込んでいるにも関わらず、ブルブルと寒さに震えながら、ブツブツとかなり一方的で無理のある文句を呟いていた。 「なんだ、仙ちゃん寒いのか。私が温めてやろうか?」 ひょこりと仙蔵の背後から顔を出した小平太が、何とも男前な提案をする。 「拒否する。近付くな。触るな。視界に入るな。今のお前の姿を見たら私の中の概念が崩壊する」 しかし、仙蔵は小平太なりの好意からの提案を間髪居れずに跳ね除けた。 「酷いなぁ、そんなばっさり」 「ならばせめて襟元を締めろ。防寒具を付けろ」 二重三重に服を重ね着し各種防寒装備もばっちりな仙蔵に比べ、小平太は普段部活や運動時などに愛用している私用のジャージ一枚だった。 通気性に優れるその素材は、防寒とは間逆の効果を発揮している筈だ。 「だって暑いんだもん。私はこれくらいで丁度いい」 「ならばそのままそこにいろ。決して私の前に出るな。お前のその姿を視界に入れるくらいなら、あちらの阿呆を観察していた方が未だマシだ」 寒さのせいか、自分以外の二人の異常なまでの軽装のせいか、仙蔵の弁はいつもよりも若干刺々しい。 仙蔵の扱いに慣れた文次郎ならば、ここらで早々に根をあげて口を噤む。毒舌合戦で勝てる見込みはないからだ。 だが、ただその場その場で思ったことを口にしているだけの小平太に、弁舌での勝敗などは関係ない。 「仙ちゃんもさ、もう少し肉つければいいんだよ。女子とそんなに体重変わらないんでしょ?もりもり食べてさ、ドンドン動けば、す〜ぐに温かくなるのに。今度文次郎と長次と一緒にランニングしようよ」 ほんのりと朱に染まった頬を持ち上げ、小平太が笑う。 仙蔵の寒さに対する耐性の低さは、肉体労働よりも頭脳労働を好むことからの運動不足、そして並みの女性以上の食の細さからくる全体的な脂肪不足のせいだ。 それを補う為に厚着をして、それでも足りないというのならば、食べるか動くかするしかない。その意見は一見至極真っ当なものである。 「結構だ。やるなら一人でやる。お前や長次と共に走るなど…」 だが、やはり仙蔵は断る。 体力馬鹿の小平太とそれに平然と付き合う長次と共にやるランニングなど何処の地獄までの片道特急だ…と、更に顔を青褪めさせて。 あの文次郎でさえボロボロになりながらも漸く付いていける距離の、いっそフルマラソンに近いそれをランニングとは言わない。 「…というかお前、今ジャージを着ているのはこれからランニングにいくつもりだからなのか?」 今日、貴重な休日を潰してまでわざわざこんな寒い中に屋外での集合を呼びかけた意味を理解していないのかと、仙蔵の顔つきが険しくなる。 「もう済ませてきたよ。だって今日はびこうするんでしょ、文次郎を」 「ひらがな口調で言うな。尾行だ、尾行」 「探偵ごっこみたいで面白そうだけどさ〜、いつ来るのかな?本当に待ち合わせしてるの?」 「それに関しては間違いない。奴は今日、間違いなく誰かとあそこで待ち合わせをしている。時間ももうそろそろだ」 「何で分かるの?」 「調べた」 「どうやって?」 「知りたいか?」 「やっぱいい」 直感によって好奇心を抑え込んだ小平太は、後頭部で手を組み天を仰いだ。 「あ〜あ、早く長次たちも、文次郎の浮気相手も来ないかな〜」 ++++++++++ 調査編? べた〜な感じで、このお話は進んで行きます。 2012/04/03 21:22 |
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