▼ ということで… 皆が寝静まった夜半。 盆を片手に、伊作は一人で長屋の廊下を歩いていた。 盆の上には、つい先頃終了した委員会で皆で摘んだ夜食の器と、急須と、湯飲みが人数分。伊作は、それを食堂へと片付けに行く途中であった。 今日もまた、保健委員会は大忙しであった。 保健委員会の主な仕事は、怪我人病人の治療、学園内の薬品、衛生関係の物品の管理など。 薬品、物品の管理はほぼ毎日細かに記録を取って行われるが、日々の積み重ねがある分それ程手間の掛かるものではない。 本来ならば急患が大量に発生でもしない限り、保健委員会はこんな深夜にまで活動が延びるような委員会ではない。 けれど、そこは伊作を初め、粒揃いの不運達が集う保健委員会。 初めは順調だった筈の雑務が、何処からか転がり込んできた緊急事態によってどんどんと後延ばしにされていき、騒ぎの片付けを終え、漸く本来の職務へと手を付けようとした頃にはどっぷりと日が沈みきっている、なんてことは、悲しいけれども今日に限ったことではなかった。 特にこの数日は上記のような事態が続いており、伊作を含めた保健委員達は授業以外ではほぼ保健委員会の仕事で缶詰状態、という日々が続いていた。 学園で学ぶ忍たま達の責務は、委員会活動だけではない。 まだまだ学ぶことも多く、休息の時間も同じだけ多く欲する下級生を監督する責任のある委員長として、あまりこういった事が続き、それに慣れてしまうというのは良くないことだと分かっていた。 伊作としても、少しでも早く仕事を終えて開放してやろう、せめて下級生達だけでもと努力はしてるのだ。 だがそんな努力は、ちょっとした不運な出来事や、それに連鎖した次の不運な出来事や、ついでとばかりに押し寄せてくる次々の不運な出来事に押し流され、結局無意味なものとなる。 その上、保健委員は皆例外なく良い子達だ。 今日も、バタバタと慌しい委員会活動の中。 仕事の終わりは未だ見えず、一日の終わりばかりが刻々と近付く中で、疲れの見え始めた下級生達を帰し、残りは一人で出来る限りこなしておくよと声を掛けた伊作に対して 一年生の乱太郎と伏木蔵は、閉じそうになる目蓋を必死に開けて、手間が掛かるけれども自分達の知識や技術でも出来る雑務を積極的に片付け 二年生の左近は、皆の疲れの様子を見ては、食堂から夜食や茶などの差し入れを持ってきては疲労の色濃い空気を入れ替え 三年の数馬は、目立ったことはしないけれど、眠気に負けそうになる一年二人を励まし、左近と協力して他を片付け、難しい薬の調合作業に入っている伊作の邪魔にならないようにとサポートに回ってくれた。 そんな皆の、連日の無理を隠しきれずともへこたれない姿に (僕が不運なばかりに…) と、調合中の薬を駄目にしてしまわないよう、溢れそうになる涙を伊作は必死に堪えたものだった。 その甲斐あってか何とか日を跨ぐ前に仕事は終わり、皆の頑張りを見て校医の新野先生が夜の当番の交代を名乗り出てくれた。 眠りに落ちる寸前の乱太郎、伏木蔵を同じ方向に帰る左近と数馬に預け、伊作は器の乗った盆を持ち、一人一人に礼を言い そうして、ここ数日よりもほんの少しではあるが早く、本日の保健委員会は解散となったのだった。 +++++++++ 伊作は、カチャリ、カチャリと音を立てる器の乗った盆を慎重に運び、静かな廊下を歩いていた。 行燈は下級生達に渡してしまったので灯りはない。 けれど、伊作とてまがりなりにも最上級生。夜目だけで、十分すぎる程に周囲は見渡せる。 筈だった。 曲がり角。 少し、気が抜けていたかもしれない。 こんな時間まで起きて動き回っている者は、他には居ないだろうとたかを括っていたのもあるだろう。 何の心構えもせずに無防備に角を曲がった伊作は、そこに立っていた誰かに真正面からぶつかった。 (ぎゃっ) 思わず口から毀れそうになった悲鳴は、何とか飲み込む。 けれど衝突の衝撃までも声と共に飲み込むことは出来ず、勢いを付けて壁に当たって跳ね返る人形のように、ぐらりと傾いた伊作の身体は後ろへと倒れていった。 襲い来るであろう痛みに、反射的に伊作の体は受身を取ってしまった。 強かに尻を打ちはしたが、おかげで痛みはそれ程でもない。 だが、すぐに伊作は顔を青褪めさせた。 (お盆!!) 倒れこむ時に手放してしまった盆。 そしてそこに乗っていた器や急須、茶碗類。つまりは割れ物。 伊作はぎゅうと目を瞑り、間もなく鳴り響くであろう強烈な破砕音に身を竦めた。 けれど、いつまで経っても何の音も聞こえはせず、変わらず続く、静かな夜の音だけが周囲には満ちる。 「…伊作?」 代わって届いたのは、耳に慣れた同室の友の声。 「…留さん?」 ぱちりと目を開け尻をついた床の上から見上げれば、そこに立っていたのは先程まで伊作の手にあった盆を持った、食満だった。 +++++++++ 伊作は、カチャリ、カチャリと音を立てる器の乗った盆を片手に持った食満と、静かな廊下を歩いていた。 「あ〜…びっくりした」 「こっちの台詞だ。お前、夜とはいえ…夜だからこそ、もうちょっと気を張って歩けよな」 周囲に響かないよう、声を潜めて二人は言葉を交わす。 「うん、ごめん…。ちょっと委員会で疲れちゃって…」 「遅くまで働き過ぎだ。保健室の長が、その部屋を占領するようなことになっちゃ意味ないだろう」 しゅんとしてみせる伊作に対して、食満が苦言を呈する。 言葉はあけすけでも、静かな口調と、そこに込められる級友の気遣いを感じて、伊作は笑みを浮かべてもう一度、うんと頷いた。 伊作から預かった盆を手にしたままの食満は、前方から目を離さない。 けれど、目で見ずとも伊作の笑みを感じ取ったのか、一つ気を抜くような息を吐いて纏う空気が和らいだ。 「そういえば留さんも、こんな時間まで何してたの?なんであんなところに居たのさ」 疑問と共に、伊作は横に並ぶ食満の姿に目を向ける。 食満は、伊作と同じ制服姿であった。 食満もまた、委員会活動が残っていたのだろうか。 けれど、食満は普段余程のことが無い限りはきっちりと定時で委員会を切り上げる。 それは伊作が委員長として考えるのと同じ、下級生達の負担のことを気遣ってだ。 用具委員会の仕事は、用具の管理と修理、主にはこの二つだけ。 だが、その『用具』という部分に当てはまるものはこの学園内で、膨大な数存在する。 中には、下級生には扱いを許可されていない危険な物や、高度な技術を必要とする物などもある。 そういったものを扱えるのは、現在の用具委員会では食満一人。勿論手に余る。 けれど、手に余るからと言って放置をする訳にもいかない。 だから食満は、それらを自室に持ち帰り作業することが多い。 繊細な作業をする時には慣れた空間で、閉じこもってやった方が集中力が持つし 同室で同級の伊作ならば傍に居ても気にならない、その上部屋に用具を放置していも誤った扱い方で危険を招くこともない。 何より、どうにも仕方の無い事とは言え、一人委員会後も倉庫に残る食満を見て、委員長を慕う一年生達が、誰より強い責任感を持つ三年生が、心に靄を抱くのが嫌だというのが、後輩大好きを口外して憚らない食満が部屋で作業をする、一番の理由だろう。 しかし、自室での作業に耽っていたにしても、食満の制服はきっちりと着込まれたままだった。 いつもならば夜着などの身軽なものに着替えているか、せめて頭巾ぐらいは外しているのに。 単純に疑問に思っての伊作の指摘に、食満は変わらず前方へと視線を向けたまま、口を開いた。 開いた唇は言葉を発さず、一度飲み込み、また開く。 僅かな、一瞬の唇の動きであったが、じっと見詰めていた伊作には、それが逡巡の間であるように見えた。 「…お前を迎えに来たんだよ」 「え、僕?」 何で?と伊作が聞き返す。 ほんの少し眉を寄せた食満は、罰が悪そうに伊作へと振り向く。 「…委員会でしんべえが、乱太郎から『最近委員会が忙しくて、伊作先輩が無理してらっしゃる』って心配してました、って言ってからな。後輩に心配掛けるなよ。そこまで根つめることないだろう」 拗ねたような、照れたような口調で言った食満は続けて ちゃんと前向いて歩け、また転ぶぞ、と忠告して前に向き直った。 「…じゃあ、部屋で作業して待っててくれたけど、あんまり僕が遅いんで迎えに来てくれたの?」 「…ああ」 改めて聞き返されて気恥ずかしいのか、食満から返ってきたのは、少しぶっきらぼうな声だった。 「ありがとう、留さん」 「…ああ」 +++++++++ 食伊じゃないですよー( ´ノД`) (ちゃんと注意入れないと危ない気がしてきました) 次からちょっと変わります。 6はの管理人的イメージ、雰囲気をどうやって表せばいいか、試行錯誤中。 管理人的には、お互いを気遣うのが凄く自然になっている関係だといいな、と。 無意識に食満先輩は伊作さんの世話を焼いちゃうし、伊作さんは何も言わなくとも食満先輩のことが伝わるし。食満先輩にも伝わっている。 でもふと時々 「あれ、自分世話焼き過ぎじゃね?」「ちょっと恥ずかしいことしてね?」 と自覚しちゃって、恥ずかしくなる。(主に、食満先輩) でも結局 「(伊作)(留さん)には(俺)(僕)が付いててやんなきゃ駄目だしなぁ」 みたいに落ち着いて変わらない。 家族愛、というイメージです。 2012/05/15 01:27 |
prev|TOP|next |